英雄の来訪
(……厄災も気になるが……その前に「次代の”聖剣の王”」ってのは誰のことなんだ?)
引っ掛かっているのはその点だった。大いなる厄災については今のところ何ら知りえる術はないが、次代の”聖剣の王”については双魔が知っている前提で話していた。
つまり、その人物は双魔が既に知り合っている人物ということになるそして、普通に考えればその人物はジョージと血縁のある人物だ。そんな人物に、一人だけ心当たりはあるのだが……。
( ハシーシュおばさんはもう安綱さんと契約してるからな……”救世の聖王剣”には余りかかわりがないはずだ……だとしたら……)
「ん?ティルフィング?」
腕を組んで考えこもうとした時だった。いつの間にか立ち止まっていたティルフィングがシャツの袖を引いてきた。
「ソーマ、あの屋台何か料理しているみたいだぞ?いい匂いがする」
「……ん、本当だ……見に行ってみるか」
「うむ!」
ティルフィングの指差す先には何かを焼いているのか香ばしい匂いを漂わせ、煙を挙げている屋台があった。本番前日に料理をしている屋台はあまりない。気になったので顔を出してみることにする。
屋台の看板には流れるような文字で大きく”ホットドッグ”と書いてある。
「遺物科評議会の伏見双魔だ。この時間に料理をしているなんて珍しいな?何か問題でも……ってお前は……」
「あん?」
屋台の中を覗いて双魔は驚いた。威圧感のある声と共に網の上でソーセージを焼いていたせいとの顔がこちらを向いた。その顔には覚えがあった。くすんだ緑色の髪に顔に幾つかの傷が刻まれた巨漢。”選挙”において双魔と激戦を繰り広げた相手、サリヴェン=ベーオウルフだった。
「チッ!なんだテメェか。評議会の副議長サマが何の用だ?」
サリヴェンは双魔の顔を見ると機嫌が悪そうに舌打ちをした。態度の悪さと裏腹にしっかりと焼き目のついたソーセージをひっくり返している姿は少しおかしかった。
”選挙”ではベルナール=アルマニャックの暗躍により、反魂香を嗅がされグレンデルに身体を乗っ取られたのだが、フォルセティの力が覚醒した双魔とティルフィングによってグレンデルは滅ぼされた。
その後、サリヴェンは以前より落ち着いて、性格態度を改めたという噂は聞いていたのだが、まさかホットドッグの屋台で合うとは思ってもみなかった。
「いや……なんで今、ホットドッグを作ってるんだ?」
「ホットドックじゃねぇ。ソーセージを焼いてるだけだ。ミスだが何だか知らねぇが、業者の野郎が賞味期限の切れたソーセージを混ぜやがったんだ。客に出すわけにはいかねぇ。今妬いて喰っちまおうと思ってただけだ!」
「ベーオウルフさん!どうですか?焼けましたか?」
以前の凶暴さは見る影もなく、真面目にソーセージを焼いているサリヴェンを後ろから呼ぶ声が聞こえた。
恐らくクラスメイトなのだろう。サリヴェンを呼んだ生徒はサリヴェンと同じエプロンをしていた。
「うるせぇ。もう少しで焼き上がる。皿とマスタード用意しろ!」
「分かりましたっ!」
サリヴェンに指示された生徒はすぐに踵を返して走っていった。食器と調味料は別の場所に置いてあるのだろう。
「で?テメェらはいつまでそこに突っ立てるんだ?」
サリヴェンは機嫌を悪そうにしたまま双魔を睨んだ。双魔が気に食わないのか、はたまたソーセージを焼いている姿を見られたくなかったのか。さっさと行ってしまえということらしい。
「……うむ、上手に焼けている。美味に違いない」
少し話しているうちにティルフィングの視線が網の上のソーセージに釘付けになっている。サリヴェンはティルフィングを凝視してから、もう一度双魔を見た。表情から少しだけ険がなくなっている。
「テメェは遺物にどんな教育をしてやがる」
「前も言ったが、遺物と契約者は対等だ。教育もクソもない」
「……チッ!ソーセージなら恵んでやる。食ったらさっさと行け」
「む!本当か!感謝するぞ!」
「……悪いな」
「相変わらずムカつく野郎だ」
