暴威の剣の欲望
張良の施術によって不調から回復し、白徳の部屋を飛び出したロザリンは幾程も経たないうちに高く聳え、民を守る成都城の城壁の上に立ってその美しい若草色の髪を戦場の風に靡かせていた。手には既に槍へと姿を変えたゲイボルグを握っている。
『戦況は掴んだか?お前がすべきことも理解したか?』
「……」
ゲイボルグの問いかけにロザリンは戦場を見下ろした。着目すべきは三点。一点目は倒れた双魔と救護するイサベル、ティルフィング、レーヴァテイン。さらに四人を守る鏡華と猛攻を加えている鋏の遺物。二点目は黄色い衣の遺物使いと応戦する蜀の三姉妹。そして、最後に三点目。注目が逸れ、着々と力を貯め込んでいる赤い衣の遺物使いと長剣の遺物。
「うんうん。分かった。私の役目。でも少し時間がかかるかも?」
『時間がかかるかもって……お前な……無理はして欲しくねぇが……』
「あれ?」
すっかり調子を取り戻したロザリンのあっけらかんとした返答に、ゲイボルグが呆れ半分、心配半分の反応を示した時だった。ロザリンは目の前の光景の変化に首を傾げた。
放たれれば、アッシュとアイギスの”極大・神聖壁・半球”に拮抗、よもすれば打ち勝つほど膨大な剣気を蓄えた状態の赤い衣の遺物使いが球体の障壁で動きを封じられたのだ。遠目にも動揺が見て取れる。ちらりと左に視線を送ると、一瞬、アッシュと目が合った。それで十分、ロザリンは気持ちを受け取った。息を整え、身体の奥底から力を呼び起こし、静かに己が身を英雄へと変える言葉を口にする。
「ゲイボルグ、真装発動”我が名はクランの猛犬”!…………うん?」
ゲイボルグが深碧に光り輝き、その輝きがロザリンの身体を包む。兜を金色に輝かせ、碧の毛で覆われた耳と尻尾を備えた麗靡俊猛な獣戦士が降臨した……のだが、ロザリンはまた首を傾げた。そして、自分の身体を包む鎧をしげしげと見た。
目に映ったそれは今までとはフォルムが変わっていたのだ。動きやすさは以前と同じだが、装甲が全体的に厚くなっている。さらに両肘と両膝から剣気の刃が放出され、体術を用いた多彩な攻撃が取り入れられる形状だ。そして、一番変化が大きかったのは左の脚甲だった。膝から足首に掛けて、以前の三倍ほどの厚さになっていて、踵には何やら噴出孔のような突起がついている。一見すると、速度を武器に闘うロザリンの戦法を妨げるような作りだ。
「…………分かった。ゲイボルグ、これ、変形するかな?」
『ヒッヒッヒ……この姿にこの歳で成れるとはな……ロザリン、お前は最高だぜ!ヒッヒッヒ!自由にやってみな!俺の力はお前の想像通りに使えるさ!』
「そう。よいっしょ……っと!」
ガンッ!フィィーン!ジャキッ!
ゲイボルグの愉快気な返答に頷くと、ロザリンは左足を軽く上げると、力強く城壁を踏みつけた。すると。それを合図にスラリとしなやかな美脚を覆う、武骨な脚甲が微かな音と共にスライド変形した。膝から脛にあった装甲が足を重厚に包み、足首から足の甲の中心にかけて真っ直ぐな溝が刻まれている。その幅は、まるで槍一条が丁度収まるくらいのものだ。
ロザリンはゲイボルグを手中から抜くように真上へと投げ上げた。ゲイボルグは回転しながら十メートルほど上昇する。そして、ロザリンはそれを追いかけるように自身も跳んだ。そのまま落下してくるゲイボルグの軌道とタイミングを合わせて後方転回。ゲイボルグの柄がロザリンの左足の溝に填る。
「“猛犬の真脚”、励起」
キィィーーン!
その瞬間、穏やかにロザリンが呟く。ゲイボルグが装填された“猛犬の真脚”濃密な剣気が発生し、空気を裂くような音を出して、噴出孔が輝いた。
「“狙穿貫・極・死の雲竜柳”―――――ッ!!」
ロザリンの叫び声で噴出孔に溜められた剣気が爆発する。まさに、神速の蹴撃によって、ケルトの大英雄の愛槍は射出された。
ゲイボルグは意志を持った流星となり、紅氷の大蛇と、神盾の障壁に動きを封じられた赤姫と青雲剣へと降り注ぐ。
赤姫の暗く澱んだ瞳を美しき深碧の輝きが照らした。その輝きに気を取られた瞬間、アッシュの手によって“球体”は消滅。ゲイボルグと赤姫の間を隔てるものは何も存在しない。
「アッ……」
赤姫の顔には笑みが浮かんでいた。空っぽの、それでいて心の奥底からの歓喜から発露した笑みだった。偽りの救済ではなく、「死」という名の真の救済を与えてくれる。そんな輝きが自分の身に迫っているのだ。赤姫は無意識に両の手を広げてそれを受け入れようとする。
『そうはさせるかっ!!』
「ッ!!!?青雲剣ッ!???」
しかし、赤姫の希望に待ったを掛けるものがいた。仮初とは言え契約を交わしている青雲剣だった。青雲剣は自分への赤姫の意識がなくなったことを逆手にとって、赤姫の身体を操ると、放たれずにそのままになっていた“青雲・風炎刃波濤撃”の剣気の七割をゲイボルグに衝突させた。そして、残りの三割を赤姫を守るために用いた。
「青雲剣!どうして!私の望みの邪魔をするの!?もう!生きていたくないのっ!!死なせ……」
『悪いが赤姫!その望みを俺は真っ向から否定する!そして、数千年振りに解き放たれた俺の欲望を優先させる!生きろっ!お前のこれまでの人生は俺との出会い、そして別れと共に無に戻せ!前を向け!そして、その傷だらけの足でしっかりと歩け!必ず明るい未来が待っている!!』
赤姫の喀血しそうなほどの叫び声を遮って、青雲剣は己の想いをすべて吐き出した。大義のある戦いに臨みたかった。今、自分は仮初ではあるが主人を守って、再び幽閉の境遇に戻ろうとしている。大義とは言えにないかもしれない。それでも、義のある戦いだと思える。わざわざ脱獄した甲斐があったものだ。
青雲剣の言葉が終わると同時に、深碧の輝槍は、風と炎と刃を穿ち貫き、青雲剣の剣身を正確に撃った。
「せいうっ……キャァアアアアアアアーーーーー―――――!!!!?」
神話級遺物同士の接触。その衝撃で青雲剣は赤姫の手から離れて宙に打ち上げられた。赤姫の身体は青雲剣の剣気に守られたまま後方に吹き飛び、紅氷にぶつかる。赤姫はそれで気を失った。
『ハハハハハハハハハッ!俺は満足だ!この結末は予想しなかった!実に満足だ!赤姫!願わくば、幸せを掴め!その権利をお前は誰よりも持っている!ハハハハハハハハハッ!』
快活に笑い声を上げた青雲剣の真上に太極図が浮かび、そのまま吸い込まれるように消えていった。戦場の虚空にはしばし、その満足気な哄笑が木霊し続けていた。
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