お姉様のお願いでしたら!?
「んっ……んっ……」
(流石は“神器”……もう少し双魔君の魔力を吸ってあげられそうだけれど、このままじゃ……)
鏡華に守られて、双魔の身体を内側から傷つける膨大な暴走魔力を吸い取るイサベルは自分の限界が見えはじめていた。この処置においては双魔の身体を流れる魔力に安定した流れを作ることができれば誰かに魔力を流し込む必要性は低いのだが、如何せんイサベルが安定した流れを作るには双魔の魔力を経口で自分の身体に貯め込んでいくしかない。
(……アジ・ダハーカ様の、マグスさんの試練はこれを見越したことだったのね)
マグスがアジ・ダハーカの指図でイサベルに課した試練の内容は、「膨らみ続ける魔力に耐える」、というものだった。初めは抑え込もうとして失敗しかけたイサベルだったが、発想の転換で膨らむ魔力の器となることで試練を乗り越えた。状況は今とほとんど同じだ。現状を想定していたのかまでは分からないが、偉大なる神格の竜には感謝してもしきれない。
「イサベル……双魔は?」
「…………」
イサベルは不安気に双魔の手を握っているティルフィングに、アイコンタクトと僅かなハンドサインでこのままでは本当の解決にはならないことを伝えた。それを理解したティルフィングは涙をぽろぽろと零して、双魔の手を強く握りしめた。
「契約の切断だと……ふざけるな!どうして……どうして!双魔と我の契約が元に戻らないのだ!?」
イサベルが魔力を吸いつつ、二度ティルフィングとの再契約を試みたが失敗に終わっている。イサベルは双魔の魔力を吸収できても、同時に放出することができない。そこがティルフィングとの致命的な差異だった。
(…………偉そうに双魔君を助けて見せるなんて言っておきながら……私は……)
「お姉様!ご無事ですか!?イサベルさん!双魔さんに何がありましたの?容態は!?」
ティルフィングの涙に当てられてイサベルが悲観的になりかけたその時だった。突然、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。ティルフィングはハッと顔を上げて声の方を見た。イサベルも視線を声の主へと送る。
そこには、なんと蜀王の私室でロザリンと宝物の警護をしているはずのレーヴァテインが長く美しい蒼髪を靡かせながら立っていた。
「……レーヴァテイン……どうしてここに?」
「とある御方に今すぐお姉様の許に駆けつけるようにごじょげんをいただきましたの!ロザリンさんと宝物は心配ありませんわ!それよりも……」
レーヴァテインは血だまりの中に倒れた双魔を見て悲痛な表情を浮かべた。まさか、双魔がここまで悲惨な状況に陥っているとはレーヴァテインも想像だにしていなかった。
姉妹が二人、暗い表情を浮かべる中、逆に希望を見出したのがイサベルだ。
(レーヴァテインさん!なんていいタイミングで……でも……いえ、ティルフィングさんが何とか説得してくれるはず!時間は、ない!)
「っ!!」
「……む?イサベル、どうした?」
「っ!っ!」
イサベルはティルフィングの服の袖を引っ張ると、視線で必死に訴えた。ティルフィングとこの場にいるもう一人、交互に視線を送る。それで、ティルフィングは理解してくれた。
「……そうか、その手があったのか……むむむ……仕方ない!我は双魔と約束したのだ!ずっと一緒にいる……そのためだ!双魔が助からなくては意味がない!レーヴァテイン!」
「ひゃっ!ひゃいっ!お姉様っ!!」
ティルフィングは一旦双魔の手を離すとレーヴァテインに抱きついてその顔を見上げた。ティルフィングが自分からスキンシップを取ってくれたことなど、今までなかったせいで、レーヴァテインは驚いて声を裏返らせて、ついでに目を白黒させた。
「お主、我の妹だな?」
「おっ、お姉様…………はいっ!私!お姉様の!ティルフィングお姉様の妹のレーヴァテインですわ!!」
更に真っ直ぐに自分を妹と認めてくれたと取れる、敬愛する姉の言葉に緊急事態にもかかわらずレーヴァテインの感情はプラスの方に振り切った。蒼い剣気が迸って炎となって宙に飛び散る。
「妹ならば、姉の言うことが聞けるな?」
「はいっ!私!お姉様のお願いなら何でもお聞きしますわ!」
「うむ!それならば今すぐに双魔と契約を結べっ!!」
「はいっ!すぐに双魔さんと契約を……え?むぐっ!」
「よし!イサベル!」
「っ!はいっ!」
ティルフィングの頼みを聞いて、思い切り首を縦に振ってから困惑するレーヴァテインの顔をティルフィングは両手で挟んだ。そして、声を掛けられたイサベルは素早く双魔の唇から自分の唇を離した。そこに、倒れ込むようにティルフィングはレーヴァテインの顔を寄せる。
「おでぇたま!?むー!んっ!!!?」
まさにストライク。ティルフィングにバランスを崩されて倒れたレーヴァテインの唇は一切の狂いなく双魔の唇と重なった。
「少しこのままでいるのだ!大丈夫だ!心配するな!」
(おおおおおお姉様っっ!!????大丈夫って!私!!双魔さんと?????)
何が何だか全く理解できないレーヴァテインだが、ティルフィングにがっちりと頭を押さえられているせいで、双魔と口づけを交わしたまま全く動けない。
数秒経つと唇から膨大な魔力が、間欠泉のように噴き出してくるのを感じる。それで、やっと状況を理解した。この魔力、双魔の魔力を受け入れた瞬間、自分は双魔の契約遺物になってしまうのだと。
(ど、どどどどどういうことなんですの!?私が双魔さんの契約遺物に!?どうして!!?嫌っ……なのかしら、私?でも、お姉様のお願いですし!双魔のさんの契約遺物になったらお姉様とお揃い!ってそれだけでしてしまっていいものなのかしら!?そもそも!私は双魔さんのことなんて……)
咄嗟に双魔のことが頭に思い浮かぶ。主人であり創造主でもあるロキから託され自分を救った人。主人を失い悲嘆にくれる自分をそっとしておいてくれた気遣い。自分を避ける姉との間を取り持ってくれた優しさ。人々守るために強大な敵へと立ち向かう勇気と強さ。困った人を放っておけない人の良さ。まだ敵対していたはずの時分を助けてくれたこともあった。そして、少しだけひねくれて見える穏やかな笑顔。
頭に浮かぶのはそんなことばかり。レーヴァテインの胸に己の蒼炎よりも熱を帯びた何かが灯った。
(ご主人様を私から奪った……お姉様の愛を独占する……憎い人だと思っていましたのに……私……こんなにも絆されてしまっていたのですわね……)
流れ込もうとする魔力はほんの僅かな時間堰き止められ、やがて、溢れんばかりの激流となって蒼炎の剣乙女の熱く美しき身体を満たしていくのだった。





