第46話 山奥の食堂
よし。ひとまずイメージとしてはこんな感じだろう。
目の前に広げた設計図は、今まで何度も描き直してきた図面の最新版だ。ようやく“食堂”として形をなしたと言える。
ここは灰庵亭。俺が隠居して開いた、山奥の食堂だ。
――だが、今その姿は変わりつつある。
もともとの古民家一棟で細々と営業していた頃が懐かしい。週に数人、村の猟師や旅人がふらりと立ち寄る程度だった。のんびり飯を作って、焚き火を囲んで、ゆるりと語らう。そんな時間を守るための食堂だった。
それが今や、連日予約で満席、王族や冒険者、空賊までが訪れる始末。
料理を通して人とつながれるのは嬉しい。だが、今の構造では到底さばききれない。客数と厨房動線、保存スペースと待機場所。どれもが限界を迎えている。
だからこそ――新棟の建設を決めた。
拡張の舞台は、もともと食堂裏にあった50坪の畑。
俺が一から耕し、季節ごとの野菜や香草を育てていた場所だ。名残惜しくはあるが、ここを潰して第二棟を建てる。それも単なる増築ではなく、“灰庵亭の進化形”として構築するのが目的だ。
では、設計の詳細を記しておこう。
■ 建屋:灰庵亭・第二棟(拡張新棟)
※元々の50坪を最大限に活用した構造設計
【全体構成】
◼︎総床面積:およそ50坪(約165㎡)
◼︎用途別エリア配分
・客席:25坪(約82㎡)
・厨房:12坪(約40㎡)
・待合室:4坪(約13㎡)
・貯蔵庫&備蓄庫:6坪(約20㎡)
・通路・空間:3坪(約10㎡)
【厨房設計】
◼︎中央型オープンキッチン方式(八の字型)
◼︎火口:南側(安全動線重視)
◼︎盛り付け台:中央配置(対面式カウンターに直結)
◼︎調理補助スペース:東側
◼︎洗い場:北東端に集約(配水・給水導線を最短に)
◼︎冷蔵保存棚・干物吊り棚:西側壁面沿い
◼︎備考
・配膳用通路は厨房内外に2本、回遊可能。
・食材補充ルートと客対応ルートを分離。
【客席エリア】
◼︎L字配置・テーブル&カウンター複合型
◼︎カウンター席(対面型):10席(厨房に面して横並び)
◼︎テーブル席:5卓×4人=20席
◼︎小上がり席(半個室風):1卓(6人まで対応可)
◼︎通路幅:最低90cm~最大120cm
◼︎背後通過に支障が出ないよう余裕を持たせた設計
◼︎内装材
・天井梁:ガルヴァ産・柾目のスピリ樹(軽く丈夫)
・床板:硬化処理済みのラルマ松(滑り止め加工済)
・壁面:半練岩パネル(保温性+遮音性重視)
【待合室】
◼︎入口脇に設置(別棟接続式)
◼︎室内ベンチ×10、魔導式温風炉あり(冬季対応)
◼︎予約確認用の符読み台設置(通信符読み取り端末)
◼︎案内用冊子棚、小型掲示板(メニュー予告や注意事項)
【貯蔵庫】
◼︎土中式半地下構造(断熱&保冷)
◼︎常温貯蔵ゾーン(干物・調味料)
◼︎低温貯蔵ゾーン(肉類・保存食材)
◼︎密閉棚(香草・薬味系の劣化防止)
【その他構造的工夫】
◼︎外周には風除けの半回廊を設置(冬季の吹雪対策)
◼︎出入口は引き戸式・防風魔封符付き
◼︎屋根は軽量魔力土入り瓦(断熱・防音対応)
◼︎雨樋は再利用水系統と接続(湧き水濾過へ)
「……ふう」
巻物のように広げた設計図を見下ろしながら、俺は深く息を吐いた。
無駄を削ぎ、機能を研ぎ澄ませ、それでも温かみを残す。そんな“在り方”を追い求めた図面だ。
「ようやく……形になったか」
ここまで来れば、次はこの設計を“現実”にする段階だ。
資材の手配。土台の再確認。加工魔術の下準備。手伝いの割り振り――やることは山ほどある。
それでも、図面の上に立ち上がったこの“空間”が、すでにどこかで客を迎える準備を始めているような、そんな感覚がある。
「……よし」
紙の上の食堂が、ゆっくりと現実へと歩き始める――その最初の一歩だ。




