ロザリンはやっぱり朝が苦手
双魔にイサベル、アッシュは評議会室への階段を昇っていた。皆は学園祭の準備が佳境に入っているのだろう。普段はちらほら目にする一般の生徒は事務課棟には一人もいなかった。
「みんな楽しそうだよね!僕たちも自由時間あるかな?」
「当日は三学科の評議会役員が交代で見回りと本部待機になるから各自の自由時間も取れるはずよ」
「そうだよねー!去年もそうだったし……今年はどんな出し物があるのかな?楽しみだなー」
「……そう言えば、イサベルのクラスは何をやるんだ?」
殺気は自分たちのクラスの話をしていたが、イサベルのクラスは何をやるのか聞いていなかった。
「私のクラスは……確か、ショーカフェだとか言ったかしら?」
「ショーカフェ」
「ええ、まあ、双魔君のところと似たようなものよ。梓織が料理、アメリアが接客の中心をやって、他の人たちは自分の好きな芸事を披露するんだって。そこは愛元が取り纏めてるみたい。自分は手品をやるって言っていたわ」
「……手品」
本物の魔術が使える者が大多数の学園で手品とは何とも愛元らしい。梓織の料理の腕はイサベルと同等らしいし、アメリアはAnnaの看板娘。聞いただけだがイサベルのクラスもかなりの客を集めそうだ。
「面白そうでしょう?……だから……その……もし時間があったら……」
イサベルがトレードマークのサイドテールを弄びながらチラチラと視線を送ってくる。
「ん、時間があったらな」
「っ!ええ、楽しみにしているわ」
双魔がぶっきらぼうに返事をすると、少し不安気だったイサベルの表情は晴れた。
「……双魔さ、息を吐くようにイチャイチャするの止めてくれない?」
「別にイチャイチャしてないだろ」
「あの、ご、ごめんなさい……」
「ああっ!イサベルさんは悪くないよ!全部双魔が悪いんだから!」
「……なんでだよ」
よく分からないが、最近アッシュは手厳しい。双魔は親指でこめかみをグリグリ刺激しながら渋い表情を浮かべた。
同じようなやり取りをしていると遺物科の評議会室前に到着した。
「双魔君、また後で」
「ん」
魔術科の評議会室はもう少し先にあるのでイサベルとはここでお別れだ。一時間半後の総合会議でまた顔を合わせる。
「おはようございまーす!」
ガチャ!
双魔がイサベルに手を振り返している間にアッシュが元気な挨拶と共に扉を開けた。
「アッシュ先輩、おはようございます」
「おはようシャーロットちゃん!」
手前に座っていたシャーロットは顔を上げてアッシュに挨拶をするとすぐに視線を落とした。
「……副議長はまたたくさんの女性に囲まれていたみたいですね……朝から不潔です」
「……それはアッシュも同じだろ……」
「聞く耳持ちません。六道先輩もガビロール先輩も……副議長のどこがいいのか分かりかねます」
シャーロットはストロベリーブロンドの髪を耳に掛けながら一瞥もせずに辛辣な言葉を飛ばしてくる。今まで散々言われてきたので悲しいことに双魔は慣れてしまった。
「フェルゼン、おはようさん」
「ああ、おはよう!今日はいつもより少し早く起きてな。総合会議に必要な書類はもう揃えてあるんだ。今、シャーロットに確認してもらっているところだ」
フェルゼンはきらりと眼鏡を白い歯を輝かせながら重そうなダンベルを上げ下げしていた。
「朝からせいが出るな……」
「ハハハッ!早起きは気持ちいいな!……というわけで、そこの寝坊助も起こしてやってくれ」
「寝坊助……あー……」
「……zzzzz」
フェルゼンの視線の先には議長席の机に突っ伏してロザリンが眠っていた。
「珍しく早く起きて身支度を整えたらしいんだが……結局眠気に負けたらしくてな。さっきゲイボルグに背負われて来て、のろのろと自力で椅子に座ったっきりこうなんだ」
フェルゼンの説明を聞いてすぐにゲイボルグの背中でだらんとしているロザリンが思い浮かんだ。一人で”神喰滅狼”を討ち果たした勇者も朝には手も足も出ない。
「……はぁー……ったく……アッシュ、眠気覚ましのコーヒー、準備してくれ」
「了解!フェルゼンとシャーロットちゃんも飲むよね?」
「ああ、頼む」
「お願いします」
「はいはーい!今日は何の豆にしようかなー?」
「ロザリンさん、ロザリンさん。起きてください。皆、揃いましたよ」
「……ん……む……こー……はい……くん?」
傍に寄って肩を優しく揺すってやるとロザリンの目が薄く開いた。涙がついているのか長い睫毛が窓から差し込む陽光にきらきら光っている。
「起きてください……ああ、もう……髪の毛が頬にくっついてますよ」
突っ伏していたせいだろう、のろのろと顔を上げたロザリンの柔らかい頬には若草色の髪がぴったりとくっついていた。
双魔は髪の毛を払うついでに両手で頬をムニムニと揉んでやった。ロザリンは滅多に笑わないせいで、ほっぺたが突きたてのお餅のように柔らかい。体温があまり高くないのでひんやりとしていて中々癖になる感触だ。
「……寝起きの女の子にあんなことするなんて…………」
背中にシャーロットの鋭い氷柱のような視線が突き刺さるが、ロザリンには起きてもらわないと困るので続けて揉んでやる。
「むにゅむにゅ……こーはいくん……」
「あ、起きましたか?」
「…………ぎゅってしてくれたらおきる」
「……いや、それは流石に……」
ロザリンは微睡からの覚醒の条件にハグを突きつけてきた。件の喫茶店でハグをしてからというもの、何がいいのかは分からないが、味を占めたらしく、ロザリンは事あるごとにハグを要求するようになってしまったのだ。しかも、最後に意味深なことを言われたものだから、以前のように大型犬にじゃれつかれていると思い込むのも難しい。鏡華とイサベルのおかげというか、羞恥心が大分緩くなってきている双魔もロザリンの大胆さにはたじたじだ。
そして、双魔はハグを簡単には了承できない。好奇の視線が二つと、絶対零度の「まさかそこまで破廉恥じゃありませんよね?」という脅迫にも近い視線がザクザクと刺さっている。
「……じゃあ……おやすみ……zzzz……」
「……ロザリンさん!寝ないでください!っ!ったく………………少しだけですよ?…………」
「「「…………」」」
このまま眠りの世界を再訪されては堪ったものではない。時間は過ぎてゆくばかりだ。覚悟を決めると様子を窺っている三人を睨んだ。双魔の気迫に押されたのか、アッシュとフェルゼンは慌てて背を向け、シャーロットは見るからに嫌そうな顔で双魔を一瞥すると椅子をくるりと回して扉と向き合った。
「……少しだけですからね……はい」
双魔は三人が見ていないのをしっかりと確認してからすでに舟をこぎ始めているロザリンをそっと抱きしめた。
「……むにゃ……んふふふふ……こーはいくんのにおい……」
ロザリンはとろんとした目を開けると、双魔に頬ずりをしてきた。綺麗な髪が双魔の頬を撫でる。
「……もういいですか?…………起きてください」
「……うん、起きた。今は我慢して続きはまた後で?」
「後ではありません……」
「……そっか……残念……でも、起きたよ?お仕事、頑張ろうね?」
満足したのかロザリンは目をぱっちりと開いた。双魔の羞恥心と気苦労を対価に、我らが評議会議長は朝の眠気に打ち勝ったのだった。
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