錬金技術科の怪人
久々に新キャラ登場ですよー。よろしくお願いします。
提出された書類を読んで、ロザリンが楽しみにしている屋台の話を聞きながら歩いているうちに、大会議室の前に着いた。場所は丁度ロザリンの部屋の真下だ。普段はあまり使われることのない部屋で中に入ったことのあるものは少ない。
「もう誰か来てるかな?」
「どうでしょうね?よっと」
重厚な木の扉を開くと広い部屋の中は真っ暗だった。静寂に満ちていて誰かがいる様子はない。
「真っ暗……だけど……いる」
「…………あの人か……はぁ……」
しかし、ロザリンは匂いで、双魔は魔力で気づいている。会議室の中には二人を待ち構えている者がいた。
「……どうする?」
「どうするって……自分から出てくる気はないですよ……アレは」
「……じゃあ、後輩君、お願い」
「……仕方ないですね……」
小声で相談し、双魔は頷くと右手に軽く魔力を纏わせて振った。すると真っ暗だった部屋の数カ所に仄かな明かりが灯った。そして、三秒ほどかけて室内が完全に照らされた。時計塔の機能はそのほとんどが電気ではなく魔力で成り立っている。この部屋の照明は魔力に反応してつく仕組みなのだ。
明るくなった会議室の中央には直径五メートルほどの大きな円卓と幾つもの椅子が設置されている。その椅子の内、扉から一番遠い位置にあるものだけがこちらに背を向けていた。
「「…………」」
勿論、双魔とロザリンはそこに注目する。その瞬間、椅子が勢いよく回り、座っていた人物の姿が二人の目に映る。座っていたのは…………。
「……クラウディア?」
「うん、クラウディアちゃんだね?」
座っていたのは錬金技術科の白衣を羽織り、瓶底眼鏡を掛け、胸の辺りまである茶髪を一本の三つ編みにして肩から掛けた小柄な少女だった。
双魔もロザリンも少女のことは知っている。名をクラウディア=フォン=ホーエンハイム。”賢者の石”を生み出し、錬金術を医術に昇華させた大錬金術師、本名をテオフラストゥス=フォン=ホーエンハイム、通称”至りし慈叡”の直系の子孫にあたる錬金技術科の副議長だ。因みに学年は双魔の一つ下である。
そのクラウディアが申し訳なさそうにちょこんと革張りの大きな椅子に座っていたのだ。予想と違う人物に双魔とロザリンは呆気に取られてしまう。
「こ、こんにちは……双魔さん、キュクレインさんも……」
「こんにちは、クラウディアちゃん…………?」
「ん、兄貴はどうした?」
「あ、その……兄さんなら……」
「俺ならここだ」
「っ!!?」
クラウディアが何かを言う前に耳元で渋い声で囁かれ、肩を叩かれた。驚いて横を向くと既に声の主はいない。
「カッカッカカッカッカ!!」
高笑いと共に円卓の中央に影が降り立つ。引き締まった体格の男が背を向けて立っている。パリッとした水色のワイシャツの両腕を捲り、黒革のズボンを穿いている。
「どうだ双魔、驚いただろう?まあ、キュクレインは気づいたようだったがな」
揶揄うような口調で双魔に訊ねながら男はゆらりと振り返った。その顔を見た双魔は、眉根に皺を寄せ、片目を閉じてこめかみをグリグリと刺激した。
「……何だよ?……それは……」
双魔の頭が痛くなるのも無理はない。こちらに正面を向け、堂々と円卓の上に立つ男、否、不審者は仮面を着けていたのだ。しかも、ヴェネツィアのカーニヴァルで使われるような黒と赤と金の色立ちに白い羽が付けられたかなり派手なマスクが鼻から上を覆っている。ニヤリと笑っている口元には無精髭を生やしている。
「カッカッカ!昨日までフラッとイタリアに行ってたんだ。気分転換だな」
「兄さん!お行儀が悪いから机から降りてください!」
クラウディアが慌てて椅子から立ち上がり、円卓の上の不審者を注意する。
「おっと、失敬失敬……とう!」
仮面の不審者は掛け声と共に飛び上がるとバク宙をして、そのままクラウディアが座っていた椅子に腰掛けた。
「まあ、とりあえず実験は成功だな。因みにキュクレイン、どうして俺が後ろにいると分かった?」
「匂い」
「カッカッカ!匂いか!なるほど、双魔対策に魔力遮断に凝り過ぎたか」
ロザリンの答えを聞いた不審者は顎を撫でながら、うんうん頷いている。
「……ロザリンさん、気づいたなら教えてくださいよ…………で、宗房!アンタは仮面を取れ!」
「やれやれ、双魔。怒ると健康に良くないぞ?まあ、仮面は取るがな」
