授けられた名の意味
「……双魔?」
金蛟剪の命を刈り取る一撃が迫る中、待ち焦がれた声と温もりを感じた鏡華の口から出たのは、そんなありふれていて、気の抜けた声だった。
「ん、お疲れさん。この闘いが終わったら、ゆっくりな」
「ちょっと!双魔さん!今、鏡華さんとむつみ合われてもこまってしまいますわ!私!」
「レーヴァテイン!アレは我とお主で捌くぞ!息を合わせろ!」
「ッ!!はい!お姉様!!」
鏡華に労いの言葉をかける双魔の少々空気の読めない行動に、全力でツッコむレーヴァテインだったが、ティルフィングから声がかかると一転、嬉しさとやる気に満ちた真剣な表情に変わる。
迫りくる凶刃の前に、髪、瞳の色以外瓜二つな姉妹剣が立ち塞がる。二人は同時に紅と蒼の剣気を全身に迸らせる。そして……。
「ムンッ!」「ハッ!」
言葉を交わすこともなく、互いを姉妹と認め合い、双魔という一人の遺物使いと契約を交わしたティルフィングとレーヴァテインは“金蛟・万命両断”目掛けて剣気を放出した。
紅氷と蒼炎と凶刃との距離は一瞬にして詰まり、音もなく激突を迎える。その瞬間、白姫は思わず勝利を確信する笑みを浮かべていた。
(これで終わりですね!金蛟剪は陰陽の両断の権能を有する。それは同時に絡まり合わない純粋な陰と陽の力を相手にぶつけることができる。例え、陰の力を防ぐことができても陽の力は防ぐことはできない!逆も然りですっ!)
『フハハハハハッ!面白い!よもや、我が“道縁鎖切断”を受けてなをも復活を果たすとはな!“億魂散滅剪”を防ぎ切った六道鏡華と合わせて賞賛すべきだろうよ!加えて……』
「……馬鹿な……そんな……」
白姫の笑みに少し遅れて哄笑した金蛟剪は、双魔と鏡華を褒め称え意味深に言葉を切った。その意味は、白姫の顔から消え去った笑みとその瞳に映っている光景が表していた。
「うむ。初めてにしては上手くいったのではないか?」
「当然ですわ!お姉様と私が力を合わせたんですもの!お姉様っ!!」
「ええい!抱きつくな!ついさっき自分で双魔に怒っていたではないか!暑苦しい!防いだだけで敵はまだ健在だぞ!」
「ふぐっー!そっ、そうでしたわ……ごめんなさい……」
眼下では二人の遺物が騒ぎながらじゃれあっている。それだけ元気があるのだから、もちろん契約者ともども五体満足だ。信じられないが、二人の力のみで金蛟剪の解技を防ぎ切ったらしい。
「イサベル、鏡華を頼む。ありがとう……イサベルにも後でゆっくり礼をする」
「ええ、任せて。鏡華さん、大丈夫ですか?」
「うん……何とか……」
双魔は無茶をして熱を持った鏡華の身体を強く抱きしめるとイサベルに託す。数瞬だけ、双魔とイサベルの視線が交わった。状況を弁えて一言しか話さなかったが、イサベルの目に浮かんだ涙は双魔にははっきりと見えた。
(……なんか、心配かけてばっかりだな……申し訳ないやら……情けないやら……まあ、謝るのは後でいい。隙を突かれる形で金蛟剪の一撃を喰らった。しかも、俺にとって絶大で厄介な一撃を……あれ以上の何かがあるかも知れないし……動き回って闘った方がいい……あとは、アッシュがいるとはいえ、城門への攻撃もさせないように……仕掛けは、こっちからの方がいい……)
双魔は頼もしいティルフィングとレーヴァテインの背中を見ながら、親指でこめかみをグリグリ刺激して思考を整えていく。双魔も自分の状況をすべて把握しているわけではないが、レーヴァテインとフォルセティの二人のおかげで復活できたことは、左手に刻まれた蒼炎の聖呪印と記憶から確かだ。もう一度、ティルフィングとレーヴァテインとの契約が切断されてしまった場合は何が起こるか分からない。金蛟剪も更なる奥の手を隠しているかもしれない。どう動くか、考えがまとまった。
「ん、ティルフィング」
「うむっ!」
「レーヴァテイン」
「なんですの?」
双魔が呼び掛けに二人が答える。視線は金蛟剪を見上げたまま。それでも、しっかりと双魔に応えてくれる。
「いくぞ!」
「ぐすっ……うむ!任せておけ!」
「契約してしまいましたからね……できる限りは双魔さんの助けになりますわ」
ティルフィングは一瞬だけ涙ぐみ、レーヴァテインは仕方なしといった感じで、やはり振り返らずに頷いた。双魔の右手に刻まれた紅氷の聖呪印が、左手に刻まれた蒼炎の聖呪印が光り輝く。
「汝、失われし女神の願い、希みの結晶!断ち分かたれし盟約は今ここに甦る。永遠を此処に誓おう!真なる姿を我が右手に!汝が名は“ティルフィング”ッ!!」
双魔の力強い聖呪の詠唱によって、ティルフィングは真の姿、鮮血の如き紅の切っ先を持つ美しき白銀の刃となって、双魔の右手に収まる。さらに、双魔は言葉を紡ぎ続ける。新たな詠唱を。
「汝、黄昏の女神の愛憎、想いの結晶!去りゆく神との約定は爾今の先へと果たされる。悠久を此処に盟おう!真なる姿を我が左手に!汝が名は“レーヴァテイン”ッ!!」
聖呪の詠唱と共に、レーヴァテインの身体から剣気が噴き上がる。噴き上がった剣気は逆巻く蒼炎の渦となって、レーヴァテインを飲み込んだ。荒ぶる焔はやがて一振りの剣へと姿を変える。ロズールから託された剣。万物を切り裂き、燃やし尽くす。美しくも残酷な蒼銀の剣が双魔の左手に収まる。
「金蛟剪……アンタはここで俺たちが止める」
年若き“枢機卿”にして“聖騎士”たる少年は強大なる敵退けんと一歩を踏み出す。二振りの魔剣を従えた、数多の英雄に比肩しようその姿は、まさに“双魔”の名に相応しき勇壮なる者であった。





