第58話 帯電完了
バチッ、バチバチッ
カイの足元の術式端子が閃光を走らせる。
「こっからは私に任せろ!」
低く、楽しげに笑うような声。
彼女の体内で雷霊素が一気に活性化し、魔導核から全身の魔力経路へと電撃が駆け抜ける。
それはまるで、体の内側に“雷そのもの”を流し込むような感覚。
骨を焼かず、血を煮え立たせず、しかし限界の臨界点にまでエネルギーを駆動させる制御された雷。
【雷式・体内蓄電術式 《雷籠》】
瞬間、彼女の瞳が淡く発光し、髪が微かに浮いた。
雷霊素を肉体に封じ込め、短時間だけ身体能力を爆発的に強化する――
これは、共鳴系術者でありながら、竜人族である彼女にしか扱えない特殊戦闘術式だ。
「……よし、帯電完了」
ゼンの後方、フリューゲルの残存個体が滑空軌道に入る。
跳躍、反転、滑空、そして着地と同時に繰り出される断尾撃――
だが、それよりも速く【雷】が駆けた。
ズン、と地を鳴らす音とともに、カイが疾走する。
その踏み込みは視覚の残像よりも早く、滑空してくる魔獣よりも鋭い。
腰を落としたその姿勢から――
カイの両脚が爆ぜた。
雷霊素が帯びる一歩目、その踏み込みはまるで“雷鳴が重力を断ち切る”かのように軽く、鋭く、速い。
【断閃】
その一閃は、空気そのものを切り裂くように閃いた。
「はああっッ!!」
刃が放つのは物理的な“斬撃”だけではない。
カイが振るう刃には、術式を通じた“振動と電撃”が編み込まれている。
剣圧そのものが微細な雷振動を空気中に拡散させ、
霧の粒子に干渉しながらも跳ねるように炸裂した。
まるで、雷の刃が空間に“筋”を描いたような一閃。
「――シッ!」
その一撃は、外側から迫っていたフリューゲルの個体の進路を断ち、巨体の勢いを殺しながら前脚の片方と胸部の外殻を浅く削ぎ落とした。
その直後、フリューゲルの尾が反射的に振り上がり、地を砕く。
ズン――!
が、それも無駄――
カイは、すでに“横”にいた。
「……遅いんだよ」
片手の双剣が、下から斜めに跳ね上がる。
跳躍軌道へ戻ろうとしていた魔獣の“後脚”を正確に切断する角度と力。
血飛沫ではなく“霊素の乱れ”だけを残して、カイは刃を払った。
そして、すぐに背後。
もう一体――連携個体が、統率個体の穴を埋めるように滑空し、角度を変えて突進してくる。
「はいはい!」
雷を纏った左の剣を逆手に構え、背後へと振る。
【帯電逆流】
逆手に持ち替えた双剣を振り上げながら、カイの体内で帯電していた霊素が“刃を中心に放電”する。
空中から迫る魔獣の前足に直撃したのは、刃ではなく、圧縮された雷の衝撃波。
“切る”のではない。“吹き飛ばす”。
雷撃によって動きを乱された魔獣の身体が空中で半回転し、そのまま壁面に叩きつけられた。
崖の岩盤が裂ける。
「……私が支援役だと思ったら大間違いだぞ」
彼女が言うように、共鳴系術式を扱う者の大半は後方支援に回る。
しかしカイは違う。
「術式の響きを聞き、自らをその“副旋律”に変えることで、主旋律すら凌駕する」――
それが、彼女の戦い方だ。
雷は、殲滅のためのものではない。
動きの連携、意識の共有、重力の把握――すべてを“揃えるための拍子”なのだ。
「ゼン、そっちは任せた! こっちは私のテリトリーだからな!?」
その言葉と同時、空中を滑空していた個体がカイの前方に現れた。
双剣を肩に乗せ、カイは片目を細める。
相対する敵の動きを余裕たっぷりの表情で眺めながら、雷のリズムを再び体内に蓄積し始めていた。




