”神”との邂逅
カツンッ!
「ん?」
炎の巨人が消滅した直後、何か硬いものが落ちた音が双魔の耳に届いた。
音を聞こえた辺りに歩いていき、紅氷に覆われた足元を見回すと、幾つかに砕けた、紅氷とは明らかに質の違う赤い宝石が落ちていた。
「…………これが元か……一体何だったんだ?あの巨人は……ん?」
双魔が親指でこめかみをグリグリと刺激した時だった。
右手に握っていたティルフィングが一瞬輝いたかと思うと手の中から消え、変わって胸の辺りにボフッと抱き着かれる感覚を覚えた。
「ソーマ!」
見るとティルフィングが豊かに実った双魔の胸に顔を突っ込んでいた。
ティルフィングの姿は先ほどと同じで髪は銀、瞳は黄金で、衣も白のままだ。
(……どういうことだ?)
「むむむ?」
「ひゃっ!……っ!!?」
人の姿に変化したティルフィングの姿が剣の姿の時と同じ色彩を保ったままであることに内心首を傾げていた双魔だったが、胸元に今まで感じたことのないくすぐったさを感じて思わず少女のような悲鳴を上げてしまった。
そうは言っても今の双魔の身体は女そのものだ。なんら不思議なことはない。混乱しているのはティルフィングの方だった。
双魔に抱き着いたはずなのにいつもの硬さではなく、何やら柔らかいものが顔に当たった。
気になって、その柔らかいものを揉んでみる。手の中でフニュフニュと形を変える何とも触り心地のいいものだ。
「お、おおー……む?」
「んっ…………ティルフィング……やめろ」
確かめるように揉んでいると肩を掴まれて身体を離されてしまった。そう言えば双魔の声とは違った声が聞こえた気がする。
顔を上げると双魔ではなく、女の顔があった。知らないはずだが知っている。そんな風に感じる顔だった。よく見ると夢の中であった銀の髪の女に似ているような気もする。
目の前の銀の髪の女はティルフィングを離すと苦笑を浮かべて頭を優しく撫でてくれた。
その感覚はあやふやなものではなく、確かに覚えがあるものだった。
「……ソーマか?」
「ん?ああ……一応な」
「……そうか!ソーマ!」
「おっと……ったく……」
どうして双魔が女の姿に変わっているのか、理由は分からないがティルフィングにとっては些細なことだった。
もう一度抱き着くと、双魔はまた優しく頭を撫でてくれた。
「ソーマ……」
「ん?どうした?」
ティルフィングは双魔の柔らかな胸から顔を上げて双魔の顔を見上げた。
「ここはどこだ?我は街中に呼び出されたような気がするのだが……」
ティルフィングは双魔に呼び出され、気づくとこの状況になっていたのだ。何が起きたのか全く分からない。
「ああ……それはだな……ん?」
双魔がティルフィングに諸々の説明をしようとした時だった。何か、感じたことのない違和感を感じた。無理矢理何かに例えるとするならば数時間前に感じた箱庭の中で起きた異変に対するものだろうか。
そして、その違和感の正体はすぐに正体を現した。
丁度、双魔の視線の先の空間が僅かに、白い紙に垂らした一滴の墨のように黒く歪んだ。
「…………は?」
その出来事に双魔の理解は追いつかなかった。此処は自分が創った空間だ。この空間は何者の干渉も受けず、入ることが出来るのは自分が招いた者だけだと、そう考えていた。
しかし、目に映る光景はその考えを打ち破った。
歪みは拡張し、人ひとりが通れるほどの大きさになる。そして、それは姿を現した。
「………………なんだ?………あれは…………」
奇妙な風体の人だ。否、人の形をした何かだ。
「………………」
紅と蒼と金の派手で緩やかなローブに身を包み、黒い仮面を着け顔の口元以外を隠している。
そして、美しく優美な曲線を描く金の髪を揺らし、フワフワと浮かびながらこちらを見降ろしていた。
体型はローブで隠れているせいで性別は分からない。それどころではなく何もかもが分からない。
唯、その存在感は凄まじいものであった。そして、その魔力量は少し漏れているだけにも関わらずあり得ないほどのものだ。余りの内からの圧迫に空間が端の方から崩れはじめているのが分かる。
「………………ソーマ……あれは……”神”だぞ」
「…………ティルフィング?」
いつの間にか双魔と同じく侵入者の方を見上げていたティルフィングがそう呟いた。
”神”、ティルフィングの口から出たその単語に双魔は少なからず動揺したが、すぐに飲み込んだ。
(確かに………どことなく師匠と同じ雰囲気があるな……)
双魔はこれまで関わってきた者たちの中で一人だけ、明確に神に連なる者がいた。