サリヴェンは悪態をつくと、またソーセージをひっくり返した。どんな心境があったのかまでは分からないが、サリヴェンは変わっていた。烏滸がましいかもしれないが、双魔はサリヴェンが人間的に成長しているように見えた。
そのまま、三人で網の上のソーセージを見つめている時間が少し続いた。が、学園内では耳慣れない音がして三人の視線はそちらに向いた。
聞こえた音は車の走行音だった。真っ白なリムジンが学園の正面門をくぐり抜けてこちらに向かって走ってくる。
「んだ?ありゃぁ?」
学園に車で乗り込んでくる客は珍しい。サリヴェンが怪訝そうな声で呟いたのは当然と言ってもいいだろう。
(…………”聖剣の王”に続いて賓客か……ここまで堂々と入ってくるとなると学園長に正式に招かれた客……ん?あの旗は……そう言えば宗房が何か……)
車のフロントで風に揺れる旗を見て、双魔は宗房が総合会議前に提供してくれた情報を思い出そうとする。それと同時に、リムジンは双魔たちの前を通り抜ける。その瞬間だった。
「「「ッ!!?」」」
ゾクリと背筋が凍るような鋭い剣気が全身に当てられた。ティルフィングとサリヴェンも感じたのか、双魔と同じように目を見開いて身体を硬直させていた。
あの車には強力な遺物が乗っている。それだけは確かだ。
「……んだ?……なんだ!?今のは……」
サリヴェンはわなわなと身体を震わせていた。恐らく、強力な剣気に怖気を感じた自分が許せなかったのだろう。
双魔が目で追ったリムジンは事務棟の裏へと消えていった。そこには迎車場がある。そちらに向かったのだろう。
「……ソーマ、今のは……」
「ん……思い出した。あれはローマのバティカヌム……十字聖教教皇庁の旗……二人目の”英雄”のお出ましだ……学園祭は平和にって訳にはいかないかもな……」
パツンッ!ジュゥゥーーーーー!
リムジンの見えなくなった事務棟の正面を見つめていると、鉄板の上で放置されたソーセージの皮が避け、漏れ出た肉汁が音を立てて煙を上げた。
ブリタニア王立魔導学園屈指のイベント、学園祭は幾人かに不穏さを感じさせながら、開催をすぐそこに控えている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
双魔が学園祭の成功を憂いている頃、迎車場に停まった真っ白なリムジンから一人の美丈夫と修道女が降りてきた。
十字聖教会最強と名高い聖剣”聖絶剣”デュランダルとその契約者であり、世界に十人のみ存在する最上位の遺物使い”英雄”の末席、”滅魔の修道女”シスター・アンジェリカの二人だ。
ブリタニア王立魔導学園の学園祭の正式なゲストとして招かれた二人は堂々と目的地に降り立った。
「お待ちしておりました。ご主人様がお待ちです」
最上級の客人たちを主人の命を受けたメイド姿の魔槍、グングニルが出迎える。
「お久しぶり。それじゃあ、早速案内して」
アンジェリカは神代から存在する神話級遺物に全く臆せずそう言った。グングニルは美しく一礼すると踵を返した。ついて来いということだろう。
「……?どうかしたの?」
いつもなら出会った遺物を見下すような自信に満ち溢れた皮肉めいた挨拶を口にするデュランダルが何も言わなかったのが気になって振り返る。デュランダルは以前グングニルと会った時には率直に言って失礼な挨拶をしていた。自分よりも古くから存在する遺物に臆しているなどということはないはずだ。
そして、目に映った古代ギリシャの彫刻が如き端正な顔には笑みが浮かんでいた。面白そうなものを見つけた子供のような、純粋にして冷酷な笑みだ。
「……我らと闘うに相応しい強敵の予感がする。シスター・アンジェリカ、酷く退屈な旅だと思っていたが、どうやら楽しむことが出来そうだ!!」
「……そう。私は貴方に付き合うだけだから。好きにすればいいわ」
「フハハハハッ!」
「…………」
冷静に見えるアンジェリカと豪快に笑い声を上げるデュランダルの不穏なやり取りをグングニルは廊下の先を見つめながら、コツコツと規則正しく靴で床を叩いて進むのだった。
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