姉妹であるということ
「そう、怖がることはないよ。お前を取って喰おうなんてつもりはないからね。ただ、耳に痛いことは言う。そこの覚悟はしておきな」
「っ!……私……別に貴女の言うことなんてっ!……」
「いいから、見た目はお前より老い耄れだ。中身は知らないけどね。年寄りの話は聞いておくもんだよ」
「……レーヴァテイン、我も聞いたのだ……我の妹だというならスクレップの話を大人しく聞け」
「っ!おっ、お姉様!?今、私の名を…………」
怯えから警戒感に振り切り、耳を傾ける様子のないレーヴァテインをティルフィングが制止した。敬愛する姉に初めて名を呼ばれ、初めて向こうから言葉を掛けられたレーヴァテインは喜びのあまり身体を震わせた。
「我と話すのは後だ……ええい!抱きつこうとするな!まずはスクレップの話を聞け!」
「っ!後で私とお話してくださりますの?」
「後でだっ!」
「分かりました!それならば……えーと……スクレップさんのお話を聞きますわ」
抱きつこうとしてティルフィングに頭を押さえられたレーヴァテインは言質を取ると、スクレップの方を向いて話を聞く姿勢を整えた。
そんなティルフィングとレーヴァテインのやり取りを見たカラドボルグ、ゲイボルグ、安綱は顔を寄せ合った。
「……ねぇ?ティルフィングの態度、少し柔らかくなったんじゃない?」
「確かに、そのように見えますね」
「スクレップの言葉の意味が分かったんだろうさ。それにティルフィングの中の双魔の存在はでかいからな。そこを突かれれば色々考えもするだろうぜ」
「そこ、人が話をしようとしているんだから内緒話は後にしな」
「おー、怖い怖い」
「……悪かったわ」
「面目ない……続きをどうぞ」
スクレップに一瞥された二人と一匹は申し訳なさそうに顔を離した。そして、スクレップは改めてレーヴァテインと向き合った。
「レーヴァテイン、お前は……何か大切な何かを失ったね?」
「っ………………」
スクレップは初めから核心を突いた。それを聞いたレーヴァテインは短く息を吸い込み、そのまま固まってしまう。元々白い肌が病的に青ざめていく。それは、無言の肯定だった。
「間違いなようだね。お前は大切な何かを失った。けれど、お前の大切にしているものはその何かだけじゃなかった……お前が姉だというティルフィングがもう一つお前が何よりも大切にする存在だった。故に、ティルフィングを慕う。構ってもらおうとする。お前の心は失うことへの恐怖に囚われている」
「…………」
レーヴァテインはスクレップの言うことにただ俯くだけだった。ふと、空気が熱くなった。それが彼女の感情が乱れていることを示すのは明白だった。スクレップの言葉は的を射ている。
「お前は憐れまれるべきだろう。残った姉に縋りつこうとするのも間違っていない。ただ……お前のティルフィングへの思いは独り善がりだ。それをお前は分かっているはずだよ」
空気がさらに熱くなっていく。レーヴァテインの蒼髪がジリジリと逆巻きはじめる。このままでは暴走してしまうだろう。
「レ……っ!?」
「……」
止めようとするティルフィングを安綱が制した。そして、カラドボルグもゲイボルグも、いつの間にか遠巻きに耳を立てている遺物たちもレーヴァテインを止めようとしない。皆、分かっているのだ。手を出すべきことではないと。
「っ!だったらっ!だったら!!私はどうすればいいんですの!!私にはもうお姉様しかおりません!ご主人様は私を置いて逝ってしまいました!もうお姉様しか!私の寄る辺はない!貴女に何が分かるのですか!私の!何が!」
レーヴァテインが悲痛な叫びを上げる。蒼炎が迸り、スクレップの頬を焦がした。しかし、スクレップは眉一つ動かさず毅然とレーヴァテインを見つめている。
「私は私の感じたお前の境遇を確認しただけさ。話はまだ終わっていないよ。座りな」
「……」
「……お姉様……」
ティルフィングがレーヴァテインの手に触れた。ティルフィングの冷気に中和されたように、レーヴァテインは落ち着きを取り戻し、蒼炎は消えた。気づかぬうちに立ち上がっていたレーヴァテインは身体の力が抜けたようにすとんと椅子に座った。
「……ようやく話の続きが出来るね。レーヴァテイン、良くお聞き。お前がすべきはティルフィングと話をすることだよ。考えてもみな。お前は最初からいた存在じゃない。ティルフィングにとっては親しみを感じる存在じゃない。例え見た目が瓜二つでもね」
「……」
「だから、お前はティルフィングに親しみを感じさせなくてはならない。これまでのお前は一方的に愛情を示すだけの獣と変わらない。知性があるものは対話をしなくちゃいけない」
「……でも、お姉様は……」
「安心しな。ティルフィングもお前が態度を改めれば向き合ってくれるよ。そうだろう?」
「……まあ、ベタベタしてこないなら普通に話すぐらいはしてもいいぞ」
「……お姉様……」
今まで自分を拒否し続けていたティルフィングが話をしてくれると言った。レーヴァテインは呆気に取られてしまう。そんな顔を見ながらスクレップは続ける。
「レーヴァテイン。お前に必要なのは自分の外、他者を理解しようとする心だ。ティルフィングだけじゃない。そうだね……双魔ともしっかり話してみな。ティルフィングから聞いてるよ。双魔にも悪態をついてるそうじゃないか。他者を理解しようとすれば、それがどんなことに繋がるかも分かる。いいね、話をするんだ。それで、上手くいくようになる」
「………分かり……ましたわ……心掛けて……みます」
「ティルフィングも私の言ったことが分かったね?困ったことがあれば双魔にも聞いてみな」
「……うむ。双魔にも話してみる。こ奴……レーヴァテインのことも、頑張って大目に見てみる」
「それでいいよ。お前たち二人は間違いなく姉妹だよ。見た目がそっくりだし、何より一途に思う魂が似ているよ。折角だ、仲良くやりな」
「「……」」
スクレップに優しく諭されたティルフィングとレーヴァテインはぎこちなく互いを見遣るとコクリと同じタイミングで頷いた。
「年寄りの説教はこれで終わりだよ。悪かったね」
スクレップが微笑むと張り詰めていた室内の空気が一気に緩んだ。各テーブルで談笑が再開されていく。
「……レーヴァテイン」
「……お姉様?」
「……貴様を妹と認めたわけではないが……名くらいは呼んでやる」
「っ!お姉様!ありがとうございます!!私感激です!っ!いけませんね……」
顔を見わしなかったが、雪解けを言葉で表したティルフィング。喜びに思わず抱きつきそうになるのを何とか自重したレーヴァテイン。
未だ姉妹になれない二人。けれど、スクレップの助言は確かに二人を前進に導いた。
同じテーブルを囲んでいた馴染の遺物たちはそんな二人を見て笑みを浮かべていた。
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