地に還って残るもの
ご無沙汰しております!1ヶ月半振りの更新でございます!お待ちくださっていた方がいらっしゃいましたら、お待たせしました!しばらくは自転車操業なので、更新頻度は下がりますが、どうぞよしなにお願いいたします!!
「むきーーーー!もうっ!何なの!ちょこまかと逃げ回って!ム・カ・ツ・クーーーーーー!!!」
ドゴォォォォォン!!!!
双魔がイサベルとレーヴァテインの尽力で息を吹き返した同時間、左翼では黄姫の癇癪で地面に何個目か分からないクレーターが誕生していた。辺りは既に巨大な穴だらけで、原状の平原は見る影もない。
そして、黄姫が癇癪を起している原因は、突如参戦したこの人にあった。
「いくら一撃必殺であろうと当たらなければ意味がないからね。おっと」
白徳は迫る降魔杵を上半身を限界寸前まで柔らかくしならせて紙一重で躱しきると、そのまま僅かに残った地面と、クレーターに溜まった青龍偃月刀の剣気から変じた水の上を滑るように黄姫の間合いから脱する。
白徳の参戦で膠着していた朱雲。翼と黄姫の闘いは動きを取り戻していた。一進一退だった攻防は白徳が舞う蝶のように遊撃を繰り返すことで黄姫の狙いが分散し、翼桓は要所で白徳の援護に入って降魔杵の重撃を受け止め、朱雲は時折飛んでくる赤姫と青雲剣の援護を完全に捌き切っている。
干戈を交えること、拳を交わすことだけが闘いではない。則ち、精神力と頭脳を主軸とする駆け引きも大きな要素となる。今、白徳、朱雲、翼桓の三姉妹はその駆け引きにおいて黄姫を圧倒していた。息の合った剛柔を完璧に操る動きに黄姫は手出しはするものの打撃を与えることは全くできない。元々、幼く未熟と思える黄姫の精神は限界を迎えていた。
「もう!本気も本気!救世主様に授けてもらった力で!アンタたちをペシャンコにしてやるわ!降魔杵!!」
『仕方ない。最後くらいはお前に花を持たせてやろう』
初めて言葉を発した降魔杵の声は重々しく厳格な老人の声。遺物としての権能に合致した威厳あるものだった。
降魔杵の返答の直後、黄土色の剣気が黄姫を中心に膨れ上がっていく。
「朱雲ちゃん!翼桓ちゃん!大きな力が覚醒しかけてる!その前に決着を着けるよ!今から私が言うことをよく聞いて、タイミングは二人に任せるからね!」
白徳はそう言うと素早く滑らかな動きで朱雲と翼桓、それぞれの傍へ言って耳元で作戦を囁く。
「……なるほど!はい!姉上!」
「………そういうことね!了解したわ!姉上!」
「二人ともいい返事だね!青龍と蛇矛、雌と雄も頼むよ!」
『承知!』
『ひょー知!』
『『承知しました』』
青龍偃月刀、蛇矛、雌雄一対剣にも声を掛ける。それぞれ、青緑、濃緑、萌葱と緑系統の剣気を迸らせて主君たる白徳の激励に応えて見せる。
「それじゃあ、行こうか!迅速、疾速……神速に、ね!それっ!黄姫ちゃん、こっちだよ!」
白徳は両腕から力を抜き、脚に剣気を集中させると垂直に跳躍した。ついでに黄姫を挑発するのも忘れない。白徳は瞬時に数十メートルはくだらない高さまで至った。
「っ!跳んだっ!?黄を見下ろすなんて王様だか何だか知らないけど生意気!そんなことしていいのは救世主様だけなのにっ!」
『黄姫!集中を乱すな!』
降魔杵が鋭い声で忠告するが時すでに遅し。白徳の挑発に注意が向いた黄姫は練り上げていた剣気を乱してしまう。そして、その隙を妹分の二人は見逃さない。先に動いたのは翼桓だった。
「蛇矛!やるわよ!」
『思い切りひゃってやれ!!』
「勿論!オッ!ルァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!」
ヒュッ!ザバッ!ズガァァァァァァァーーーーーーーーーン!!
