さらに騒がしくなった朝
新学期も始まりしばらく経った日の朝、お馴染みの赤レンガのアパート。そのリビングは賑やか、もとい騒がしかった。
「坊ちゃま、新聞を読むよりもご飯を召し上がってください」
「んー……」
食卓の上には白米、味噌汁、大根の漬け物、焼き魚、卵焼きといつもの和食が並べられている。朝食そっちのけで新聞を読む双魔に、左文が怒るのも変わらぬやり取りだ。
「卵焼きは甘いものもあるんですね……」
「せやね、ティルフィングはんが甘いのが好きなんよ。双魔は出汁卷の方が好きやから、いっつも、左文はんと手分けして二つ作るんやけどね。大根おろしも用意して」
「なるほど……やっぱり双魔君は塩気がある物の方が好きなんですね」
「そうそ」
「…………」
こちらでは鏡華とイサベルが和食談義をしている。隣に引っ越してからと言うもの、イサベルはほとんど毎日双魔の家で食事を摂っている。折角だからと双魔が提案したのだ。朝食は左文が毎日、鏡華とイサベルが変わり代わりに作ることになったので、バラエティーが豊富になった。楽しそうに話す二人をソファーに腰掛けた浄玻璃鏡が見守っている。
そして、ティルフィングはというと…………
「うむ!今日の卵焼きも美味だな!はむっ……むぐむぐむぐ……」
いつも通り、口元を少し汚しながら満面の笑みで左文の作った甘い卵焼きを頬張っている。と思いきや、その隣から白く美しい手が伸びてきた。
「お姉様!お口の周りが汚れてしまってきますわ!私が綺麗にして差し上げます!」
「むぐっ!?ぷはっ!やめろ!いつも嫌だと言っているだろう!シャーッ!」
ティルフィングは勝手に世話を焼いてきた蒼髪の少女、レーヴァテインに子猫のように威嚇した。
「ああ、怒らないでくださいまし……でも、怒っているお姉様も愛らしいですわっ!」
「抱きつくなっ!我はお主を妹とは認めておらぬっ!」
「何を仰いますの!私は正真正銘お姉様の妹ですわ!顔だってこんなに似ているではありませんか?」
「知らぬ!我は認め……いい加減離れろっ!……全く……はむっ!」
ティルフィングは抱きついてきたレーヴァテインを力尽くで引き剥がすと卵焼きをもう一切れパクリと口に入れた。
「お姉様ぁ……」
「しつこい!……ソーマ!」
「ん?……ったく、ほれ」
ティルフィングのけんもほろろな態度に涙目になりながら、尚も抱きつこうとするレーヴァテインに我慢も限界になったのか、ティルフィングが立ち上がって寄ってくる。仕方がないので双魔は新聞を閉じて膝を空けてやる。
「うむ!」
ティルフィングは嬉しそうに双魔の膝に座るとそのまま食事を再開した。このやり取りも何度目か。最初は「お行儀が悪いですよ!」と注意していた左文も何も言わなくなってしまった。最早、朝の恒例イベントだ。そして、このイベントはまだ終わっていない。
「お姉様……私のことは避けるのに……その魔術師さんとはそんなに仲良くして……どうして……」
虚ろになり、ゆらゆらと眼光を発するレーヴァテインの視線が双魔に向く。レーヴァテインは大好きな姉であるティルフィングと仲の良い双魔を目の敵にしている節がある。
「……双魔君……その……」
「また、暑うなってきたよ」
二人で話していたイサベルと鏡華が手の平で顔を扇ぎながらこちらを見てきた。既に春も本番、暖房もつけていないのに、確かに部屋の気温が上がっていた。レーヴァテインは感情が高ぶると剣気が漏れだし、周囲の温度を上げてしまう性質がある。
「…………どうすればいいんだか……」
「どうして私のことをお嫌いになるのですか?……私はずっとお姉様と過ごせることを楽しみにしておりましたのに……そう、魔術師さんが悪いんですわ……ご主人様も魔術師さんのせいで……でも、お姉様の話を聞く限り、全てはご主人様の意志だったと……一度助けていただきましたし……今、私がこうしてお姉様と一緒に居られるのも魔術師さんのおかげ……でも、お姉様と仲がいいなんて……羨ましい……許せません……でも……」
途方に暮れる双魔に等見向きもせず、美しい蒼髪を炎のようにうねらせながら、ブツブツと呟き、熱を発生させるレーヴァテイン。その熱もそろそろ耐え難いところまで来ていた。仕方がないので、双魔は左手をレーヴァテインに向けた。
「”発散”!」
「っ!ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
双魔が鋭く言い放つと、レーヴァテインは突然、素っ頓狂な声を上げた。身体は一瞬、蒼い光に包まれたかと思うと、光はすぐに霧散した。それと同時に室内の気温が元に戻る。
「……魔術師さん、また私の剣気を勝手に操りましたね?……契約した訳でもないのに……」
ロキからレーヴァテインを託された際、自壊してゆく剣は双魔の魔力を膨大に注ぎ込むことによって修復した。つまり、双魔はレーヴァテインに内側から干渉することが可能なのだ。それをレーヴァテインは嫌がっている。
「仕方ないだろう?ティルフィングといたいなら、感情と切り離して剣気をコントロールすることを覚えた方がいい。その努力をするなら誰も邪魔しない。な?ティルフィング?」
「むぐっ?むぐむぐむぐ……ごくんっ……むぅ……邪魔はしないが……我はベタベタしてくるのが嫌だ」
ティルフィングは滅多に見せない、激渋のお茶を飲んできたようなしかめっ面でそう言った。
「だとさ」
「きー!私、魔術師さんをお姉様の契約者として認めておりませんの!勿論、恩があるとは言え、契約していない私に直接干渉してくるだなんて……破廉恥な行為もです!」
「”発散”」
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ…………」
また、文字通りヒートアップして熱くなってきたので、レーヴァテインの魔力を散らす。レーヴァテインはまた素っ頓狂な声を上げたあと、恨めしそうに双魔を睨んできた。
(素直なティルフィングとは正反対……本当にどうしたもんか……)
レーヴァテインが目覚めてから、四六時中こうだ。双魔は心中で途方に暮れながら、レーヴァテインが目覚めた時を思い出すのだった。
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