お届けに参りました
「お疲れさん。注文通り、昼飯の配達に来たぞ」
「菓子もあるぞ!」
「……えっと、お、お茶もありますわ!」
開いた扉から入ってきたのは凛々しさを感じさせる執事姿で大きな風呂敷包みを抱えた双魔と、可愛らしいメイド服を着てそれぞれ双魔より少し小さな風呂敷包みと魔法瓶を手にしたティルフィングとレーヴァテインだった。二人は空いているの方の手にバスケットも持っている。
姉に合わせて大きな声を出したレーヴァテインは少し恥ずかしそうにしているように見える。
「「……っ!」」
双魔の声が耳に届いたのか暗い表情で筆を動かしていたイサベルとクラウディアが勢いよく扉の方を向き、そのまま固まってしまった。
「……おいおい、双魔。ノリが悪い!やり直しっ!!」
「…………」
何故か腕を組んで仁王立ちの宗房が鋭い声で言い放った。双魔はそれを聞いて、それはもう嫌な顔をした。が、自分を見て固まっている二人に何か思うところがあったのか姿勢を正した。
「……コホンッ……お嬢様方、お勤め誠にお疲れ様です。伏見双魔、貴女のためにご昼食をお持ちしました。ご休憩なさってはいかがでしょうか?」
双魔は恭しく一礼し、それからイサベルとクラウディアに微笑んで見せた。相手は気心知れた二人だからか、先ほどまで接客していた時よりも自然な笑顔を浮かべることができているような気がする。
「っ!そ、双魔君…………」
「は、はわわわ……」
(も、もう諦めてたのに……まさか双魔君が直接来てくれるなんて……い、いつも素敵だけど……いつもと違って素敵というか……ううう……お屋敷に仕えてくれる皆を見ても何も思わなかったのに……)
イサベルは執事姿のいつもとは少し違う双魔を見て素直に心をときめかせていた。が、実家の使用人たちを比較対象にしてしまうところは不器用さ故の可愛らしい認識のズレだ。双魔と一緒にいることには慣れたが、普段とは違う雰囲気を纏われてしまうとまだ落ち着かないのだ。
一方、隣のクラウディアの心中も同じようなものだった。
(……そ、双魔さん……格好いいです……うう……私、仕事詰めでお洒落できてないです……こんな私を見せるなんて……双魔さんはちゃんとしてるのに……改めて考えると申し訳ないような……と言うか、恥ずかしくて顔を見れないです……でも、見たいし…………うううう……)
こちらは仕事詰めで少しやつれた自分のありさまと思い人の凛々しい姿を比較して自己卑下と羞恥の混ざった負の要素が多めの複雑な感情が渦を巻いていた。クラウディアは自身に乏しいだけで素材はかなりいい。秀才な彼女も自分自身のことは理解しきれないらしい。
何はともあれ、思い人を前にした乙女の仕草は重なっていて、少し双魔を見つめたと思うと目を逸らしてしまう。その繰り返しだ。見られる側の双魔も以前よりは女心が分かるようになってきた。
「…………ふぅ」
微笑みから一転、くしゃっと苦笑を浮かべて見せ、それから軽く息を吐いた。
「さて、執事はこの辺にしておこう。俺も肩がこるからな。昼飯にしよう……ロザリンさんも待ちきれないみたいだからな」
「「……あぁ……」」
双魔に言われてロザリンの方を見たイサベルとクラウディアは同時に罪悪感の滲み出る小さな声を出した。
「…………ごはん…………」
待ちに待ったランチがすぐそこまで来ているのに食べられないロザリンは、お預けを食らった子犬のような眼差しを双魔と双魔の持つ風呂敷包に注いでいた。今すぐランチにしなければ、この場にいる全員がそう思った。
「そうね、それじゃあ準備をしないとっ!」
「わ、私もお手伝いしますっ!」
イサベルはいつものように立ち上がった。クラウディアも立ち上がる。二人とも気遣い屋だ。が、双魔は手を挙げてそれをやんわりと制した。二人共見ればわかるくらいには疲れている。双魔も全く疲れていないというわけではないが、気晴らしが多い分気力にはまだまだ余裕がある。
(それに……肩がこるとはいえ、折角の執事服。それらしいことをしてあげたいってもあるしな)
「ティルフィング、レーヴァテイン」
「うむ!」
