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ティルフィング、裏切られる?

 しばらくすると泣き声は止んだ。しかし、だからと言ってすぐに部屋に入るのはあまりにも人の心がない。かと言って部屋に入るタイミングは分からない。


 (……どうしたもんか)


 双魔がドアの前で腕を組んで眉間に皺を浮かべていると、トントンと二つの足音が階段を昇って来た。


 「「…………」」


 そちらに視線を遣るとティルフィングと鏡華がこちらを見ていた。ティルフィングの話を聞いて様子を見に来たらしい。


 (……その手があったか)


 二人の顔を見て双魔はあることを思いついた。この方法ならレーヴァテイン自ら部屋から出てきてくれるはずだ。それに沈んだ気分も良くなるに違いない。問題なのは……


 (ティルフィング……許してくれ、これが最善なんだ……後で何でも好きなもの食わせてやるから……)


 双魔は心の中でティルフィングに詫びた。何故なら、この方法はティルフィングが嫌がる結果になることが目に見えているからだ。


 「……ティルフィング!」

 「む?ソーマ、どうしたのだ?」


 双魔はちょいちょいと手招きしながら、わざと大きな声でティルフィングを呼んだ。ティルフィングは双魔に呼ばれたものだからトテトテやって来る。その直後だった。


 バンッ!


 閉じられていたドアが壊れそうな音を立て、凄まじい勢いで開いた。そして、中から……先ほど見た悲哀は見る影もない、満面の笑みを浮かべたレーヴァテインがぬっと姿を現した。


 「っ!?……!???」


 それを見たティルフィングはビクリ身体を大きく震わせ、双魔の顔を見上げた。その目はまるで信じられないようなものを見た時のようだった。


 「……ティルフィング……こうするしかなかったんだ」

 「そ、ソーマ……噓だろう……我を……我をだま……」

 「すまん」

 「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 「ひ、ひぃぃいいいいいいいいいい!!!!!」


 レーヴァテインは目にも止まらぬ速さでティルフィングに飛びつこうとする。今日、二度目になるティルフィングの絶叫に、双魔は思わず両手で耳を塞いだ。


 「く、来るな!」

 「お姉様!お会いしたかったですわ!そうしてお逃げになるのですか!?」


 両手を大きく広げてティルフィングに抱きつこうとしたレーヴァテインの両腕が空を切る。ティルフィングは素早く後退りして、自称妹の抱擁を回避していた。


 「我には貴様のような妹はいない!勝手に妹を名乗って抱きついてくるような輩は嫌いだ!!」

 「そ、そんな!私は正真正銘!お姉様の妹ですわ!ご主人様がそう仰っていましたもの!お顔だってそっくりではありませんか!」

 「む……むぅ……そ、ソーマ!」


 言われてみるとレーヴァテインと自分の顔がよく似ていると思ったのか、混乱したティルフィングは双魔に助けを求めてきた。


 「……まあ、妹って言えば、妹なのか?」


 ロキから聞いたレーヴァテインが生み出された経緯を鑑みると、彼女の「自分はティルフィングの妹だ」という主張は決して間違ってはいない。


 「魔術師さん!よくぞ仰ってくださいました!お姉様!魔術師さんも私がお姉様の妹だと言っているではありませんか!」

 「そ、ソーマ!?う……うううううう…………」


 ティルフィングが信頼する双魔にも肯定され、レーヴァテインの勢いは虎に翼が生えたも同然だ。そして、押され気味だったティルフィングは、双魔が二度もじぶんではなく、自称妹の味方をしたせいでかなりショックを受けているようだった。そんなティルフィングを見て双魔の胸も痛む。


 とりあえず、この場を収めるのに、「まあ、ゆっくりと仲良くなっていけばいいだろう?」と言おうとした瞬間だった。


 「私はお姉様の妹なのです!さあ、姉妹の抱擁をっ!」

 「ひっ!来るなーーーーーー!」

 「えっ?ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 「っ!ティルフィング!ここでそれは……」


 パキンッ!ドカァァン!!!


