金蛟剪
白徳が城門の樓から朱雲と翼桓の助太刀に入る少し前、もう一方の戦局は一時膠着していた。双魔が謎の遺物と白姫の一撃に堕ちた直後、城門の地下道を潜り抜けた鏡華とイサベルは血だまりの中に倒れる双魔の元へと駆け寄っていた。
「ソーマ!……ソーマ!……どうしたのだ!ソーマ!」
「ティ……ル……ゴバッ!!ガハッ!!」
「ソーマ!」
自分の身体に縋りついて、揺らしながら、名前を叫ぶティルフィングを安心させようと声を出そうとした双魔だったが、パートナーの名を呼ぶことは叶わず、代わりに大量の血が口から噴き出る。そこに、イサベルと鏡華が辿り着く。
「ティルフィングさん!揺らしては駄目っ!」
「ッ!イサベル!キョーカとハリも……ソ、ソーマが!ソーマがっ!」
「ティルフィングはんっ!」
恐慌して我を失いかけているティルフィングの顔を、鏡華は両手で挟むと、深紅に染まった瞳で、ティルフィングの波打つ黄金の瞳を覗き込んだ。そして、冷静に語りかける。
「キョ……」
「双魔は絶対に大丈夫!イサベルはんが何とかしてくれるさかい!ええね?」
「だ、だが……」
「双魔を信じ!双魔は優しいから、ティルフィングはんを置いて何処か遠くに行くことなって絶対にあらへん!それを一番分かってるのは誰や!?」
「それは……我だ……」
鏡華の力強い言葉に少しだけ正気を取り戻して、落ち着いてくれたのか、揺れていた瞳も定まった。
「そ!なら、イサベルはんと一緒に双魔を守ってあげて。双魔が起きるまで、うちと玻璃であのけったいな鋏と女の相手はしとくさかい!…………お願い、な」
「うむ!任せておけ!」
最後に、ティルフィングの手を両手で包み込むように握り締めると力強く頷いて、イサベルの手伝いをはじめてくれた。
(……双魔、おじい様のところ行くんにはまだまだ早いよ。うちと違って、イサベルはんもロザリンはんも、他のみんなは双魔と会えへんようになってしまう……それに、うちらのこと幸せにするって言ったんやからっ……)
鏡華は双魔を思いながら強く、強く、手に力を籠めた。爪で手の平が傷ついて血が地面に数滴落ちては染み込んだ。双魔の痛みと比べればどうということのないものだ。
そのまま、宙に浮かんでこちらを見降ろしている白い衣の女と鋏の遺物を睨みつける。
「うちの人をよくも……名乗りやっ!!」
『クハハハハッ!何とも威勢のいい女だな……うちの人とはな、少々興味がある故問うてやろう。そこの仙人擬きとはどのような間柄か?』
「許嫁」
『許嫁!クハハハハ!そうか許嫁か!面白い。一答の礼は一答だ。お前の問いに答えてやろう。我は金鰲島の秘宝、名を金蛟剪という!今から殺し合いをするのだ。お前の名も知っておきたい。遺物共々名を申すがよい!』
鏡華の一切動揺を見せない態度が気に入ったのか、金蛟剪は楽しそうな声で今度はこちらの名を求めてきた。
「六道鏡華」
『……浄玻璃鏡』
『六道鏡華に浄玻璃鏡……なんだ、よく見ればお前も仙人擬き……いや、違うな?血が濃い……仙人の子か?』
「これ以上答えることはあらへん。双魔には……うちが絶対に触れさせへん」
鏡華の啖呵に白い衣を纏った遺物使いがゆっくりと金蛟剪を構えた。鏡華もそれに応じて身構える。
(玻璃……お願いね)
『……承……知……し……た……不得……手……だ……が……婿……殿……は……守っ……て見……せよ……う』
浄玻璃鏡は過去と現在の真実を見抜き、魔性の存在や亡者を封じ込める権能を有する遺物である、戦闘とは基本的に無縁だ。鏡華も闘った経験はほとんどない。しかし、今はやるしかない。覚悟を決めたその時だった。
『白姫、出過ぎた真似は許さん。あの男の命であろうと、仮にも我が契約者であるならば、我が意に従え。従えぬというのならば、今すぐその細い首を断ち斬る』
「っ……わかり……ました……」
威圧的な声に白姫は身体を震わせながら構えた金蛟剪を下ろした。そして、金蛟剪は黄金の輝きに包まれると人間態へと姿を変えた。長身で、金細工の美しい白い鎧を身に纏った精悍な顔立ちの青年だった。その姿は戦士のものなのだろう。
「我は何よりも闘いを好む。血肉脇躍るような鮮烈な闘いも、圧倒的力によって相手を嬲るような戦いも、どちらも大いに好む。が、何者かと話をすることも好む。この女も、この女の主も実につまらない。故に、少し我の話に付き合え。お前も愛する男に止めは刺されたくあるまい?」
目を爛々と輝かせ、犬歯を剥きだすような笑みを浮かべる金蛟剪。そして、その身体から発せられる強大な剣気。鏡華は躊躇わずに首を縦に振った。その反応に金蛟剪は殊の外喜びを露にした。
「クハハハハッ!そうか!お前は中々話の分かる者のようだ。それでは早速……そうだな?我の権能とお前の愛する男を沈めた一撃について話をしてやろう」
「ほな、よーく聞かせてもらいます」
金蛟剪は愛する男に致命傷を与えた自分に堂々たる態度で真正面から向かい合い。さらにその要求さえも飲み込んだ鏡華を気に入ったのか滔々と饒舌を披露しはじめた。
曰く、金蛟剪は刃に二頭の白龍の紋様が彫り込まれた美しい黄金の鋏である。太公望の所属する闡教と敵対する截教において最上位の実力を持つ仙人、趙公明の最終兵器であり数多の仙人の命をその双刃で喰らった。それぞれの刃は太陽の化身たる陽龍と月の化身たる陰龍であり、その二頭が絡み合った姿が金蛟剪であり、故に、強大な権能を有する。
それは万物を対象とした切断。この世の全ては陽と陰に分類され、それらの混じり合いの均衡で成り立っている。その両方の力を一つの身に宿し、境界を切断することによって、あらゆる物を斬滅する。この現世において純粋な陽、純粋な陰に属する物は存在しない。そして、均衡を失った物は勝手に自滅していく。故に、必殺の遺物。
(陰と陽の境界線を切断する……もしかしたら……双魔とティルフィングはんは……)
金蛟剪の権能を把握した鏡華は一つの推測を導き出した。それが、金蛟剪にも伝わったのだろう。満足気な笑みを浮かべている。
「クハハッ!我の権能を聞いて、結論に辿り着いたようだな?賢い女だ!言わずとも構わぬ。種明かしは我がする故な?我は…………お前の愛する男とその遺物の契約を切断したのだ」
左翼から戦闘の轟音が鳴り響く中、金蛟剪の声が重々しく鏡華の鼓膜を叩いた。





