切断された盟約
(これは……双魔君の魔力が暴走している!?でも、どうして………)
ティルフィングと入れ替わる形で双魔の傍にしゃがみ込んだイサベルは、すぐさま双魔の容態を確認する。目視と触診で外傷がほとんどないことははっきりした。そして、イサベルは異変に行きついた。
それは、双魔が苦しそうに押さえている胸だった。さらに、自分たちを包むように放出されている膨大な双魔の魔力。それが答えだった。
(双魔君の心臓は“神の臓器”……っ!“神の臓器”が発生させる魔力過多に双魔君の身体が耐えられていないんだわっ!そうとしか考えられない!!原因は……)
双魔の身体に起きている異常に推論を立てたイサベルはもう一度注意深く横たわる双魔を観察した。一度目の目視は冷静さが足りていなかったかもしれない。つま先から、脚、腰、胸、左腕、左手、右腕、右手……。
「っ!!もしかしてっ……っ!?」
イサベルは服を握り締めて胸を押さえる、強張った双魔の右手を包む手袋を剥がして手の甲を見た。そこには、あるべきはずのものがなかった。イサベルは目を見開いたままティルフィングの顔を見た。
「ティルフィングさん!双魔君との繋がりを!魔力のパスを感じますか?」
イサベルの問いにティルフィングは困惑を露にした。こんな時に何を当然のことを聞いているのだ?と言った感じだ。しかし、この問いは事態の全てを包括したものだった。
「何を言っているのだ?当たり前……む?……む?……こ、これはどういうことなのだ!?我とソーマの……」
(っ!やっぱり!!)
ティルフィングの反応を見て確信を持ったイサベルは、再び双魔の右手を見た。そこには、刻まれているはずの紅の雪華、ティルフィングとの“聖呪印”が消え去っていたのだ。
(つまり、双魔君の心臓が暴走しているのは、ティルフィングさんという魔力の受け皿から切り離されたのだ原因で間違いない……それならば、ティルフィングさんとの契約を元に戻せば……)
神話級遺物はその権能を発動する際に、契約者の魔力を大きく消費して剣気へと変換する。しかし、それだけではなく、契約を結んでいるだけでも一定量の魔力は遺物に消費される。言わば契約を維持するためにも魔力が必要なのだ。そして、権能の発動と契約の維持にそれだけの魔力を求めるかは遺物ごとに差がある。
双魔の現状を見るに、ティルフィングは遺物の中でもかなりの大喰い、食いしん坊なのだろう。ティルフィングとの契約がなくなって、双魔が膨大な魔力で己を傷つけているのだからまず、間違いない。イサベルは思考を巡らせながら、改めてティルフィングに向き直った。悲しみと双魔を案じる気持ちで再び恐慌状態へと陥ってしまいそうなティルフィングの両肩に力強く手を置く。
「ティルフィングさん!落ち着いて!よく聞いて!今、双魔君を救える可能性を持っているのは恐らくだけれど貴方だけだわ!」
「っ!我……だけ?」
揺らいでいたティルフィングの黄金の瞳と鏡華の濃紺の瞳が重なった。先ほど鏡華が落ち着かせてくれたおかげで、ティルフィングも完全に動揺に飲み込まれはしなかったらしい。イサベルは心の中で鏡華に感謝した。間髪入れずにティルフィングに指示をする。迅速な処置が必要だ。
「双魔君は今、ティルフィングさんとの契約が失われたせいで、自分の身体で生成される魔力の受け皿を失っている状態なの。だから、ティルフィングさんとの契約をもとに戻せれば、一先ず最悪の事態は防げるはずよ!」
「っ!うむ!分かった!すぐにやってみよう!!」
ティルフィングはこくこくと頷くと、双魔の頭の傍に両膝を揃えて屈むと、顔を覗き込むようにして、そのまま双魔の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ……」
(っ!……遺物使いと遺物の契約ってこういう……風に……)
双魔と口づけを交わすティルフィングを目にしたイサベルは、緊急事態に在りながら驚きに恥ずかしさと、僅かな羨望が混じった不思議な気分になっていた。魔術師であるイサベルにとって、遺物使いと遺物の契約の儀式は初めて見るものだった。想像では宣誓を交わし合ったり、肉体的接触としては、手に口づけをするくらいだと思っていたが、実際目にしたものはそれよりももっと濃密なものだった。
(でも、経口で魔力の供与ができるのは……私も双魔君のおかげで……知っているし、今の状況を考えたら、合理的なのかも……)
イサベルの脳裏には双魔と交わした口づけの記憶がフラッシュバックした。あの時はかなりはしたなく求めてしまったので、消したい思いもある。しかも、今はそんな色ボケ思考をしている場合ではない。イサベルは頭を振って冷静さを取り戻した。そして、ティルフィングの様子がおかしいことに気づく。
既に一分は口づけを交わしたままだ。それなのに、ティルフィングは離れない。もしかすると、契約には時間がかかるのかもしれない。そう思いかけたが、やはりティルフィングの様子がおかしい。
「……ティルフィングさん?」
イサベルの呼び掛けに、ティルフィングはゆっくりと顔を上げた。こちらを向いたその顔は、黄金の瞳からぽろぽろと大粒の涙を落とし、口元は双魔の鮮血で真っ赤に染まっている。ティルフィングは声を震わせながらイサベルに訴える。
「……ダメだ……契約が……結べない……」
「っ!?」
「なぜかは分からぬが!ソーマと我が繋がれないのだ!ソーマが我を拒むはずがない!だから!何かがおかしいのだ!」
「ぐふっ!かはっ!……ごばっ!!……」
「ソーマッ!?」
「双魔君っ!?」
ティルフィングの悲痛な声に反応するように、双魔は咳き込んで、再び大量の血を吐いた。このままでは本当に危ない。イサベルは考えたくもない結末を想像しかけた。その時だった。
パッと、何かが頭の中で弾けた。そして、全てが繋がった。
「……ティルフィングさん、そこを代わって」
「イサベル?……何を……」
「私が双魔君を助けるわ。応急処置だけれど、きっと助けられるわ」
ティルフィングは、イサベルの瞳を見ると何も言わずに場所を代わってくれた。イサベルと同じように、双魔のもしもを想像したのかもしれない。気丈に振舞おうと頑張っているが、目は真っ赤で顔はぐしょぐしょだ。
「スー……フゥゥー…………んっ……」
ティルフィングに代わって双魔の傍に座ったイサベルは、息を整えると双魔の唇に自分の唇を重ねた。そして、双魔の魔力の流れ自分の方に向くように、一瞬自分の魔力を流し込んでゆうどうすると、そのまま口伝いに双魔の魔力を吸いはじめるのだった。





