飲み込まれた”英雄”
「………………」
ヴォーダンは目の前の景色を静かに眺めていた。天より降ってきた炎が“英雄”アンジェリカとデュランダルを飲み込み、支配した。対峙するのはフォルセティの力を宿した伏見双魔とその契約遺物ティルフィング。この光景にヴォーダンは脅威は感じつつも、ごく自然な、普段通りの心持を保っていた。
「おいっ!!爺!何が起きてんだ!!?双魔は!!?」
観客が避難し終え、雑音のなくなった闘技場に自分を問い詰める声が響き渡る。視線を横にやると安綱を抜き放ち、剣気を身に纏い戦闘態勢を整えたハシーシュが修羅の如き面相で立っていた。留めなくては次に瞬きをした隙に飛び込んでいきそうなほどだ。
「落ち着きなさい……伏見君に任せておけばよい」
「何を悠長な……」
双魔を心配するあまり掴みかかってこようとするハシーシュをヴォーダンは片手で制した。
「伏見君に任せる他ない。お主はキュクレイン君たちに助力を」
ヴォーダンの言葉を聞いてハシーシュは来たばかりの闘技場内を見渡した。すると、観客席をロザリンや鏡華、レーヴァテインが走り回っている。ヴォーダンがこう指示するからには言う通りにするのが正しい。理性で理解したハシーシュは悔し気に歯を食いしばるとすぐに観客席へと跳んだ。
「理解はしたけど納得はしてねぇからな!!」
ハシーシュらしい捨て台詞にヴォーダンは思わず笑みを浮かべてしまった。
「御主人様、アイギスとカラドボルグの契約者の限界が近づいているようです。出力上昇の許可を」
「うむ」
ヴォーダンはグングニルの要請を許可する。確かにアイギスとカラドボルグの剣気が弱まっている。アッシュもフェルゼンも発展途上の若者だ。ここまでよく頑張ってくれたと思う他ない。代わりに愛槍の青白い剣気が力を増す。
「承認ありがとうございます。しかし、私は槍。性質上、このまま凌ぐのは難しいと存じますが……」
「それは分かっておる……伏見君を……フォルセティを信じ、その上で策も考えておる」
「かしこまりました」
グングニルは主を一瞥すると舞台の上に視線を戻した。その先では双魔の身体が白銀の神々しい煌めきを纏っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは……」
双魔は目の前で発生した異常の正体と解決策を捉えようと肌を刺すように苛む天炎の熱に耐えながら必死に変わり果てたアンジェリカとデュランダルを観察していた。
防護に形成した紅氷の壁は完全には熱に抗えていない。根本的に解決しなければ自分の身が。そして、この場に残ってくれている愛する者、仲間たちの身が。さらにロンドンが危ない。
「……ティルフィング?さっき……なんて言った?シスター・アンジェリカたちはどうなってる?」
『む?あ奴らは何かに飲み込まれていると言ったのだが……』
ティルフィングのその言葉に双魔の中に一つの推測が立った。
(これは……もしかすると…………)
(双魔、聞こえる?聞こえたら返事しぃ)
「鏡華!?」
その時だった脳内に直接声が聞こえてきた。聞き馴染んだ安心させてくれる声、鏡華の声だった。
(よかった!前やった念話、見様見真似やったけど……今はそんなことええわ。双魔、よく聞き。今、玻璃と一緒にその人のこと見た。その人、神様かそれに似た存在に憑かれてる!)
浄玻璃鏡の力は見たものの本質を見抜く。鏡華の報せで双魔の中で立った推測が確信へと変わった。
「……鏡華」
(何?)
「助かった。ありがとさん……疲れて帰るから、後で……そうだな……膝枕でも頼む」
(ふふふふふっ!うん、約束。待ってる)
「……ん」
それきり、鏡華の声は聞こえなくなった。伝えることを伝えた以上、双魔の邪魔はしまいと気を遣ってくれたに違いない。
『ソーマ、キョーカは何と言っていた?何か分かったのか?』
「ああ、シスター・アンジェリカとデュランダルがどうなっているかは把握できた。ロザリンさんの時と近い感じだ……力を送ってきているやつの正体は掴めないが……」
『む?ロザリンのとき?』
「……そうか、いや、大丈夫だ!俺とティルフィングならやれる」
『よく分からないが……うむ!我と双魔ならあれを倒すのなんて訳もないぞ!』
ティルフィングの元気な返事に双魔はより強く成功をイメージできた。アンジェリカの状況はロザリンの身体が左眼に宿っていたバロールの意思に則られた時と非常に類似した状況だ。此処にあるべきではない力がある。ならば、フォルセティの力でアンジェリカとデュランダルを解放できる。ティルフィングはフォルセティの記憶を失っている影響で、彼女の力を使用する際には記憶が残らない。故にロザリンを解放した時のことは覚えていないのだろう。兎に角、やることは決まった。
「アアアア……アアアァァー……」
双魔の眼前では意識を失ったアンジェリカがすすり泣いているような、歌っているような不思議な呻き声をあげて身体を陽炎のように揺らしていた。同時にその姿が変化していく。純白の修道服は所々焼け落ち、背中からは炎で形作られた三対六枚の巨大な翼が生え、宙へ浮き上がった。
「さっさと決着を着けるに越したことはないな!……フゥー……」
双魔は深く息を吐いた。身体の余分な力を全て抜く。魔力の流れを、源たる心臓に意識を集中する。先ほどと同じように“神器”が、フォルセティの心臓が大きく脈動し、神気を放出しはじめる。異なるのは今はその力に身を委ねること。やがて、双魔は身体は神々しい光に包まれ、転身を果たす。
光が弾けた。そこには黒いローブを纏った少年ではなく、金糸の白衣を纏った銀髪の乙女の姿があった。手に握られたティルフィングも白銀の刃に神気が乗ってより美しく輝く。
「アア……アアアアアァーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
対峙する者の脅威を悟ったのかアンジェリカは灼熱の翼を大きくはためかせデュランダルを大きく振り上げた。少年と“英雄”の決闘は、女神と正体不明の力の塊との決闘に様変わりしていた。決着の刻はもうすぐ近くまで迫っている。





