桃の花は朱に染まる
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「………………ここは何処でしょうか?」
ブリタニアの繫栄する王都ロンドン、その一角で一人の少女が途方に暮れていた。
年のころは十五、六だろうか。少し日焼けした肌が整いつつも幼く見える印象を際立たせている。黒く美しい髪は頭頂部の少し後ろで左右対称のお団子にして青と金の布で包まれ、余った髪もまた、バランスよく垂らされて、肩甲骨を撫でている。白を基調とした制服、ブリタニア王立魔導学園遺物科の制服を身に纏っている。しかし、その凛々しい出で立ちとは反対に、愛嬌を感じさせる太い眉毛が八の字を描き、桃色の瞳は不安気だった。如何やら道に迷っているらしい。
少女は自分の周囲をぐるりと見回してみる。前方、見知らぬ三叉路。後方、比較的人通りの多いついさっき通った路地。左右、灯も人通りも少ない怪しい路地。
「……いつの間にか青龍も何処かに行ってしまいましたし……どうしましょうか」
少女は顎に手を遣ると「ふーむ」と考える仕草をとった。完全に道に迷っていた。ロンドンには機能到着したばかりである。頼りになる相棒ともはぐれてしまった。
「時計塔が目印と言っても……何処にも見当たらないですし……でも、ジッとしているよりは動いた方がいいに決まっています!えーと……こっちに行ってみましょう!」
少女は張り切るとビシッと前方の三叉路の真ん中を指さした。上りの坂道になっているので、高い所に行けば口にしていた時計塔が見えるだろうと思ったのだ。
そうと決めると少女はずんずん坂道を登っていく。知らないとはいえ運が良かった。少女が選んだ道は本当に目的地の方角だったのだ。
十分ほど歩いただろうか。坂の頂上らしきが見えはじめ、その向こうには写真で見覚えのある時計塔が現れる。
「あった!やりました!これでもう迷わないはずですっ!」
少女は嬉しくなって思わず走り出した。素晴らしい俊足だ。百メートル走なら八秒以内は確実だ。二つのお団子から垂れている黒髪が水平に風を切る。
「っ!危ないっ!」
しかし、少女は気づいた。坂の上は大通り、車が沢山走っているのが見えるし、その手前では多くの人が行き交っている。このままでは突っ込んでしまう。少女は前に出し、地面につきかけていた右足を横にした。
ズザッ!ザザザザザッ!
ブレーキとなった右足が石畳の表面を薄く削りながら俊足で得た勢いを殺していく。大通りはどんどん近づいてくる。上り坂なのも手伝ってギリギリで止まれそうだ。人もいないので少しくらいはみ出しても誰かとぶつかってケガをさせてしまうことはない。
「ふう!よかっ……って危ないっ!っ!」
と思いきや、歩道に僅かに飛び出す寸前、建物の影から一人の男の人らしきが出てきた。勢いは完全に殺しきれていない。ぶつかってしまう。男の人がこちらに顔を向けるのが分かった。が、反射的に目を瞑ってしまう。
(ブリタニアに来て早々に道に迷った挙句、誰かに怪我をさせてしまうなんてっ!…………あれ?ぶつかってない……)
一瞬、何が起きたのか分からなかった。来るはずの衝撃がない。代わりに、花の香りと優しく抱き留められているような感覚を覚えた。
「……大丈夫か?」
頭の少し上から男の人らしき声が聞こえてきた。冷静で、こちらを気遣う優しい声だ。
「はっ、はい!飛び出してしまって申し訳ないです……………………」
謝りながらそっと目を開ける。すると、桃色の瞳には男の人、自分と同じくらいの少年の顔が映った。黒と銀色の髪に、海のような深い理性と大らかさを秘めた瞳。パーツの一つ一つが整った顔立ち。美少年というのはこの人のことを言うのだろうか。少女は初めてそんなことを思い、言葉を失った。
「どうした?もしかしてどこか痛めたか?」
黒と銀の髪の少年が心配そうに顔を覗き込んできて視線がぶつかった。
「っ!!?大丈夫です!拙は身体の丈夫さだけが取り柄ですから!!」
少年の胸に抱き留められていたことにも気づき、少女は大慌てで離れると、健在を知らせようと両手を大きくぶんぶんと振って見せた。
「………クックッ!大丈夫そうだな?」
「……本当に申し訳ないです……それとかたじけない……」
少年の笑みを見て顔がどんどん熱くなっていった。少女は赤面症なのだ。頬を両手で隠そうとするが、恥ずかしくて顔はなおも熱い。鏡を見たら真っ赤に違いない。もう、少年の顔を直視することもできない。
(……うう……こんなことになってしまうとは……不覚です!)
「ん?その格好、遺物科のだろ?」
「ご存じなのですか?」
「まあな、ここじゃ知らない奴の方が少ないと思うが……」
(もしや、この御仁、魔導学園の関係者の方では……)
顔を見ずに服装を見ると知人が羽織っているローブとほとんど同じものを着ていた。間違いない。
「……実は転校してきたのですが、道に迷ってしまい……」
「なるほどな。学園に行きたいなら、ここの道路を渡って川沿いを歩くといい。同じ制服を着てる連中がちらほらいるからついていけば着くはずだ。ああ、河は渡らないようにな」
「か、かたじけない!」
少女は右手の拳を左手で包んで深く頭を下げた。迷惑を掛けた上に道を分かりやすく教えてくれるとは、少年はまさに救世主だった。
「ソーマ、早く帰らなくていいのか?」
少年の後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。声の主は銀髪の美しい、黒い服を着た少女だった。大きな紙袋を両手で抱えている。少女にも馴染み深い独特な雰囲気を纏っている。
「ん、ああ、そうだな。すまん、一緒に行ければいいんだが急いでるんだ。学園の生徒ならまた会うこともあるだろうから、その時はよろしくな」
「えっ!あっ!せめてお名前を…………行ってしまわれました」
銀髪の少女に急かされた少年は懐中時計を確認すると慌てて立ち去ってしまった。少年がいなくなると人の通りがまた多くなってきた。ポツンと残された少女は一旦、出てきた路地に一歩戻った。
「良きお方のようでした……お名前も聞けませんでしたが……」
少女は落ち着こうと両手を胸に当てた。何故か心臓が早鐘を打つように鼓動している。顔の熱さも引き切ってくれない。
「…………」
少年の笑みを思い出す。すると、鼓動がさらに早まったように感じる。不思議で仕方がない。
「……拙はどうなってしまったのでしょう……っと、こんなところでジッとしているわけにはいきません!早く学園に着かねば!……青龍もいてくれると良いのですが……えーと、道路を渡って、川沿いですね!うん、大丈夫です」
教えてもらった道を目視で確認して、少女は路地から出た。そこから何とか目的地に到着するまで、胸はドキドキ高鳴り、顔は赤く染まったままだった。
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