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”王”対”天王”

 白徳は城門の樓から門前を見下ろした。曇天、鈍色の雲の下。白、黒、赤、黄の衣を纏った女たちが遺物らしき人物と共にこちらを見上げていた。女たちは姿を現した白徳に気づいたようだった。リーダー格なのか、白い衣の女が一歩前に進み出た。


 「蜀王、劉具殿とお見受け……」

 「聞く耳持たんっ!!!」

 「ッ!」


 自分の言葉を遮られた白い衣の女は驚いて、目を大きく見開いていた。そして、そのまま言葉を失ってしまう。そこに白徳が畳みかける。


 「上帝天国の五王姫とやら!私が誰なのか、分かっているだろう!故に私は貴様たちの言葉を聞くつもりは毛頭ない!無礼である!私の国に土足で踏み込んだ挙句、黙って決戦を挑もうとするなら兎も角、対話をするつもりがあるのなら!貴様らの主、洪仁汎とかいう胡散臭い男を連れてこんか!痴れ者共めっ!」

 「ちょっと!私たちの救世主様を侮辱……」

 「黙らっしゃいっ!!!」

 「うっ……」


 主を貶める言葉に、反論しようとした黄色の衣の娘は白徳の迫力に当てられて言葉が続かなくなってしまう。


 平時は鷹揚な君主である。されど、君子豹変。有事にはその胆力を持って自らの民を、臣を、国を守り通す覚悟を持った王。それが劉具白徳だ。その威容に五王姫は完全に言葉を失ってしまう。まず、相手の出鼻は挫いた。


 (ここまでは想定通り……あとは奴が釣れてくれれば……)


 白徳の本当の狙いは五王姫ではない。洪仁汎をこの場に引き摺りだすことだ。どのような人物であるのか。目的は何なのか。その力は何なのか。直接確かめなくてはならないことが多くある。そして、狙いは的中した。


 突如、重々しく空の高さを下げていた雲に隙間が生じ、そこから光が差した。眩さに手で目を庇いながら見上げると、光とともに一つの人影が宙を浮きながら降りてきた。


 それは襤褸切れを袈裟懸けに纏った年若い青年だった。黒々とした長髪と、筋骨隆々とした見た目は常人のように見える。ただ、全身が金色の謎の力で包まれている。目にしただけで絶対的な何かを感じる、白徳たちにとっては不吉な力。


 「ああ、救世主様……」

 「……救世主様」

 「救世主様救世主様救世主様救世主様……救世主様」

 「救世主様っ!」


 五王姫たちは白徳とは対照的に、青年を「救世主様」と呼び讃え、両手を合わせてまるで、神の御前に侍っているかのような反応を見せる。


 「蜀王劉具。望み通り我が姿をその目に映してやったぞ。言葉を交わす気になったか?」


 洪仁汎は宙に浮いたまま、白徳を見下ろし、微笑みながら声を掛けてくる。普通に話しているだけなのに、何処か身体が重く感じてしまう。しかし、それで飲まれるようでは王などやっていられない。


 「やっとお出ましか!貴様が賊軍上帝天国の首魁、洪仁汎だな?察しの通り、私の名は劉具!蜀王である!一応尋ねる、何をしにここへ参った?」

 「我に平然と問答を仕掛けるか。なるほど、呉王よりも優れた王だ……見込みもあるか。であれば、我が目的を拝聴することを許そう。そして、賛同したのであれば我の下につくことも許そう」

 「随分寛大だね。では、そのご高説を賜ろうか!」

 「我が目的はこの中華に蔓延る淀みを一掃し、神の国の礎とすること。則ち、欲に溺れ、弱者を食い物とする愚かな者たちの存在を消し去り、誰もが平穏無事に神の恩寵を享受する理想郷を作り上げ、拡大し、この邪教に飲み込まれた世界を秩序によって救済すること。それが、我が父と兄の悲願であり、上帝天国の目的である」

 「……貴様、正気か?」

 「既に呉国だった地は上帝天国の楽園となった。救済はこの手に在るのだ。劉具よ。蜀の地を我が手に委ね、理想郷としようではないか。ただし、条件もある」

 「条件?」

 「この城に滞在する主の秩序に仇を為す、“神器保持者”なる邪悪なる存在を二名、また扶桑樹の種なるものを我が手に引き渡せ。さすれば、蜀の地は理想郷に……」

 「語るに落ちたな、洪仁汎!貴様は誰もが幸せになると言って、舌の根の乾かぬ内に犠牲者が出ると言った!差し出せというのはそう言うことだ。それに、呉王はどうした?貴様の理想に合わぬから追放したのだろう?怪しげな力に惑わされるような輩とつなぐ手を、私は持っていない!貴様の誘いには乗らぬ!」

 「…………」


 白徳の啖呵に洪仁汎は閉口し、表情を消した。完全なる無。自分の意に沿わない相手への失望もない、完全なる無だった。


 「力による、血を流す闘いを我が父は、兄は望まない。されど、仕方あるまい。白姫、黒姫、赤姫、黄姫。邪魔者を駆逐し、“神器保持者”を抹殺せよ」


 洪仁汎はそう命を下すと、金色の力を輝かせて、白徳の目を眩まさせると姿を消した。


 「救世主様の……」

 「……御心のままに」

 「五王姫!五王姫!五王姫がっ!!」

 「歯向かうものを討ち滅ぼすよっ!!」


 五王姫たち四人は主の言葉に従って、各々が膨大な魔力を身体から迸らせる。その勢いは、堅牢な城壁に振動を与える程のものだ。苛烈な闘いとなる。が、闘わねばならない。


 「皆の者!備えよ!雌雄!」


 名を呼ばれた白徳の真横に控えた契約遺物が本来の姿に変身し、主の手に収まる。龍の爪を象った美しき一対の双剣。右手に握られるは雌の短剣、左手に握られるは長剣の雄だ。白徳はそのまま右手を天へと翳し、振り下ろす。


 「かかれーーーーーーーーっ!!!!」


 蜀王劉具白徳の声によって、遺物使いたちが散じる。国家存亡の闘いの幕が、今、切って落とされた。



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