神狼と猛犬
今回から新章です!物語も盛り上がっていきますのでよろしくお願いします!
戦場は一瞬の膠着状態に陥っていた。前哨戦の攻防によりロズールは幾らかの戦力を失うこととなったが主戦力である自身とレーヴァテイン、”神喰滅狼”、”界極毒巨蛇”は消耗を残すことがなかった。
故に誰一人として欠けていないことと引き換えに各々が大なり小なり力を行使し疲労の蓄積が軽微ながら始まっている双魔たちが不利という状況だ。
既にロズール側は動く気配を見せつつも動くことはなく、基本的に相手の動きに合わせて迎撃する構えを取っている双魔たちもまだ動かない。
張り詰めた空気が漂う戦場で動いているのは”黄昏の残滓”の雑兵たちとそれを薙ぎ払い続けているロザリン、それと第三防衛線として機能しているイサベルのゴーレムたちだけだ。
そんな異様な戦況はまさに疾風迅雷の如く打ち破られた。
「ゲイボルグ、真装発動”我が名はクランの猛犬”!」
突如、両軍の最前線衝突地帯から一陣の風が如きロザリンの高らかな声が上がった。
ゲイボルグから剣気の光柱が噴き上がり辺りを深碧に染め上げる。
深碧の柱が消えた後、戦場には兜を金色に輝かせ、碧の毛で覆われた耳と尻尾を備えた麗靡俊猛な獣戦士が降臨した。
「「「ギャアアア!ァァァァァァ…………」」」
「「「ガァ!ァァァ…………」」」
発せられた高密度の剣気に飲み込まれた数十体にも及ぶ獣や小竜たちは断末魔を上げて一瞬にして蒸発するように消え去った。
「すー……”翔風・死の雲竜柳”!!」
犬耳を勇ましく立て、尻尾をゆらりと揺らしたロザリンは息を吸うとそのままゲイボルグを構え”神喰滅狼”目掛けて思い切り投擲した。
ヒュッ!
投擲されたゲイボルグは微かな音を立てて一直線に神狼へと飛翔した。”死の雲竜柳”を上回る速度と鋭利さを纏い深碧の一矢と化したゲイボルグは亜音速で宙を突き進む。本来なら必中必殺の一撃だ。しかし、相手は神殺しの巨狼だ。そう甘くはなかった。
「バウッ!!」
高速で迫る魔槍を正確に見定めた”神喰滅狼”は神気を乗せた力強い咆哮を放った。戦場に咆哮による衝撃波が発生する。距離がある上に遺物の攻撃を以てしても簡単には揺るがないはずのアイギスの障壁が衝撃波を受けて振動した。
『……チッ!!ロザリン!』
「うん」
それを真正面から受けたゲイボルグは勢いを失い減速した。このまま向かっていっても”神喰滅狼”には掠り傷すら与えられない。そう判断し、軌道を変えてロザリンの手元へと戻った。
「……グルルッ……バウッ!」
「ッ!来るね」
戻ってきたゲイボルグを右手で受け止めたと同時に”神喰滅狼”は立ち上がって駆け出した。巨狼の疾走だ。その速さは然ることながら巨躯故に一度の動きで移動する距離も長くなる。
ロザリンは”神喰滅狼”の動きを瞬時に察知し左正面方向へと駆け出した。
こちらも真装を発動した状態なので速さで負けることはない。両者を隔てる距離は瞬きをする間もなく零になった。
「バウッ!」
「”極・斬断柳刃の槍”!」
ギィィィン!!!
”神喰滅狼”が振り下ろした右前足の爪と解技で顕現した深碧の刃が衝突し凄まじい金属音と火花が発生する。
「グルルッ……バウッ!」
「……ッ!!」
散った火花で仄かに照らされたロザリンの眉が歪んだ。そして、次の瞬間、力負けをして後ろに弾き飛ばされる。
宙に浮き無防備になったロザリンを”神喰滅狼”が見逃すはずもなく”すぐに左前足の鋭い爪が獲物を引き裂こうと振り下ろされた。巨大な足はロザリンを捉え、そのまま地面を踏みつける。
「ロザリンっ!!」
「ロザリンさん!」
離れた仮想の学園の屋上から見ていたフェルゼンとアッシュが声を上げた。衝撃で上がった土煙でロザリンがどうなったのかが確認できない。
「グルルッ……?……ッ!?」
”神喰滅狼”は足を上げて仕留めたかを確かめた。手応えが薄かったのだ。案の定、爪には血一つ付いていない。そのまま獲物の気配を探ろうとした時、左前足に鋭い痛みが走った。
僅かに動揺し、痛みを振り払うように左足を数度振った。白く美しい毛並みに血が滲んだ。
”神喰滅狼”は動揺しながらも自分から離れていく魔槍の気配を再び補足していた。
「……ヴゥー…………」
低い唸り声を上げて正面を睨みつける。そこには仕留めたかと思われた獲物がクルリと手にした槍を回しながら立っていた。
「危なかったね」
『ったく!ヒヤヒヤさせるぜ!』
ロザリンは平然としているがゲイボルグは呆れたような安心したような声を出した。ロザリンに対しては過保護なゲイボルグだ当然だろう。
”神喰滅狼”の追撃が飛んできた瞬間、ロザリンはゲイボルグの柄を地面に突き刺して振り下ろされる左前足の軌道から微かに外れるとそのまま飛び上がり、”神喰滅狼”の左脚にゲイボルグの切っ先を突き刺したのだ。
咄嗟だったため大したダメージにはならなかったのが悔やまれるがロザリンは神話の魔獣にギリギリとはいえ対応して見せた。
「やっぱり力じゃ敵わないね……真装も長く発動してられないし……どうしよっか?」
『とりあえずは今みたいに纏わりつきながら小技で隙が生まれるのを待つしかねぇな!』
「うんうん、そうだね……じゃあ、やろっか」
「バウッ!!」
ロザリンは特に緊迫した様子もなくいつものように無表情のまま再び”神喰滅狼”へと向かっていくのだった。
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