 迫り来るレーヴァテインに、ティルフィングは恐怖の余りか、遂に紅の剣気を迸らせた。一瞬、にしてレーヴァテインは紅氷に封じ込められ、後ろに吹き飛ばされた。


 廊下を滑るように紅氷の塊は壁に激突し、人が通れるほどの大きな穴が開いてしまった。


 「あらぁ……大変やね」


 事の成り行きを見守っていた鏡華の全く緊迫感のない声が聞こえてきた。


 「なっ!何!?今の音はって……ええええええ!」


 開通してしまった壁の向こうは隣に住むイサベルの部屋だった。破砕音に気づいて慌ただしく階段を昇ってきたらしきイサベルが驚いている姿が見えた。


 (……パジャマ)


 まだ着替えを済ませていなかったのか、水色のパジャマ姿で髪を下ろしていた。あまり見ない姿なので不覚にも双魔は目を奪われる。


 「……っ!」


 目が合ったイサベルも自分の格好に気づいたのか少し恥ずかしそうにしている。が、今はそれどころではない。


 「双魔君!どういうこと!?」

 「……いや、まあ……朝からすまん。色々あってな……」

 「ソーマ!酷いぞ!どうして我が嫌がることをするのだ!?我が嫌いになったのか!?」


 イサベルに何と説明しようかと言い淀んだところで、大べそをかき、今にも泣きそうなティルフィングが抱きついてきた。


 「いや、悪かった……レーヴァテインがティルフィングの妹だっていうのはあながち噓でもないからな……二人には仲良くして欲しかったし……ロキがいなくなって沈んでるレーヴァテインを元気づけられるのはティルフィングしか……」

 「我には妹などいない!もし、本当に妹だったとしても、あんなに怖い笑顔で近づいてくる奴は嫌だ!!!」


 ティルフィングはレーヴァテインに向けられるあの笑顔が怖いらしい。確かに、ティルフィングが好き過ぎるせいか傍から見ても妙な迫力がある笑顔だ。それを向けられる本人は恐怖を感じざるを得ないらしい。


 「……わ、分かった!ごめんな?そうだ、クレープ食いに行くか!トッピングし放題だ!」

 「……クレープ?」

 「でっかいパフェでもいいぞ!この間、ロザリンさんと食べた見上げるくらい大きなパフェ!」

 「……そんなに大きなパフェがあるのか?」

 「ああ、あるぞ!」

 「……それなら……」


 と、ティルフィングの機嫌が直りかけた時だった。何やらシュウシュウと音が聞こえてくる。音の方に視線を遣ると……何と、ティルフィングの紅氷が徐々に融けはじめていた。そして、氷の中のレーヴァテインが双魔を憤怒の表情で睨んでいる。


 『私のことは拒否するのに……そこの魔術師さんとはそんなに……いくら契約者と言えど……許せませんわ……』


 念の籠ったおどろおどろしいレーヴァテインの声が地を這うように響き、それに合わせて蒼炎の剣気が漏れ出ている。氷はまだしも、火は不味い。火事まっしぐらだ。そして、紅氷が融けきりレーヴァテインが解き放たれた。


 「魔術師さん!許すまじですわ!」


 美しい蒼髪が怒髪天となり、剣気が解放されようとしている。このままでは大火事間違いなしだ。


 「お、落ち着け!やめろ!」


 ティルフィングを背中に庇い、双魔が咄嗟にそう言い放った瞬間だった。


 「ふぎゅっ!?」


 レーヴァテインが少々間の抜けた声を上げてその場にバタンと倒れた。噴き出していた剣気は収まり、金縛りにあったように全く動かない。


 「な、何が……どうなっているん……ですの?」


 レーヴァテインは自分に何が起こったのか分かっていないようだ。一方、双魔はすぐに原因に思い当たった。


 (……なるほど……俺の魔力を注ぎ込んだのは……リミッターの役割を兼ねる意味もあったのか)