双魔に”宗房”と呼ばれた男は仮面を外した。仮面の下からは斬バラな黒髪と刀の鍔で拵えた眼帯で隠された右眼が現れる。左の黒い瞳はギラギラと不遜な輝きを帯びていた。
不審者の名は伊達=テオフラストゥス=宗房。日ノ本奥州が覇者、”独眼竜”の血と”至りし慈叡”の血を継ぐ、ブリタニア王立魔導学園錬金技術科の評議会議長。通称”錬金技術科の怪人”だ。
先ほどから「兄さん」と呼んでいるクラウディアは腹違いの妹にあたる。少し複雑な事情があるため、ここでは置いておく。
”怪人”と呼ばれるだけあって、錬金術師として学生という身分を逸脱した腕を持ち、医術に発明なんでもござれ、一種の完璧超人として尊敬される一方、ところ構わず発明実験をし、平穏を壊す変態として恐れられてもいる。
破天荒な兄とは性格が正反対のクラウディアはほんわかした雰囲気と温和な人柄、恥ずかしがり屋かつ真面目な性格。宗房には基本的に話が通じないのでその橋渡しとストッパーとして錬金技術科一の人望を持っている。
「で、さっき使った道具は何だ?」
「ああ、天狗の隠れ蓑を作ってみたくなったから、作ってみた」
”天狗の隠れ蓑”とは天狗が持つ魔道具の一つで簡単には言ってしまえば纏うと姿を消せるマントだ。但し、消えるのは姿だけとされる。魔力を遮断するなどの改良を加えた点が宗房の技術力の高さを示している。
「……何に使うつもりだったんだ?」
「いや、女風呂を……」
「……兄さん?」
「……冗談です」
欲望全開な発言を妹に諫められた兄は口を噤んだ。そして、宗房は外した仮面を円卓の上に置くと、椅子に深くもたれかかると怖い顔をしているクラウディアの顔を見た。
「な、何?」
クラウディアは宗房の視線に首を傾げている。それを見た宗房はニヤリと笑って再び双魔に顔を向けた。
「で?双魔、決心はついたか?いつ、俺の可愛い妹を嫁に貰ってくれるんだ?」
「に、兄さん!!!?」
クラウディアの顔が爆発するように赤くなった。本当に湯気が出ているのか分からないが、眼鏡が真っ白に曇っている。
「……あのな……顔合わせるたびにそれ言われてるけどな……勝手なこと言ってたらクラウディアが可哀想だから止めろって言ってるだろ?」
「カッカッカ!俺は勝手なことなんか言ってない!で?返答は?」
「何度聞かれても答えは変わらない……ノーだ……そう言うのは本人で決めることだろ……俺よりいい相手何かごまんといるだろ……」
「……え……その……そんなことは……」
「カッカッカ!流石、許嫁がいるのに婚約者を作って、愛人までいる男は言うことが違う!」
クラウディアが何か呟いたように見えたが、宗房の笑い声にかき消されてしまった。
「っ!どこでそれを……って待て!鏡華とイサベルのことはぐうの音も出ないが、愛人ってなんだ!?」
「照れるな照れるな!そこにいるじゃないか!」
そう言って宗房が指差した先は双魔の隣。つまり……ロザリンが立っていた。
「私?」
「っ!誰が誰の愛人だ!ロザリンさんと俺はそんなんじゃない!」
「と、本人は言ってるがどうなんだ?」
「?私は後輩君のこと好きだよ?」
「─────っ!!」
宗房に聞かれてあっけらかんと答えるロザリンに双魔は何も言えない。そして、ロザリンの答えを聞いた宗房はいやらしく笑った。
「ほれ見てみろ!!色男!もう三人もいるならあと一人増えたって変わらねぇだろ?」
「変わるわっ!」
「おっ?それじゃあ、貰ってくれるってことか?」
「…………どうしてそうなるんだ……」
突っ込み不在の場で珍しく大声を出し続けたせいで双魔の息は上がってしまっていた。
「カッカッカっカッカッカ!」
「…………うう……」
「??」
宗房は高笑いを上げ、クラウディアは頬を両手で包んで恥ずかしそうにしている。ロザリンは不思議そうに首を傾げ、たった四人しかいないのに会議室内はカオスだった。
コンッコンッコンッ!
そんな空気の中、扉が外から叩かれた。まだ来ていないのは魔術科議長と副議長、イサベルだけだ。その二人に違いない。
(……助かった)
イサベルが来てくれれば多少は収まるに違いない。双魔は心の中で一息ついた。しかし、その見込みが甘いことは明らかであった。何故ならイサベルと共にやって来る人物が宗房と同様に厄介なことを忘れていたのだから。
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