こちらを見降ろしている侵入者には確かにその者と通ずるものがあった。
「………………フフッ」
「「っ!?」」
その時、侵入者が微かに笑い声を上げた。それに双魔とティルフィングは身構える。
それを見た侵入者は白の手袋に包まれた片手を双魔たちの方にかざした。それを見た二人は臨戦態勢を整えたが、侵入者の口から出た言葉は拍子抜けするものだった。
「そう身構えなくていい。今日は君たちの顔を見に来ただけだ」
不思議な声だった。女のような、男のような、幼子のような、老人のような声だ。覗いている口元が柔和に曲がったのが見える。
「「………………」」
双魔とティルフィングはすぐには警戒を解かずじっくりと仮面の侵入者の様子を窺う。
「………………」
その視線を、仮面の侵入者は正面から堂々と笑みを浮かべたまま受け止めていた。
その様に本当に敵意はないと判断した双魔はティルフィングの肩に優しく手を置いた。ティルフィングをそれで身体から力を抜いた。
「俺たちを見に来たと言ったな」
双魔の問いに侵入者は鷹揚に頷いた。
「ああ、そうだ………フム……そっくりだ、いや、あの娘そのままだな……中身は少し……フム、龍の因子が入っているが問題はない。フフフッ、性格やら口調やらはだいぶ違うな……」
ぶつぶつと呟いているのが聞こえてくる。
(……まさか……俺とティルフィングのことを何か知っているのか!?)
口から出る内容はそうとしか思えなかった。双魔自身の変身、記憶の無いティルフィングについても知っているような口ぶりだ。
仮面の奥からの視線が双魔を嘗めるように撫でまわした。その視線が離れたかと思うと今度はティルフィングに移った。
「っ!?」
ティルフィングはすぐに嫌そうな顔をして双魔の後ろに隠れてしまった。
「フムフム、人見知りは変わっていないな……中身も、今はあの時のままだ。獣もきちんと飼っている……フフフフフッ……満足だ。さて、用事は済んだな」
「…………アンタ」
「うん?なんだい?」
何もない宙を見ながら満足気に頷いていた仮面の侵入者は双魔の呼びかけに視線を戻した。
「俺とティルフィングについて……何を知っている?」
「フム、そうだな…………」
仮面の侵入者は唇に手を当てて何かを考える素振りを見せたがすぐに解いた。
「今は話すべきじゃないな。悪いがまた今度にして欲しい」
「…………」
その答えに双魔は沈黙する他ない。これ以上は踏み込ませない。そう言いたげな圧を感じたからだ。
「ああ、それと、君が手にしている物を頂いていこうかな」
「何?あっ!」
仮面の侵入者がこちらに手をかざしたかと思うと双魔が拾い上げて持ったままだった赤い宝石が一つ残らず双魔の手を離れ、強力な磁力に引き寄せられた鉄屑のように仮面の侵入者の手に収まってしまった。
「確かに頂戴した」
手の内を確認した仮面の侵入者はくるりと身体を回してこちらに背を向けた。
それと同時に消えていた黒い歪みが再び姿を現す。
「では、また会おう…………近いうちに、今度こそ私を殺してくれよ?」
終始笑みを浮かべたまま、謎の侵入者は姿を消した。
(………………「私を殺してくれよ」…………どういうことだ?)
その言葉は双魔の脳裏にはっきりと刻み付けられた。
「ソーマ!」
「ん?なんだ?…………」
またもや思考の海に潜り込もうとした双魔をティルフィングの声が引き戻す。
見下ろすとティルフィングの姿は普段の黒に戻っていた。
「元に戻ったな!」
「ああ………っ!…………」
双魔の身体も無事に女から男に戻り、伸びた髪も服も元通りだ。そして、当然のように蓄積されたダメージも元通りだ。が、ティルフィングに心配をかけまいと何事もなかったように振る舞う。
(…………まあ、パスは繋がってるからバレてるかもしれんが…………)
そう思いながらティルフィングの顔を見ると明らかに心配げな表情を浮かべていた。
「…………とにかく、帰るか」
侵入者の影響で白い空間も四方が崩れてかなり脆くなってきている。
双魔が真一文字に腕を振ると光の扉が出現した。
「ソーマ、頑張れ……」
よろよろと足を踏み出したのを見たティルフィングが身体を支えてくれる。
「ん……ありがとさん……じゃあ帰るか。皆待ってるだろうからな……」
「うむ!」
満身創痍の双魔と元気なティルフィング。対象的な一人と一振りは光の中に消えていった。
二人が扉を潜り抜け、それが消えた直後、白い空間はその役割を終え、一切の存在を消失した。
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