 レーヴァテインには修復の際に双魔の魔力が膨大に注ぎ込まれている。これは双魔の大雑把な推測だが、遺物としての存在を保っている要素の割合として、ロキが創造したレーヴァテインの蒼炎の魔剣としての因子が四割、双魔の”神器(アーク)”、フォルセティの心臓が生み出す魔力が六割くらいだろう。つまり、双魔は自分の魔力を操ることで、レーヴァテインに内部から干渉することが出来る。


 ロキはレーヴァテインがその性質のように感情が燃え上がりやすいことを踏まえて、双魔の手に委ねたのかもしれない。この新たなレーヴァテインの性質を使って服従を強いるようなことをするつもりはさらさらないが、いざという時にレーヴァテインを無力化することも難しくはない。


 「……どうやら、俺はその気になればお前さんを思いのままにすること出来るみたいだな」

 「な、何を……おかしなことを言っています……のっ!」


 試しにレーヴァテインへの意識を弱めて見ると、思った通り、金縛りから解放されたレーヴァテインが飛び掛かってこようとする。


 「止まれ」

 「ふぎゅっ!ま……またですの……どうして……ま、まさか……」


 双魔の制止によって床にビターンと墜落したレーヴァテインも自分と双魔の関係に気づいたようだ。


 「別にどうこうするつもりはないからな。そこは安心していい」

 「く、悔しいですわ……私をこのような……潰れた蛙のように無様な姿にしておいて……説得力がありませんわ……」

 「まあ、一応、約束してもらわないとな……一つ、ティルフィングが嫌がる付き纏い方は……なるべく控えろ。二人でいい関係を築いて欲しい。遺物の姉妹なんてそうそういるものじゃないしな。ティルフィングも……出来る限りでいいから、な?」

 「…………そ、ソーマがそう言うなら……考えなくもないが……そ奴次第だ……我の妹だというのも簡単には信じないぞ……」


 ティルフィングは双魔の背中からほんの少しだけ顔を出して、床に張り付いたままのレーヴァテインを覗きながら、渋々頷いてくれた。


 「お、お姉様!ハァ!ハァ!私!お姉様に仲良くしていただけるように努力いたしますわ!」

 「っ!……やっぱり難しいかもしれない……」


 ティルフィングの溢れんばかりの愛ゆえに、危ない雰囲気が駄々洩れのレーヴァテインに、ティルフィングの心はもう折れかけていた。が、一応、二人の関係はこれで一歩前進だ。


 「二つ、俺はロキにお前さんを託された……だから、困ったことがあれば言ってくれ。ここに住んでもらうが……皆はお前さんの味方だと思っていい。自分から敵対するようなことはするな。ティルフィングと仲良くしたいなら、尚更な」


 「…………う、上から目線で偉そうに……」

 「三つ、度が過ぎた場合は今みたいに強制的に封じ込める場合もある。以上三つは断っておく。守ってくれることを信じる。色々あれど、お前さんの存在は肯定するし、一緒に暮らすことも歓迎する。その暮らしの中で……この後どうするか考えればいいさ」


 双魔はレーヴァテインの魔力拘束を解いてやる。レーヴァテインはすぐに起き上がると膝をはたいて優雅に立って見せた。


 「……仕方ありませんわ。私の望みは唯一つ。ティルフィングお姉様と共にあること……ですから……仕方なく、本当に仕方なくですけれど……魔術師さん、貴方の言うこと聞いて差し上げますわ!」


レーヴァテインは先ほどまで床に張りついていたのが信じられない堂々たる立ち姿で双魔に約束して見せた。


 「……あの……この壁は……どうするのかしら?」


 その後ろでは、いまいち状況が飲み込めていないイサベルが壁の大穴を見て呆然としていた。



 いつも読んでくださってありがとうございます!レビューや感想お待ちしております!いただけると執筆速度が上がります!!

 本日もお疲れ様でした!それでは、よい夜を!

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