黒影
双魔はすぐに構えを解いてティルフィングを後ろから左腕で抱きかかえると右手に装飾回転式拳銃を握り、銃口を黒い靄に向け後ろに跳んだ。
「「「「ッ!!」」」」
異変に気づいたアッシュとフェルゼンは”界極毒巨蛇”から黒い靄へとすぐに意識を変え、アイギスとカラドボルグを黒い靄へと向ける。
鏡華はイサベルを背に庇い、イサベルも鏡華の後ろですぐに動けるよう構えた。
「フフフフッ……ミドガルズオルムまで君に倒されてしまっては流石に興が冷めてしまうからね」
老若男女、どの声とも取れる不思議と耳障りのいい声と共に美しく曲線を描く金髪を揺らしながら黒い靄の中からロズールが現れた。紅蒼の仮面で顔の上半分が隠れていて表情は読み切れないが高貴さを感じさせる口元には優雅な笑みが浮かんでいた。
「…………」
その後ろから恭しくレーヴァテインが現れる。ロズールと違って表情は不安の中に少し喜びが混じっているような複雑なものだ。
「う……ぐっ……あ……アアアアアアアアァァァ!ガァァァァッ!」
憂いを帯びた蒼い瞳は双魔の腕の中で激しく身体を震えさせて苦しむティルフィングの姿が映っている。
「ティルフィングっ!大丈夫かっ!ッ!?これは……」
双魔は銃口をロズールに向けたまま腕の中のティルフィングに声を掛ける。するとティルフィングの身体からはロズールが発生させている靄によく似た黒い魔力が滲み出していた。
「ガアアアアアアアァァァ!……ぐっ……ググググ……ガァァ!」
「どれ、別にいたぶりたいわけじゃないからね…………」
ロズールは変わらず口に笑みを浮かべながらそう呟くと左手をティルフィングに向けた。その瞬間、黒く禍々しい魔力がロズールの掌に引き寄せられていく。
「ティルフィングっ!…………アンタ、何をしてるんだ?」
「そう、睨まないで欲しいな。昔の尻拭いみたいなものさ。昔の、ね」
双魔に睨まれたロズールは肩を竦めておどけて見せた。仮面の奥の瞳は何を考えているのか分からない。
「ぐっ……ぐぐぐぐ…………」
ティルフィングから滲み出る魔力はするすると身体から吸い出されていく。同時に段々と痛みが和らいでいるのかティルフィングの叫び声も小さくなり、表情も穏やかになっていく。
「「「「…………」」」」
ゴクリっ…………
意味の分からない状況に静観するしかない中、誰かが唾を飲み込む音が異様に大きく聞こえた。そんな状況が数分続いただろうか。各々の汗が地面に滴り落ちる中、ある変化が起きた。
「…………これは……何が起きてるんだ?ティルフィング、大丈夫か!?」
「……う……ソー……マ…………」
表情が和らいでいくティルフィングの夜闇を織ったかのように艶やかな黒髪の色がみるみる薄くなっていくのだ。まるで、黒い魔力と共に色素が抜けていくが如く濡羽から薄墨に、薄墨から銀に、銀から白銀へと髪色が変化する。
遂には髪のほとんどは白銀になり輪郭に沿った触角の内紅色ではなかった左側だけに濡羽色が残った。
同時にティルフィングから流れ出ていた黒い魔力が収まる。
「ん……んん……ソーマ?」
「ティルフィングっ!大丈夫か!?」
「む……我は……む?ムムムっ?なんだこれは!?どうして我の髪が銀色になっているのだ!?」
意識を取り戻したティルフィングはこちらに向いていた浄玻璃鏡に映った自分を見て不思議そうに首を捻った。当然だろう気づいたら自分の髪色が変わっていたのだから。
髪色だけではなく左の瞳の色も隠れている右眼と同じく金色へと変わっていた。
(これは…………あの力)
「「「「「…………」」」」」
鏡華たちもティルフィングの変化に驚きも隠せず、敵の首魁が自分たちの本拠地に入り込んでいることなど一瞬忘れて呆けてしまっていた。
