失われぬ憎悪
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嗚呼、憎い。
死した後、この狭き空にて意識が戻ったのはいつのことだったか。
この空を破り、かつての如く暴虐を振るいたい。
しかし、それも叶わぬ。
常に淡く忌まわしき清浄な我が血統を継ぎし光の加護を放つ空に闇の権化たるこの身では触れることは出来ぬ。
古の時、屈強な身体と全てを時ごと凍てつかせ動きを封じる魔の左眼を以って、牡山羊頭の魑魅魍魎たる己の臣民を束ね、率い、彼の地へと攻め込んだ。
気に食わない神々の王をこの手で屠った。その妻も一撃に仕留めた。
立ち向かってきた数多の宝具を有する大神も魔の視線にて凍てつかせ、頭より打ち砕いた。
彼の地は我が手に落ち、余の民の跋扈する心地よい魔の世界へと様変わりした。
されど、その栄華には疾く不穏の一滴が落ちた。
ある者が愚かにも余の身に予言を下した。
『お前は己の娘の子によってその命を奪われる』
その一言はその場では笑い飛ばしたが、後々呪いのように我が耳を蝕むようになった。
ついに、余は愛しき、醜き我が身の血を継いだとは思えぬほど美しき己の娘を幽閉した。
魔神と言えど肉親の情はある。しかし、保身の心には勝てなかった。
娘のことは忘れることにした。哀れだとは思ったが仕方のないことだった。王は民の父でなくてはならない故。
十数年が経ち、やがて、この手で屠った神々が復活を果たし、我が領土となった地を取り戻さんと戦いを仕掛けてきた。
その軍勢の先頭には黄金の鎧を身に纏った輝かんばかりの、否、太陽のように光り輝く少年が意気軒昂と歩みを進めている。
我が魔眼が少年を捉えた時、すべてを悟った。
あの少年は自分の愛娘の子であると。我が命を奪い去る者だと。
何故だ!胸が張り裂けんばかりの思いで、娘は城に幽閉したはずだ!どうして子などが存在する!?
一瞬の狼狽が命取りになった。
少年の放った光の一撃が正確無比に左眼を打ち抜いた。
我が力の結晶であった眼球を失った巨体は山が崩れた如き音を鳴り響かせ地に伏した。
そして、最後は我が孫の手で、光の神の手で首を落とされた。
せめて、忌まわしき我が孫を道連れにしようと、この身に流るる毒血を浴びせ掛けようと試みたが、英邁な若き光の神にはそのような死に際の策など通用しなかった。
かくして、勇猛なるフォーモリアの魔王たる我は死んだ。
その後、幾星霜。今は微かな意識を残すのみの存在となり、光の神の末の身に封じ込められている。
この娘は夜、我ら闇の住人の時間に眠ることはない。
昼、太陽の出る光の時間にしか眠らない。誓約が我を封じ込める力を増幅させている。
その入れ知恵をした影の女王が憎い。我を屠った光の神が憎い……憎い憎い憎い……憎い憎い憎い憎イ憎い憎いにクい憎イにくイ…………憎イニクイニクイニクイ!憎い!怨めしい…………憎い!
巨大な魔神の怨念が魔人の、光の神の、大英雄の血を受け継ぐ一人の美しき少女の中で静かに、激しく厄災の火種の如く燻っていた。
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