完売御礼、もう一仕事
「…………」
騒ぎから少し経った。レーヴァテインは厨房の端に置いてある椅子に座って俯いていた。手には「飲み、少しは落ち着くと思うよ?」と鏡華が渡した温かい緑茶の入った湯呑を持っている。
「……様子はどうだ?」
双魔は接客に区切りをつけて厨房に顔を出し、鍋に火をかけている鏡華に声を掛けた。
「ちょっと落ち込んではるみたいやね…………」
「……そうか」
レーヴァテインはショックを受けているようだった。一連の何処にショックを受けたのかは判断しきれないが、このままなのは良くないだろう。
「……ティルフィングに任せてみるか」
レーヴァテインの心はティルフィングを第一に置いている。ティルフィングもレーヴァテインに対して姉としての自覚が出てきている。姉妹二人で話してもらうのがいいかもしれない。そう思って接客をしているティルフィングを呼び戻そうとした時だった。
「……別に構いませんわ。双魔さんで」
双魔の声が聞こえていたのかレーヴァテインが双魔を呼び留めた。本人がそういうならそうなのだろう。双魔はレーヴァテインの横にある椅子に腰掛けた。
「……さっきは大丈夫だったか?」
「……ええ……随分と不躾な方々で少し驚いただけですわ……」
「……悪かったな」
「どうして謝りますの?」
「いや、俺が執事をやることになったから……」
「自惚れないでくださいまし、私はお姉様が……」
「分かってる。ティルフィングも俺がやると言わなきゃ、やる気にならなかった。だから、悪い」
双魔がもう一度謝るとレーヴァテインはこちらに向けていた苛立つ顔をふいっと反らした。
「……理のある謝罪ですね……一応受け取っておきますわ……」
「……ああ」
「「…………」」
少し沈黙が流れる。まだ何か、レーヴァテインが言いたそうな気がして双魔は立たなかった。
「……あの方たち……なっていませんでした…………」
「…………」
「主人が仕える者を害せようなどと……ご主人様は……私が失敗しようと…………決して……」
「…………」
レーヴァテインの“ご主人様”、双魔に彼女を託し、“黄昏の戦場”を墓標に消え去ったロキのことを言っているのだろう。思い出すまいとしていた記憶が甦ったのか、レーヴァテインの声は少し震えているように双魔の耳には聞こえた。
「……そうか」
「…………ええ」
双魔が頷くと短い返事が返ってきた。これ以上、何を口にすればいいのか分からない。
「ソーマ!む?何か話していたのか?」
そこにティルフィングが笑顔でやって来た。休憩がてら誰かに分けてもらったのか、手には抹茶のフィナンシェを持っている。
「……いや……」
「む?そうか……レーヴァテイン、お主も大丈夫か?」
「っ!お、お姉様……私を心配してくださるのですか!?」
「う、うむぅ……お主が何かすると双魔が困るからな」
「それでもです!ああ!お姉様に心配していただけるなんてっ!私、嬉しくって……ひゃあぁぁぁぁ!!そ、双魔さん!何をなさるんですか!?」
ティルフィングが来て一気に明るい雰囲気へと変わったレーヴァテインは素っ頓狂な声を上げると双魔に詰め寄ってきた。
暗い方に傾いていた気持ちが逆側に勢い良く傾いたせいで剣気が漏れ出ていたので仕方がない。双魔はレーヴァテインと視線を合わせずに頭を軽く掻いた。
「双魔」
そこに三人の様子を見守っていた鏡華が鍋の火を止めて近づいてきた。
「ん?どうした?」
「思ったより盛況やったさかい、食材がなくなってしもうたんよ。せやから、今日はこれで店仕舞い。他の皆にも伝えたから、今いるお客で終わり」
「ん、そうか。何というかあっという間だったな……」
「どう?楽しかった?」
「ん……まあ、悪くなかったんじゃないか?」
慣れないことで気疲れはあったが、楽しいかったか退屈だったかと問われれば、それは楽しかった。双魔の答えを聞いた鏡華は口元に手を当てて顔を綻ばせた。
「ほほほっ……素直やないんやから。そんな天邪鬼にはもう仕事、してもらわなあかんねぇ?」
鏡華は双魔を優しい目で見つめて、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……もう一仕事?」
「そっ、もう一仕事。簡単な仕事やさかい、お願い」
そう言うと鏡華は大きな風呂敷に包まれた、大きな大きな重箱を双魔に手渡すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様でーす!今戻りました!」
「おーう、お疲れさーん」
双魔に代わって巡回の仕事を終えたアッシュはフェルゼンと交代して本部である大会議室に戻ってきた。途中まで一緒だったアイギスは少し見て回りたいところがあると言って何処かへ行ってしまった。
部屋に入ると机に両脚を乗せて学園に内に張り巡らした監視カメラと繋いだ大画面モニターを眺めている宗房が気の抜けた声で返してくれた。
「……あれ?宗房さんだけですか?他のみんなはどうしたんですか?」
部屋の中を見回すと出てきた時よりも人が減っている、と言うか宗房しかいないように見える。
「カッカッカッ!働き詰めじゃ気が滅入るからな!各々好きな食い物買って来いって言ったんだ!勿論俺の分もな。ついでに言うと俺だけじゃない。そこに三人いるだろ?」
「三人って……っ!い、イサベルちゃん?クラウディアちゃんも……ロザリンさん!?ど、どうしたの?」
「「…………」」
「……おなかへった……」
宗房が顎で指した方に目を遣るとイサベルとクラウディアが分かりやすく落胆した雰囲気で書類仕事をしていた。学園祭も突発的に書類仕事は発生する。例えば問題を起こした者の始末書のへの押印等々。本来は各科の仕事だが、魔術科も錬金技術科も議長が自由人なので補佐役の二人がある程度こなすしかない。
ロザリンも何やら書類を書いていたようだが、途中で放棄して突っ伏してしまっている。本人が言っているようにいつもの空腹が原因のようだった。そうなると、当然気になるのは……。
「……イサベルちゃんとクラウディアちゃんは……どうしたんですか?」
本人たちに聞ける空気ではないので、アッシュは宗房の傍まで行ってこっそりと聞いた。
「カッカッカッ……そんなの聞くまでもないだろ?原因はお前が作ったようなもんだ!カッカッカッ!」
「えっ!?僕が!?僕は何も……あっ……」
一瞬、訳も分からず濡れ衣を着させられたようで混乱しかけたアッシュだったが、宗房の言う原因に心当たりがあった。そう思えば、濡れ衣などではなく確かに自分が二人の落ち込んでいる理由を作ったことは間違いない。
「気づいたか?」
「は、はい……その二人共……双魔の執事姿が……」
「そういうこった!カッカッカッ!アイツは本当に罪な男だぜ……んで、俺は優しくて気の利く男だ!カッカッカッッカ!!」
「そ、それはどういう……」
「…………ごはんの匂い」
突っ伏していたロザリンがムクリと身体を起して鼻をヒクヒクさせた。
コンッコンッコンッ!
盛大に笑って見せる宗房にアッシュが聞こうとした瞬間、大会議室のドアがノックされた。
「おっ!来たな!入っていいぞっ!」
宗房は椅子から勢いよく立ち上がると来訪者に入室を許可した。少しだけ間が空いて扉がゆっくりと開いてゆく。そこに立っていたのは……。
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