”聖絶剣”、一触即発
「うん?どうしたのだ?こうして我から挨拶をしてやっているのだ。何故、何も言わぬ?」
自分を目にしても何も言わない神話級遺物たちを不思議に思ったのか、美丈夫は首を傾げた。そして、そのまま視線が双魔たちに向いた。
デュランダルの視界には身構えた双魔たちの姿が映る。そして、その瞬間、表情が一変した。
「……何だ?貴様ら……このデュランダルに向かって……無礼であるぞ!」
「「「「っ!!?」」」」
キィィィィィン!
爽やかな笑みは一瞬にして消え去り、目を見開き憤怒の形相になる。同時に剣気が迸り、高い音を立てた。
机の上に置いてあった紙がはらりと二つに裂け、ロザリンの若草色の髪も数本断ち切られて宙を舞った。
「貴様!何をするっ!」
「お姉様っ!」
ティルフィングが双魔を守ろうと両手を広げ、負けじと紅の剣気を迸らせた。レーヴァテインは双魔のローブを握りしめてティルフィングを心配する。
「……貴様、見たことのない顔だな。生意気な……真っ二つにしてくれようか!」
デュランダルが明確に殺気を纏った。しかし、これを名だたる神話級遺物たちが見逃すはずがない。
「おい、テメェ。やっていいことと悪いことがあるぞ?」
「聞き分けのない子は、嫌いよ?」
「…………」
いつの間にか身体を起こしていたゲイボルグがその身を深碧の剣気で輝かせた。カラドボルグとアイギスも同じように虹色と白銀の剣気を身に纏う。
ピシピシッ!パリンッ!パリンッ!ガシャンッ!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
狭い部屋の中に濃密な剣気が幾つもの漏れ出したせいで、窓や戸棚のガラスは全て割れた。空気が振動し、地鳴りのような音が鳴っている。地鳴りだけではない。小規模だが地震が起きているのだ。その証拠に足元が揺れている。普通の建物ならば耐え切れずに損壊してもおかしくない。
(……これはっ…………不味いっ……)
神話級遺物たちの剣気による重圧で、双魔も気を抜けばすぐに倒れてしまいそうな状態だ。しかも、これだけ大きな力がぶつかり合っていれば、遺物協会が察知して大ごとになるのは必定だ。最悪、このまま戦闘になることも覚悟しなければならない。
が、双魔の恐れはすぐに霧散した。
「……フハハハハ!冗談だ。我は貴様らより優れた遺物ではあるが、流石に複数を相手取るのは慢心というもの。少しからかいたくなっただけだ。許せ!フハハハハ!」
デュランダルは表情を憤怒から笑顔に戻すと快活に笑って見せた。放っていた剣気も収める。
「全く。冗談にも善し悪しがあるわ……」
「チッ!乗せられた俺たちも俺たちか」
「…………」
カラドボルグとゲイボルグはデュランダルが剣気を収めると忌々し気に自分の剣気も収めた。アイギスは何も言わずに軽蔑した冷たい視線をデュランダルに刺しながら剣気を収める。
これで遺物全員が矛を収めた。と思いきや、一振りだけ剣気を纏ったままの者がいた。室内の空気は初夏ながら冷え切り、キラキラと紅氷の欠片が舞っている。
そう、ティルフィングだけは双魔を守ろうと剣気を収めなかったのだ。当然ながら、それはデュランダルの目に留る理由としては十分だった。
「……何だ貴様は?」
「貴様こそ何だ!遺物のくせに自分の剣気も御しきれないのか!」
「……言わせておけば!このデュランダルを侮るか!!」
キィィィィィン!
