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冥を統べる姫

 「お姉様っ……お姉様っ…………双魔さんっ……城壁……なんのその!ですわっ!」


 張良の助言で部屋を飛び出したレーヴァテインはドレスの裾を摘まんだまま、建物の屋根を飛び移りながら疾走していた。あっという間に城内の外周部、城壁の傍へやってくると勢いのままにそそり立つ壁へと跳んだ。そして、壁に足をつくとそのまま垂直に登っていく。


 契約者はいなくとも遺物であるレーヴァテインにはどうということのないことだ。


 「お姉様っ…………双魔さんっ……もう少っし!登り切りましたわ!お姉様と双魔さんはっ…………ッ!?」


 城壁の上に立ったレーヴァテインは間髪入れずに大きな剣気がぶつかり合っている正門方向を見下ろした。レーヴァテインの目に映ったのは……地面に座り込んだティルフィングとその傍に横たわる双魔。双魔の手当てをしているイサベル。そして、彼女たちを守るように、巨大な金色の鋏と契約者らしきの猛攻を真っ向から受け止める鏡華の姿だった。


 「っ!」


 レーヴァテインは城壁からすぐに飛び降りる。鏡華にも限界がやってくる。この危機を脱するには、双魔に復活してもらう他ないのだから。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「……金蛟剪、剣気の準備が整いました」

 「そうか……それならば仕方ない。我ばかり話してしまったが、止めを刺そう。女、愛する男と共にこの金蛟剪の錆と為れ」


 その言葉と共に金蛟剪は身体を輝かせて再び二頭の蛟が絡まり合った巨大な鋏へと変貌する。白姫は金蛟剪を手にすると、両手で水平に大きく開いた。その顎の如き刃が閉じられた瞬間、金蛟剪の剣気が鏡華たちを両断するのだ。


 『愉快であった。蜀の大地の糧となるがいいっ!白姫!』

 「はい。“金蛟・万命両断(ばんめいりょうだん)”!」


 ジャキンッ!


 白姫は金蛟剪の指示で解技を発動した。戦場に陰陽の刃が擦り合う音が響き渡り、仙人の命をも刈り取る斬撃が放たれる。


 『これで終わりか。もう少し長く……む?』


 金蛟剪は己の強さに少々の嘆きを呟いた直後、違和感に襲われた。両断した手応えがおかしい。否、全くなかった。まるで幻に刃を振るったかの如く。


 「……金蛟剪」


 白姫も驚愕に声を震わせて自分の名を呼ぶ。その視界には両手を広げ、漆黒の結界を作り上げ、全く無傷の六道鏡華が立っていた。その胸には浄玻璃鏡が輝いてる。もちろん、その後ろにいた彼女の愛する男とその契約遺物。更にもう一人駆けつけて甲斐無き手当をしていた魔術師の女も無事だ。


 「“冥宮小閻魔殿”……上手くいって良かったわ。予想通り、あんさんの権能はうちには効かへんみたいやね」


 鏡華は結界越しに、驚きを隠せない白姫と金蛟剪へと上品に微笑んだ。


 「っ!そんなことはありえません!もう一度っ!!“金蛟・万命両断”ッ!!!」


 余裕の笑みを向けられた白姫は半ば逆上するかのように、先ほどの数倍の剣気を籠めて解技を放った。しかし、その斬撃は漆黒の結界に触れた瞬間、まるで初めから無かったかのように霧散してしまった。


 『白姫、止めよ』

 「しかし!救世主様の命がっ!?」

 『これ以上無駄を起こすならば、先に貴様の命を両断する。洪汎仁には二度と見えなくなるな』

 「っ……分かり……ました」


 白姫は悔しさに端正な顔を歪めて、金蛟剪の命令を聞き入れた。発散できな感情の矛先を鏡華に定めたのか、こちらを鋭い目つきで見下ろしている。


 『娘、何をした?』

 「あんさん、金蛟剪の権能は陰と陽の境界を切断し、切断されたものがこの世界に存在することを否定する。それなら、完全なる陰を前にしたら?あんさんの力はどないになる?答えは……この通り。うちは閻魔王の跡目、冥府に生を受けた者。やから、完全なる陰。則ち死の世界を現世(うつつよ)にも構築できる。あんさんの力はうちには効かへんよ」

 『…………フッ……クハハハハッ!そうか!そういう絡繰か!クハハハハッ!確かに我との相性は最悪だ。クハハハハハハハハッ!愉快!実に愉快だ!殷周戦争の時にも完全なる陰を操る者などいなかった!面白い!六道鏡華に浄玻璃鏡と言ったな!貴様たちは実に面白い!』


 自分の完全なる不利を知った金蛟剪は今までで一番の哄笑を上げた。まるで喜劇を見ているような、戦場には似つかわしくない笑い声だ。


 『クハハハハッ!うむ、愉快。だが、貴様らは所詮、戦場に身を置く者ではない。陰陽入り混じりたるこの世界で純粋な陰を保ち続けるのも安からずと見受ける。故に、根競べといこう。白姫!限界まで振り絞れ!洪汎仁に勝利を捧げたければなっ!!』

 「もとより、そのつもりです。ハァァァァァァーーーーーー!!!」


 白姫が天にまで届くように絶叫した。金蛟剪の黄金の剣気が眩く、この世の闇を全て塗り潰すかのような輝きを帯びる。その光はまるで、太陽と月が双刃に宿るかの如く。


 「“金蛟・億魂散滅剪(おくこんさんめつせん)”ッ!!!」


 ジャキッ!ジャキッ!ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキッ!


 喉が裂けんばかりに白姫が解技を叫び、同時に目にも止まらぬ、人間の領域を踏み外した速さで金蛟剪の開閉を繰り返しはじめた。金色に輝く剣気の刃が、鏡華の視界を埋め尽くさんばかりに展開され、飛来する。


 「玻璃!絶対に!双魔を、イサベルはんとティルフィングはんを守り切るよ!」

 『承知した』


 鏡華は浄玻璃鏡と自分に檄を飛ばした。同時に冥宮の結界障壁を縦横に拡大する。鏡華にとっては双魔たちの命が第一だが、双魔の意を汲めば背にした成都城も守らねばならない。


 (……限界まで……イサベルはん、お願いね)


 同じ人を愛し、同じ人を愛する盟友に鏡華は自分の想いの全てを託し難敵に立ち向かうのだった。



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