二つ目の運命
「また……ここに来た……ってことは……」
気づくと、双魔は見覚えのある場所に立っていた。色とりどりの秋桜の花が咲き誇り、穏やかに風の吹く花園。視線の先には黄金の柱と白銀の屋根が輝く荘厳な神殿、”黄金と白銀の裁定宮”が聳えている。
「双魔!」
自分を呼ぶ声に振り向くと、白銀の髪を風に靡かせながら、椅子に座ったフォルセティが手招きをしていた。その表情は少しムスッとしていてご機嫌斜めと見えた。
双魔はこめかみをグリグリと親指で刺激しながら、丸テーブルを挟んでフォルセティの向かい側の椅子に腰掛けた。
「……いや、面目ない」
そして、すぐさま謝罪を口にした。この花園に来た時点で自分が死を彷徨うほどの危機に陥っていることを想像することは難しくなかった。フォルセティが呼ばない限り、双魔がここに来ることはない。つまり、気づいてここにいたのだからどういうことなのだ。
「あの子のことはあまり悲しませないようにね、って約束したのに!」
頬を膨らませて怒って見せるフォルセティは、母、シグリに似ていて妙な気分な。ついでに言うと自分に怒られているような気分にもなってさらに妙な気分だ。
「いや、本当にすまん……油断した、かもしれない。兎に角想定外だった。と、言い訳してる時間も惜しいか。何が起きたのか状況を教えてくれるか?」
「ええ、もちろん。ティルフィングの悲しい顔は私も見たくないもの。これを見て」
「……それは?」
フォルセティが両手を合わせて双魔へと差し出した。その手の中には真紅の紐のようなものが包まれていた。そして、よく見ると紐は鋭利な刃物で切り裂かれたような状態に見える。
「これは今の貴方とティルフィングを繋いでいるパス、契約の状態。貴方が対峙していたもう一人の遺物によって切断されてしまったの」
「つまり、俺が死にかけているのは、フォルセティの心臓が生み出す魔力が行き場を失って暴走しているってところか……」
「ええ、その通り。珍しい事案ではあるけれど、基本的に切断された遺物と遺物使いの契約は元に戻せない。普通だったら貴方はこのまま死んでしまうわ。けれど……」
「……けれど?」
不穏な言葉を口にするフォルセティだが、その表情は朗らかだ。それで双魔は不安なく続きを促した。
「双魔とティルフィングの盟約は私とティルフィングとの二重の繋がりよ。片方が残っていればもう片方も修復可能よ。私が上手くやっておいてあげる。だから、すぐにティルフィングの傍へ。戻ってあげて」
「ん、勿論だ。ありがとう」
「お礼はいいわ。貴方とティルフィングが幸せならそれでいいの。それじゃあね。双魔とお話するのは楽しいけれど。しばらくは来ないでね」
フォルセティがお茶目な笑みを浮かべると風が強く吹き、秋桜の花弁が舞い踊る。その花嵐に乗せられて双魔は花園を後にした。
また、一人きりになったフォルセティは切断された双魔とティルフィングの契約の紐に自分の分の白銀の紐を汲んで一本の組紐を作りはじめようとした、その時だった。
「……あら?」
フォルセティの目の前に淡い蒼光が浮かび上がった。それはふわふわと少し宙を漂いながら、フォルセティの手の中に納まった。
「これは……小母様の……フフフフッ……そうなのね。きっとこれは決まっていたこと。だって、あの子の名前は双魔なのだから!」
フォルセティは微笑むと組紐作りを再開する。陶磁器のように白い指で美しき真紅と白銀、そして蒼。三色の糸が絡まり合った美しき契約の組紐が編み込まれていくのだった。。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………ッ!ガハッ!ゴホッ!……俺……は……」
「ッ!ソーマ!」
「ぐふっ!!」
「ティルフィングさん!激しくしては駄目よ!でも、双魔君!目が覚めたのね……良かった!」
