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第40話 改築をしようと思うんだが



「改築しようと思うんだが、お前はどう思う?」


そうライルに切り出したのは、最近あまりにも動線が悪いと思い始めたからだ。


……いや、別にカイに言われたからっていうわけじゃない。あいつが言うように厨房が狭いのは事実だが、問題はそこじゃないんだ。


まず、予約の客に対して客席が少なすぎるってことだ。1時間に数十人も料理を提供しなきゃいけないのに、一度に座れる席はたったの四席しかない。頑張れば8人くらいは詰められるが、落ち着いて料理を楽しむにしてはあまりにも狭すぎる。


誰だ、この店を設計したやつは(……俺なんだが)。


開店当初は週に客が1人来るかどうかだった。いや、それが理想だった。だから居間の半分をそのまま食堂にして、調理スペースもひとりで回せる分だけ。無駄を削ぎ落とした“孤高の庵”を目指した。結果、今がこれだ。


「お客さんは楽しそうだけど……たしかに、ちょっと窮屈かもっすね」


ライルがテーブルを拭きながら、素直な感想を口にする。


こいつが正直に言ってくれるのはありがたい。無駄に気を使われるより、よほど助かる。


「そもそも、注文の品を運ぶだけで三往復だぞ。厨房から出るたびに背中の肉がピキる。なんで俺、食堂やってんのに筋肉痛なんだよ」


「でも親父、筋肉はちゃんと残ってるっすよ? ほら、二の腕とかまだ硬いし」


「いや、褒めてる場合じゃない。これは俺が思い描いてたスローライフじゃない。……もっとこう、悠々自適で、のんびり味噌を煮込んでいたかった」


味噌のことを思い出してつい語気が強まったが、ライルは相変わらずニコニコしている。おそらく本人は、客が多くて活気がある方が楽しいのだろう。


俺もそれは否定しない。客の笑顔を見ると、やっぱり嬉しい。


でもなあ……限度ってもんがあるだろ。


「で、どこをどう改築するっすか?」


「まずは厨房を広げる。コンロと水場を分けて、出入口をもうひとつ増設。あとは……客席を倍に増やして、風通しを良くする。夏場は地獄だしな」


「改築っていうか、ほぼ増築じゃないっすか?」


「細けぇことはいい。俺の理想は、“静かで余裕のある店内”だ」


「その理想と現実がズレてる気がするのは、気のせいっすかね?」


ライルの突っ込みに頭を抱えたくなるが、本人に悪気がないのはわかっている。こいつはただ、俺のやろうとしてることを一緒に考えてくれているだけだ。


「材料は山の木を使う。石は裏手の川沿いから運ぶとして……問題は、魔力加工だな」


「やっぱ、カイさんに手伝ってもらうっすか?」


「……できれば自力でやりたい。あいつがやると、たぶん“要塞”になる」


「ありえる……」


過去、あいつが仮設で作った空賊団の野営地も、やたら堅牢で無駄にかっこよかった。食堂にそんな“戦闘機能”はいらない。いらないからな?


「まあ、最低でも一週間は営業休止だな。予約は調整して、村の方には告知しておく」


「わかりましたっす!」


ライルが胸を張って答える。その顔を見ると、ちょっとだけ気が軽くなる。


「――よし、明日から材木の選定に入る。まずはそこからだ」


俺は拳を握った。


静かな食堂のための、ちょっとした決意だった。


だけどその夜。


俺の布団に転がり込んできたのは、設計図を描いたカイだった。


「やっぱさ、こういうのは専門家に頼るべきだろ?」


「……誰が頼んだ」


「言ってねぇだけで、頼ってるのは伝わってるんだよ。ほら、ちゃんと“隠し扉”つけといたから」


「いらんわそんなもん!!」


改築の日々は、波乱の予感しかなかった。

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