「……仕方ないですわね……指図されるのは不本意ですけど、お姉様がするのに私がしないわけにはまいりませんわ……」
双魔はまず、机の上で風呂敷を開いた。ティルフィングとレーヴァテインはバスケットの中から食器やら、おしぼりやらを取り出してそれぞれの席に置きはじめる。
「さぁ、お嬢様方こちらの席へどうぞ」
「……ええ」
「はわわ…は、はいぃ……」
双魔に促されてイサベルとクラウディアはおずおずと双魔の近くの席に腰を下ろした。
「ごはん……ごはん……」
ロザリンも双魔のすぐそばの席、重箱に一番近いところに座った。アッシュも開いている席に座る。宗房はドカッと音を立てて元々座っていたらしいモニター前の椅子に腰を落とした。
「まずはお茶からお召し上がりください」
双魔はレーヴァテインの並べたカップに魔法瓶から緑茶を注いでいく。心を落ち着かせる良い香りが殺伐としていた会議室に漂っていく。
「ありがとう……いい香りね」
「……ふぅーふぅー……んっ……ほわぁ……美味しいです……落ち着きます……」
「喜んでいただけて何より……ああ、ロザリンさん、お腹空いたでしょう?下の三段はロザリンのですから、お好きに食べていいですよ」
「本当?ありがとう!いただきます!」
ロザリンはお茶よりも食べ物がいいだろうと思って先にロザリン専用の段を渡してあげる。
受け取ったロザリンは心なしか表情と声を弾ませて、早速待望のランチにありついた。
弁当の中身はおにぎりに和のおかず、サンドイッチに洋のおかずと、とりあえず教室で提供していた料理は全種類詰め込んであるらしい。量は少し足りないかもしれないが、ロザリンも一先ず満足してくれるはずだ。
「さて、それではこちらも。何からお召し上がりになりますか?私が取って差し上げます」
残った重箱の段をイサベルたちの前に並べると双魔はそう言って菜箸を手にする。が、何故かイサベルは少し不満げだ。
「……双魔君、執事はもうやめるって言ったじゃない。気を遣ってくれて嬉しいけど……いつもの双魔君がいいわ」
「………そうか……まあ、それもそうだな。普通に話すか」
「ええ、それがいいわ……フフッ。でも、折角だから料理はとってもらおうかしら……そうね、その煮物と唐揚げ……それとおにぎりを。中身はおまかせで」
お互い気を遣って変になってしまったようだ。執事はやめることにする。すると、イサベルは微笑んでくれた。
「ん、了解」
双魔はリクエストに応えてイサベルの皿に料理を取っていく。そんな二人のやり取りをクラウディアは横目に見てほんのりと頬を赤くしていた。
(ガビロールさん……双魔さんと以心伝心です……すごいです……私もあんな風に…………でも難しいです……双魔さんが傍にいると緊張してしまいますし…………うう、でもでも……やっぱりまずは六道さんにご挨拶をして相談するのがいいのでしょうか……)
「……カッカッカッ」
チーン!
『そっちは何買ってきたのー?』
『シンプルにホットドックだ!そっちはなんか甘い匂いだな?』
『そうでしょー!いい匂いでしょー!』
必死で頭を悩ます仕草の愛妹を見て宗房が笑っていると、エレベーターのベルと賑やか声が聞こえてきた。買い出しに行っていた他のメンバーたちが戻ってきたようだ。
コンッコンッコンッ!
「ただいま戻りましたー!って!噂の人がいる!?」
「伏見さん!お店はいいんですか!?すごい人気だったみたいですけど……」
「人気過ぎて今日は品切れ閉店したってさっき聞いたぜ?何でも料理も凄く美味いとか……うん?いい匂い……もしかしてそれって……」
「お疲れさん。うちのクラスから差し入れだ」
「本当ですか!?やったー!噂聞いてどうしても行ってみたかったんですよねー!」
大会議室の中は一気に賑やかになった。学園祭らしい空気を吸ってきて皆、活力が漲ったらしい。学園祭の中核、各学科のトップが集まった運営本部は激務の中、一日目の午後からへの英気を養う楽しい楽しいランチタイムに突入するのだった。
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