ティルフィングの言葉に再び感情が沸騰したのか、鋭い剣気が迸る。が、ティルフィングの紅の剣気がそれを相殺して双魔たちを守る。
それを見たデュランダルは僅かに眉を動かし、剣気を収めた。
「……娘。貴様見ない顔だな。本来の性能の千分の一すら出していないとはいえ、我の剣気と張り合うとは、どこぞの辺鄙な場所の無名の遺物だろうが……我は寛大だ。名くらいは覚えておいてやっても良い。名を……」
「……あ、貴女!!さっ、先ほどからの傍若無人な振る舞いに加えて!お姉様を馬鹿にするなんて!お姉様に謝りなさい!」
「ッ!レーヴァテイン!」
デュランダルがティルフィングを貶したのが許せなかったのか、双魔の後ろに隠れていたレーヴァテインが突然飛び出して、ティルフィングとデュランダルの会話に割って入った。双魔は止める間もなかった。そして、レーヴァテインの行動がまたデュランダルの感情に薪をくべてしまう。
「今度は何だ!……うん?何だ貴様ら。そっくりだな?フハハハハハハハハハッ!面白い!が、面白いだけだ。蒼髪の方は搾りかすのようだ。実に醜い。そのような分際で我の言葉を遮るとは……生意気な、矮小な愚物は、こうしてくれるっ!」
「えっ?」
デュランダルはそう言うと、右手を軽く水平に動かした。それだけの動き。しかし、それは迸らせていた剣気とは比べ物にならない密度となってレーヴァテインの顔に放たれた。
レーヴァテインは自分に何が向けられたのか、理解できずに反応が遅れてしまう。それは致命的な隙だった。
「っ!!!」
双魔は咄嗟に前に出ていたレーヴァテインを抱き寄せると”創造”を略式で発動させ、見えない空間の壁を作り出す。
「ソーマ!」
ティルフィングも状況を察して身に纏っていた紅の剣気を前面に結集し、紅氷で強固な壁を作る。
ヒュッ!
「うぐっ!」
デュランダルの剣気は微かな風切り音を立て、紅氷の壁を貫き、そのまま空間の壁を切り裂き、レーヴァテインを庇った双魔の腕に切り傷をつけた。
白いシャツの袖が鮮血に染まる。あっという間の出来事にアッシュたちは声も出せない。ゲイボルグたちの目が剣吞な光を帯びた。が、それよりも、この場で最も怒りを覚える者がいた。
「……き、さま……貴様ぁ!ソーマに何をする!」
「なッ!!?…………」
パキンッ!
ティルフィングが吼えた。同時にデュランダルに向けて、双魔の流した血の色より濃い紅の剣気が放たれる。この部屋で遺物たちが発した剣気の中で最も強力な剣気が的を違うことなく包み込んだ。
デュランダルは驚きの表情を浮かべたまま紅の氷像と化した。尊大にして傲慢、聴く者によっては耳障りだった声も聞こえなくなる。
「ソーマ!ソーマ!?大丈夫か!?」
ティルフィングはすぐに腕を押さえる双魔に駆け寄った。レーヴァテインは呆然としてその場にへたり込んでしまっている。
「ん……大丈夫だ。傷は浅い……すぐに治る。それよりも……レーヴァテインは大丈夫か?」
「あっ……双魔さん……お姉様……私…………」
「無事だな……なら、いい……それよりも」
双魔の視線は凍りついたデュランダルと、その後ろで平然と立っている修道女に向いていた。
「……はあ……」
修道女、恐らく”英雄”の序列十位”滅魔の修道女”は呆れたように深くため息をついた。
「全く、油断するからこうなるのよ。いい薬になったわね……貴方たち」
双魔たちに視線が向いた。また、皆で身構える。何かしてくるかもしれない。
「デュランダルはこういう性格だから謝りはしないけれど。薬代としてお礼は言っておくわ。ありがとう。私はアンジェリカ。巷では”滅魔の修道女”なんて呼ばれているわ」
「……分かっていた」
「そう?私が名乗ったのだから。貴方の名前も聞かせて。他の子たちの名前は知っているけれど、貴方は知らないわ」
アンジェリカは双魔に名を明かしている。と、なれば双魔も名乗るのが礼儀だ。相手は明らかな格上なのだから。
「……伏見双魔だ。それと、俺の契約遺物のティルフィング」
「伏見双魔とティルフィング。ああ、やっぱり貴方たちが噂の……分かったわ。それじゃあ、失礼するわ。私たち、一応、学園祭のゲストとして招かれているから。それに、デュランダルもきっと、貴方たちのことは覚えたと思うわ。また会うことがあったらよろしくね?」
「……」
双魔は何も言わずに首を縦に振った。やっと二人の正体が確かなものとなった。宗房の情報は正しかった。世界最強の一角がまた一組、ブリタニア王立魔導学園を訪れたのだ。
「よいしょっと」
アンジェリカは持っていた聖なる書を修道服にあるらしき裏ポケットに仕舞い込むと、小さな身体で凍ったままのデュランダルを軽々とバーベルのように持ち上げた。
そして、そのまま評議会室を出て行こうとして、ピタリと足を止めた。
「ああ、伏見双魔。この氷ってどうやったら溶けるの?」
「……しばらくすれば自然と」
「そう。分かった」
アンジェリカは「ふんふん」と、二回頷くと今度こそ部屋を後にした。こうして、学園祭開幕前の大事な一時に姿を現した嵐は不吉な言葉を残して去っていった。
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