今日は待ち合わせ
「……さて、そろそろかね」
取り出した懐中時計の針は午後五時の二分前を指している。
双魔はロザリンとの約束通り学園の正門前で彼女を待っていた。
一時間ほど前、評議会の集まりが終わるとロザリンはそそくさと評議会室を出ていった。
『ロザリンさん?何か用事でもあるんですか?』
ロザリンの動きが珍しかったのかそうアッシュに問われたロザリンはくるりと振り向いた。
『うん、後輩君とお出掛けするんだ。それじゃあ、皆、バイバイ。後輩君はまた後でね』
きっちりと訊ねられたことに答えるとロザリンは廊下へと消えていった。
バタンッ!
ドアが閉まる音が響くとともにその場に残った双魔以外の三人の視線が副議長席に向く。
『…………』
何となく居心地が悪くなった双魔は片目を閉じてグリグリとこめかみを親指で刺激した。
『双魔、ロザリンさんと仲良くしてるみたいで……良かったね!』
『ああ……ロザリンの相手が出来る奴なんてそういないからな……くれぐれも……気をつけながら仲良くしてやってくれ……』
アッシュは純粋に喜んでいるようだが、フェルゼンの言葉には言い表せない哀愁のようなものが滲んでいた。恐らく、さっきの双魔のように引っ張りまわされたり、高所から飛び降りさせられたりしたことがあるのだろう。
双魔はフェルゼンの言葉にしみじみと頷いた。
『……まさか……二股じゃ飽き足らず三股ですか?』
『…………断じて違う。俺にそう言う気はない』
『……それならいいですけど……ロザリン先輩におかしな気を起さないようにしてください』
『……初めからそんな気は欠片もない』
『信に欠けますね……それでは、私はこれで失礼します』
シャーロットは一通り双魔に噛みつくと部屋を出ていった。アッシュとフェルゼンは双魔を見て苦笑いしている。
『……はー……よっ……と!それじゃあ、俺も行くかな。悪いけど片付けを……』
『うん、僕とフェルゼンで済ませておくよ!また明日ね!』
『双魔……ロザリンのことをしっかり見ておいてくれ……意味は分かってくれるよな?』
『……ん、大丈夫だ……あの人の天然は……何とかフォローするさ。それじゃあな』
そう言って評議会室を後にした双魔だが、シャーロットの残していった微妙な空気から逃げたかっただけで約束の時間まではもうしばらくある。
仕方がないので自分の準備室に立ち寄って箱庭の植物からルサールカが作った薬を取り、その足でハシーシュの準備室を覗きに行った。
いつも通り、安綱が出迎えてくれたが丁度散らかりに散らかった部屋を片付けている最中で、部屋の主はソファーに横たわって低い唸り声を上げていた。
案の定、テーブルの上には空になった一升瓶が二本転がっており、二日酔いの原因は明らかだったので、安綱へのせめてもの罪滅ぼしに部屋の片付けを手伝い、ハシーシュに「飲み過ぎるなよ」と一声掛け、その後で正門に向かいながらセオドアにロザリンと店に行くと連絡をしておいた。
この前、ロザリンの食べっぷりを気に入ったのかセオドアは楽しそうな声だった。
『ハハハ、この間のお嬢さんだね!分かった、準備しておくよ』
『ん、よろしく。じゃあ、また後でな』
通話を切ったタイミングで正門の外に到着。そして、今に至る。
「…………ん?」
ふと、肩の辺りを触れられたように感じ双魔は振り返った。が、後ろには誰も立っていない。
「…………?」
「わ!」
「……ロザリンさん……何してるんですか?」
もう一度身体を半回転させ、元々向いていた町の方へ顔を向けるとそこにはいつの間にかロザリンが立っておりいつもの無表情のまま両手を上げて少し大きな声を出した。
「あれ?びっくりしなかった?」
ロザリンは不思議そうに首を傾げた。若草の髪がそれに合わせてさらりと揺れる。
「ん……まあ、少しだけ」
「そっか……うんうん」
双魔の答えに納得したの今度は首を縦に二度振った。
(……ん?)
街灯に照らされるロザリンを改めて目視した双魔はあることに気づいた。ロザリンの装いが見慣れた遺物科の制服ではない。
丈の長いグレーのラウンドネックコートを着込み、その下にはニット生地のタートルネックでも着ているのか首は暖かそうだ。
「ロザリンさん……着替えてきたんですか?」
「うん?……うん。ゲイボルグが『デートなんだからめかしこんでいけ!』って」
「デート……ですか?」
(また、面倒なことを……アイツは俺に何がさせたいんだか……それにしても……凄いな……)
心中で未だに意図を明かさないゲイボルグに毒を吐きながら、双魔は思わずある一転に視線を止めてしまった。
双魔の視線の先では丁度ロザリンの着たグレーのコートのボタンがたわわな胸に押し上げられて苦しそうにしていた。
見ようと思ってみているわけではないはずだが抗いがたい魅力的な双丘がそこにはあったのだ。
「うん。男の子と二人で出かけるのはデートだって。あ、後輩君」
「っ!?……何ですか?」
「後輩君が寒そうっていうからね、ちゃんと履いてきたの。偉い?」
そう言ってロザリンが指先を下に向けたので視線を遣ると、しなやかで美しい脚は黒のストッキングで包まれていた。ついでに足元まで視線を下げると黒革の厚底ブーツを履いていた。
ロザリンの視線が少し高く感じられたのはこれのせいだろう。これもすらりと長いロザリンの脚との相性は抜群だ。
「……いや、何といいますか……お似合いです」
「うんうん、後輩君が気に入ってくれたならよかった。それじゃ、行こうか?お腹減ったしね」
ロザリンはパッと双魔との距離を縮めるとそのまま双魔の左手を取り、しっかりと握った。
無意識か、そう見せて実は狙ってやっているのか。双魔には判別しがたかったが、兎も角、鏡華の落ち着いた雰囲気や、イサベルの懸命さとはまた違うロザリンの飾らない色気が双魔を容赦なく襲ってきて双魔は本調子を保てない。
が、手を取られた瞬間、昼間の光景がフラッシュバックし、理性が警鐘を鳴らした。
「……ロザリンさん」
「うん?」
「……昼間みたいに走るのはなしです……マスターには連絡してあるので……飯は逃げませんから……」
「……うん、分かった。じゃあ、歩いていこうか」
一瞬、ロザリンは不服そうな雰囲気を滲ませたが気にならなくなったのかそれもすぐになりを潜めてゆっくりと、双魔を先導するように前へ出た。
双魔は高速で引っ張られることを回避し、内心胸を撫で下ろしながら雪の積もった並木道を風変わりな少女と大通りを目指して、歩幅を合わせ歩き出すのだった。
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