第32話 分類不能扱いを受けた、唯一の存在
その姿は、決して派手ではない。
鋼のごとき装備も、魔力を纏う煌びやかな武装もない。
ただ、山服に似た簡素な黒の上衣と、腰に下げた一本の刃物。
――ゼン・アルヴァリード。
帝国騎士団「蒼竜」部隊の元隊長にして、帝都戦術局が定める公式戦力評価体系における異例中の異例――分類不能扱いを受けた唯一の存在。
この世界におけるすべての異能は、
七つの属性色――「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」に分類され、それぞれに“力の系統”がある。
さらに属性ごとに能力の深度が数値化され、【1〜7】の階級ランクが設定されている。
たとえば、赤は“火系”に代表される攻撃型。
青は“水・氷”に代表される操作制御系。
紫は“精神・幻術”といった干渉系――といった具合だ。
人は生まれながらに一〜三属性に適性を持ち、その中で鍛錬し、能力を開花させていく。
ランク7に至る者は数百人に一人という“国家戦力級”の逸材であり、帝国においてもその存在は特別視されていた。
だが、ゼン・アルヴァリードだけは違った。
彼は“七属性すべてに適応を持ちながら、どの属性にも分類されなかった”。
厳密に言えば、どの属性の魔力量も「ゼロ」でありながら、すべての属性干渉に“無効”で応じる。
これは理論的に説明がつかず、帝都学術院の能力測定班は、最終的に彼の枠を《無所属区 (ノン・アライン)》に移動し、
階級表示も「ランク外 (アウト・フレーム)」という前代未聞の扱いにせざるを得なかった。
それは“強すぎた”からでも、“特別な力を持っていた”からでもない。
彼の存在構造そのものが、「オーダーフレーム」という世界の能力体系に“適合しなかった”のだ。
どんな攻撃も“受け止める”のではなく“通じない”。
どんな術式も“凌ぐ”のではなく“届かない”。
ゼンの身に起こるあらゆる現象は、属性の影響下に入ることなく“無作用”として処理される。
まるで、“世界のルールそのものから切り離されたかのような挙動”。
一部の研究者からは「彼の肉体は、魔素の演算式を誤作動させるバグ構造」とすら言われ、
戦術評価においても「支援不要・補助不能・連携不推奨」とされた。
にもかかわらず――
戦場に立てば、彼はただ一人で戦線を維持し、
誰も傷つけさせず、誰も死なせず、そして誰も追いつけない速度で敵を排除していく。
ゼン・アルヴァリードとは、力を誇る英雄ではない。
この世界にとって、ただ“定義不能な個体”だったのだ。
それが、彼が唯一無二と呼ばれる理由であり、帝国戦術記録において今なお消えることのない“例外”として記されている由縁である。
——だが、戦場におけるゼンの動きはむしろ“自然”だった。
肩の力は抜け、足の運びに無駄がない。
息も切らさず、常に次の行動を計算しているかのような静けさがある。
敵の動きを“先に読む”のではなく、初動の前に既に予測している――その域。
彼が選んだ経路は、グラウベルクの死角でありながら、足音が響かない乾いた地面を正確に踏み分けた、僅か一尺幅の狭小地帯。
本来であれば、山を知り尽くした猟師ですら踏み外すような、複雑な地形の合間を、彼はまるで“そこに道があった”かのように進んでいた。
足首、膝、腰、肩、腕――その全てが無駄なく、繋がっている。
その姿は戦闘というより、“調理”の工程に近かった。
狙いは一点。
相手が最も隙を晒す、剥き出しの左後脚の関節部。
「……狩りの時間だ」
ゼンが刃を抜いた。
【斬晶の銀刃】――元々は料理用に打たれた刃だが、扱う者が違えば、その本質も変わる。
彼の握るそれは、“獲物を活かしたまま最も早く仕留める”ための道具であり、武器ではなかった。