「きゃっ!……足場がっ!?………って水―!?ガボボボッ……」
全身に濃緑の剣気を纏った翼桓によって、風切り音と共に振りぬかれた蛇矛は黄姫、ではなくその足元の地面を打ち砕いた。白徳に気を取られていた上に、予想だにしない攻撃に黄姫は対応できない。しかも、足元は自分の造ったクレーターに青龍偃月刀の剣気が溜まって深い池のようになっている。
一瞬、黄姫の動きは完全に止まった。そして今、彼女がいるのは朱雲と青龍偃月刀の手の中だ。
「青龍!いきます!」
『分かっている!思い切り、白徳殿に届くようにな!』
「はい!もちろんです!“水龍昇雲”!!!」
朱雲は青龍偃月刀の切っ先に青緑の剣気を集中させ、高速で円を描くように回すと、そのまま切っ先を天へと振り切った。
ザバァァァァァァァァァァーーーーーーーー―――――!!!!
「ゴボボボボッ!?」
クレーターを揺蕩っていた水は渦を巻き、目覚めた伏龍が如き勢いを以て天へと昇った。その中に降魔杵を握りしめたままの黄姫が泡を吹いて息のできない苦しさに表情を歪ませている。少し前から剛力無双の翼桓を以てしても、身動ぎすらさせられなかった堅固かつ泰山の如き重さが嘘のように、上へ上へと押し上げられていく。
「………ぷはっ!息が!げほっ!でき………ッ!!?」
やがて、水流から解放された黄姫は思い切り息を吸った。生命活動を保とうとする本能からの行動だった。しかし、その直後、視界に映った光景に言葉を失う。宙へと打ち上げられ無防備となった自分を、王たる気風を纏った双剣の使い手が待ち受けていたのだ。
「なっ!?」
「君のその余裕のない反応。間違いないね。今、この瞬間、君は私の手から逃れることはできない。何故なら、ここは大地に触れることの叶わない、中空なのだから」
「なっ!なんでっ!?」
白徳の言葉に驚きで目を見開いていた黄姫の表情はさらに引きつった。その奥には明確な恐怖があった。彼女は五王姫の中でも特に年少。子どもと言っても差し支えない。故に白徳は王として、諭すように種明かしをする。
「自慢の妹たちが君と闘うのをずっと見ていた。君は二人の攻撃を易々といなして見せた。その小さな身体で。余程強力な宝貝と契約しているのだと見えた。それならばすべきことは単純明快。無敵なんてものは存在しない。弱点を探せばいい。君の身体の何処かが地面に触れている時、君は剛力無双、堅牢な人間城塞だった。けれど、そうでない時は動きに乱れがあった。これ則ち宝貝、降魔杵の権能。そして、欠点に他ならない」
「うっ!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
図星を突かれた黄姫に生意気さは微塵も残っていなかった。大粒の涙を浮かべて駄々を捏ねるように、最後の足掻きと言わんばかりに、降魔杵を白徳目掛けて振り回す。
白徳はそれをひらりひらりと宙を舞う木の葉のように躱した。同時に右手に握った雌剣を逆手に持ち替え、左手に持った雄剣と柄を合わせる。身体の芯に重なるように一対の剣を構えた。
「我が左手に収まるは希望の道を切り開く導きの閃風!右手に収まりしは民草を慈しみ万敵を祓う仁愛の旋光!」
静かな詠唱と共に雌雄一対剣が萌葱の柔らかかつ強かな剣気を纏い光り輝く。
「あ……ああ……救世主様……降魔杵……」
黄姫の絞り出すような声に洪汎仁は答えない。しかし、答える者もあった。
『黄姫よ、名もなき娘。仮初の契約者よ。短き時であった。幼く拙き腕であった。姦しく驕った性であった。されど……幾千年振りの良き時であった……』
降魔杵の言葉は乾いた大地に恵みをもたらす慈雨のように黄姫の胸に染み込んだ。恵まれず逆賊の企てに巻き込まれたあどけない少女の心を確かに打った。白徳の目はしっかりとその心の機微を見届け、刃を振るった。
「“烈祖剣・巴蜀に我が志を”っっ!!!」
シャリンッ!
涼やかな剣戟が鳴った。黄色の衣を纏った影は行き場のない空から地へと帰還する。降魔杵は封神の光に包まれ、彼方の崑崙山へと転送される。偽りの救世主の祝福を受けた少女は力を失う。けれど、その胸には一つの温かな光が、確かに残されていた。