「……完全には抜けきらないか……いや、あれは双魔との契約後に生まれた感情の表出と取ればいいかな?」
静寂の中にロズールの呟きが響いたことで全員が改めて危機的な状況であることを再認識した。ロズールの左手にはティルフィングから発生した黒く禍々しい魔力が人一人分ほどの大きさに固まって浮遊している。
「貴様っ!我に何をした!?」
復活したティルフィングはつい数瞬前まで苦しんでいたのが噓のようにロズールに向かって声を出す。
「フフフフッ……それは秘密だよ。それよりも面白いものを見せてあげよう」
ロズールは楽し気に左手を揺らすと黒い魔力が段々と球体になり、そのまま収縮して丁度占星術に使う水晶玉ほどの大きさになる。
それを両手で包み込み、小さく口を動かしたかと思うと魔力の塊を手から解き放った。
黒い球体はロズールの手を離れるとぐにょぐにょと形を変えながら再び大きくなっていく。脚、胴、腕、頭の順で人の形を取っていく。やがて姿を現したのは見覚えのある長髪の少女だった。
「黒い……ティルフィング?」
「どうなっているのだ!?あれは我ではないか!?」
双魔もティルフィングも驚きが隠せない。ロズールの前に姿を現したのは寸分狂いもなくティルフィングと同じ姿をした何者かだった。
今のところ見た目で判断できる違いは肌の色が浅黒いことと白銀に変化したティルフィングの髪色と対照的に濡羽の髪色をしていることだけだ。
黒いティルフィングは気だるげに首を回すと自分の小さな掌を見つめていた握ったり開いたりを数度繰り返す。そして、閉じていた瞼を開くと紅色の瞳が煌々と光を放ちこちらを見つめている。
そして、黒いティルフィングの顔にはティルフィングが見せるはずのない負の感情が表出したような醜悪な笑みを浮かべて見せた。
「…………ヒッヒッヒ……マサカ実体化デキル日ガ来ルナンテナ!思ッテモミナカッタゼ!ヒッヒッヒッヒ!」
「…………貴様は」
ティルフィングは目の前に現れた自分に瓜二つの存在を険しい表情で睨めつけた。この場に白銀のティルフィング、禍々しく黒いティルフィング、そして、レーヴァテインと同じ顔が三つも並んでいるのは何とも異様な光景だ。
「……どうなってるの?ティルフィングさんが三人…………」
緊迫した空気は変わっていないがアッシュがこの場にいるほとんどが思っているであろうことをポツリと口にした。
(……この魔力……ティルフィングが暴走した時の……)
双魔はロズールの前に立つ黒いティルフィングの放つ力に覚えがあった。
ムスペルヘイムの巨人がロンドンの街を襲った時に暴走したティルフィングが放っていた黒い魔力と同じものだ、そこから推測出来ることは黒いティルフィングは何らかの要素から生み出されたティルフィングの負の側面であるということだ。
「ソレジャア早速皆殺シダ…………ナッ!!」
「「「「「「ッ!」」」」」」
黒いティルフィングは突風のような声を出した、同時に放たれた凄まじい殺気が双魔たちに叩きつけられる。命を脅かされる感覚に襲われ背筋が凍りかける。
その隙を突いて黒いティルフィングは身を屈めて突撃態勢に入った。黒いティルフィングの動きは双魔たちの身体が一瞬の動揺から立ち直るより確実に早い。
(不味いっ!)
双魔が、鏡華が、イサベルが、アッシュが、フェルゼンが回避できない小さな役際に覚悟を決めざるを得ないと直感したその時だった。
「フフフフッ……そう、慌てなくてもいいじゃないか」
ロズールは穏やかな声と共に黒いティルフィングの腕を掴んだ。
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