咳き込んで意識を取り戻した双魔が最初に感じたのは、泣いていたのか鼻がかったティルフィングの声と抱きつかれた衝撃。遅れて、安堵したイサベルの声が。目にはその顔が映る。
「…………ん、イサベル。悪いな」
「お礼なんていいわ。双魔君が無事なら」
目が覚めてすぐに分かった。イサベルの中に自分の魔力を感じる。前と同じ方法で今度は過剰な魔力を吸い取って暴走で身体が内側から傷つくのを防いでくれたのだろう。
「ゾーマァァァーーーーー!!!」
「ん、ティルフィング。心配かけたな。もう大丈夫だ……ん?」
双魔は号泣しながら自分の胸にグリグリと頭を擦りつけるティルフィングを優しく撫でてやる。と、少し視線を上げると綺麗な蒼髪が目に入る。そこにはロザリンと一緒にいるはずのレーヴァテインがいた。
イサベルがここにいるということは、ロザリンも復調したのだと想像はできる。レーヴァテインはイサベルと一緒にここまで来たのだと理解できるが、何故かこちらに背を向けている。
「……レーヴァテイン?」
「う……うううう……双魔さんと……こんな形で……お姉様のお願いでしたし…………よくよく考えてみれば…………嫌ではないですけれど……」
何やら怨めし気にブツブツと呻き声を上げているだけで振り向いてはくれない。が、双魔の困惑を察したのか、ティルフィングが顔を上げた。
「む、ソーマ。イサベルだけではソーマの魔力をどうにかすることはできなかったのだ。故に……うむ!これを見るのだ!」
ティルフィングはそう言うと双魔の左手を取って見せた。そこには、今まではなかったはずの蒼炎の聖呪印がはっきりと刻まれていた。
「これは……まさか……」
「うむ。レーヴァテインにソーマと契約させたのだ。ソーマの魔力は今、レーヴァテインに流れ込んでいる……ソーマの意思は聞けなかったが、これしか方法がなかったのだ……代わりに我との契約は…………む?これは……ど、どういうことなのだ?いや……これはっ!」
ティルフィングは双魔に説明しながら段々と表情を暗くして俯いていってしまう。が、双魔がその視線の先に右手の甲を突き出した。そこには、消えてしまったはずの紅氷の聖呪印が刻まれていた。ティルフィングの表情が一気に明るくなる。
「ティルフィング。大丈夫だ。これからもずっと一緒だ」
「っ!ゾーマァァァーーーーーー!!」
二度目の安堵でまたスイッチが入ってしまったのか、ティルフィングが胸に飛び込んでくる。
「そんなに泣くなって……レーヴァテイン」
「っ!なっ、なんですの?」
「……なんでこっち向いてくれないんだ?」
「べっ、別になんでもありませんわ!それよりも私の名前を無造作に呼んでおいて!用件は何ですのっ!?」
「……助けてくれて、ありがとさん。それと……これから、よろしくな?」
「ッ─────!!!………………………………私はお姉様のお願いを聞いただけで!双魔さんのことなんて何とも思っていませんからっ!それだけはよーく!覚えておいてくださいませんと困りますわっ!」
「ん……分かった。でもな、ありがとさん」
捲し立てたレーヴァテインの言葉に、双魔が頷くとレーヴァテインはやっとこちらを向いてくれた。少し顔が赤くなっているように見えたのは錯覚だろう。
「お分かりいただけたなら結構ですわ!そうしたら……早く、あの遺物を倒してしまいましょう」
レーヴァテインが双魔の後ろを指差す。そちらを振り返る。双魔の蒼い瞳には無限とも見える金色の刃と、それを全て防ぎきる、愛おしき、頼もしき、誇らしき地獄の姫君の背中が映った。
いつも読んでくださってありがとうございます!
私事にて、向こう一ヶ月半くらい更新できなさそうです!ごめんなさい!その間にレビューとか感想をいただけると励みになりますので、よろしければお願いいたします!
2023/05/18





