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岩窟への転移

 2023年最後の更新となります!今年もありがとうございました!

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!


 「ん、久しぶりだな。どうしたんだ?こんな空の上まで」


 警報音の響く緊迫した空気の中、双魔はローブの魔術師に普通に応答した。その様子を見てアッシュたちはギョッとする。


 「カスピ海近辺ゆえ、こうして不肖ながら直接お尋ねし申した。我が主が双魔殿の顔が見たいと堪えきれなくなりましてな。世界のためにも、どうか一度お越しいただきたく」

 「……やっぱり……ペルシャの地震は……」

 「しかり。主の癇癪が少し。ああ、双魔殿が気に病むことはありません。死者は出ておりません。怪我人や家を失った者たちにも私の方で手を打ちました」

 「……そうか……なんか悪い……」

 「いえいえ、慣れていますゆえ。来ていただけますかな?」

 「ん、行くよ。俺も久々に師匠に会いたいしな」


 (“師匠“?今、そう言った……前に少し聞いた双魔君の師匠のことかしら?)


 イサベルは微かに聞こえた双魔の言葉に興味を引かれた。双魔ほどの魔術師を育てた人物がどのような人なのかは以前から気になっていたのだ。それで聞き取れたのかもしれない。イサベルがそう思っている間にも双魔とローブの魔術師は何か話している。今度は聞き取れない。


 やがて、話が決まったのか、双魔は朱雲に何か話しかけた。それを聞いた朱雲は目を大きく見開いて、それから眉を八の字にしている。驚いた上に、困っているらしい。が、双魔に頭を優しく叩かれると、顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。


 双魔は再びローブの魔術師の方に向き直って手を軽く振った。


 「む?」

 「あらぁ?」

 「えっ?」

 「うん?」


 その瞬間、ティルフィング、鏡華、イサベル、ロザリンの足元に蛇眼の魔法円が浮かび上がった。そして、瞬く間もなく四人の視界は暗転する。


 数秒後、双魔とティルフィング、鏡華、イサベル、ロザリンの姿は客室から跡形もなく消え去っていたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「……こっ、ここは?」


 先ほどまで豪華な客室だったイサベルの視界に映ったのは、洞窟の中のような剥き出しになった岩肌だった。かといって、ただの洞窟かと言えば違うようで、オリエンタルな装飾や家具の置かれた簡素ながら上品な部屋のような場所だった。


 「……どこかな?」

 「おおー!岩の壁だな!」


 ロザリンも首を傾げて不思議そうだが落ち着いている。ティルフィングは少し楽しそうにペタペタと目の前の岩肌を触っていた。鏡華は何事もなかったかのように、隣に立っていた双魔に話しかけている。


 「なんや、すごいところに来てしまったみたいやねぇ?双魔、説明して?」

 「いや……ザッハークさんがな、ティルフィングと鏡華と三人も一緒に来てくれって言うもんだから……な?」


 (……ザッハーク?どこかで聞いたような……)


 双魔が言っているのは先ほどのローブの魔術師のことだろう。その名に聞き覚えがあるように思えたが、イサベルはすぐに思い出せなかった。


 「そうやなくて、最初から説明して」

 「……ん」


 鏡華がずいっと双魔に顔を近づけた。何も説明されずに突然訳も分からないところに連れて来られたせいで、少しだけ怒っているようだ。鏡華がこうなると双魔は弱い。しっかりと説明をしてくれるようだ。


 「まあ、突然だったのは悪かった。さっきの人はザッハークさん。俺の師匠の付き人をしてる魔術師だ。師匠が俺に会いたいっていうから転移魔術でここに連れてきてくれたんだ」

 「ということは、ここは……」

 「後輩君のお師匠のおうち?」

 「ん、そうです」

 「うちらも連れて来られた理由は?」


 鏡華の質問に、双魔は片目を瞑ってこめかみをグリグリ刺激した。困っている時に見せる癖だ。


 「いや、それは俺にも分からない……ティルフィングは一緒に連れて行くって言ったんだが……ザッハークさんが鏡華たちも一緒に来て欲しいって言われたからな……勝手に了承して悪かった……」

 「……それなら、仕方あらへんねぇ……訳もあるみたいやし……やけど、先に説明してくれへんとイサベルはんもロザリンはんも驚いてしまうよ?」

 「……ん」


 双魔は姉に窘められた弟のように、小さく頷いた。普段、イサベルの目に映るのは頼りがいのある双魔だが、鏡華の前だと可愛らしい。


 「お待たせいたした」


 そこに音もなく転移と共に姿を消していたザッハークが現れた。手には青白い炎の揺れるランプを下げている。そのランプを部屋の入口の近くに置いてあった台に置くとザッハークはゆったりとした動きで頭を覆っていたローブを取り払った。イサベルたちが初めて目にするザッハークの素顔は白髪混じりの髪と髭が美しい壮年の男だった。あの不気味な声からは想像もできない整った見目だ。ただ、変わらずローブに包まれたままの両肩が不自然に膨らんでいる。


 「我が主も準備を終えられたようです。双魔殿、契約遺物と共に主のもとへお出くだされ。相変わらず、岩窟の廊は暗い。このランプをお持ちに」

 「ん、分かった……鏡華たちは?」

 「彼女たちはこのザッハークの独断にてお連れいたした。故に、その意図などを説明いたす。しかる後、主にお引き合わせする所存にて。今後のためを思ってのこと、()()()()()()()()()()()()()……どうか」


 ザッハークはそう言うと双魔に頭を垂れた。ザッハークは双魔の師に長く仕えている。師の思考や行動を最も理解している。双魔も信頼を置く人物だ。双魔は黙って頷いた。そして、鏡華、イサベル、ロザリンの方に向き直った。


 「んじゃ、後でな。師匠は凄い人で……困った所もある人だけど、多分三人とも認めてもらえるはずだ……その、鏡華も……イサベルもロザリンさんも……うん、俺の大切な人だから、大丈夫だ!ティルフィング、行こう」

 「うむ!ソーマの師匠とやらがどんな者なのか楽しみだ!」


 双魔は照れくさそうに頭を掻きながら微笑むと、それを誤魔化したかったのか、珍しく明るい声を出してランプを手に取ると洞窟の闇へと消えていった。


 「……」

 「…………」

 「双魔、行っちゃったね?」

 部屋に残ったのは鏡華とイサベル、ロザリン。それにザッハークだ。双魔がいなくなって空気が堅くなった。双魔が信頼していることは分かったが、それでもなお、本能的に警戒を抱かざるを得ない何かが、ザッハークにはあった。


 「それでは、貴女方をここにお呼びした理由をお話いたそう」


 警戒される当たり前のものだと思っているのか、ザッハークは灰色の瞳に三人を見据えながら、泉の底から水が湧き出るかのように、自然に語りはじめるのだった。



 次回はついにあの人の登場です!!レビューやコメントお待ちしてます!それでは、良いお年をお過ごしください!

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