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第28話 魔獣はただの敵ではなく、「食える」ものだ



魔獣というのは食材にもなる。もちろんこれは魔獣の種類や生態系にもよるのだが、大抵は「食える部位」がある。いや、正確には「うまい部位」がある。


世間的には“討伐対象”として語られがちだが、元はといえば魔獣もまた自然の産物だ。動物的な進化の延長線上で魔素に適応した存在であって、すべてが邪悪でも、毒まみれでもない。


問題は処理の難しさと、魔素による“部位ごとの個体差”だ。

火炎系の魔獣であれば、体内温度が高すぎて脂が焦げ臭くなることがあるし、水棲の魔獣は塩分と重金属を蓄積しやすく、内臓処理に特殊な手順が必要だ。


だが、丁寧に下処理を施し、火加減と調味を調整すれば――とんでもない“宝”になることもある。


俺が過去に食った中で最高の魔獣は、《銀角ミレヴィオン》という雷属性の幻獣だった。


討伐レベルは33。軍レベルの対応が必要とされる災害級。

だがその肉は、頬が落ちるどころの騒ぎじゃなかった。


舌にのせた瞬間、微かに電気のような刺激と、ミルクに似た柔らかい甘み。脂が熱を受けて“音を立てて溶ける”ような質感で、口内でジュワリと消える。何より、魔素によって味覚が拡張されるかのような不思議な感覚があった。


あれを味わって以来、「魔獣は倒すもの」から「素材としての対象」にもなったんだ。


もちろん、レベルが高いからといって必ず美味いとは限らない。

《火背サルヴァス》などは討伐レベル19だったが、肉は硬く、脂も臭い。調理しても野営の焚き火臭が延々と口に残る始末。見た目は堂々としていても、中身は“筋肉の塊”というやつだった。


逆にレベル10前後の中堅魔獣でも、旨味の宝庫はいる。

《月見カラッセ》――夜間にだけ活動する飛翔型の魔獣で、体長は小柄ながら、羽根の付け根の肉が極めてジューシーで、煮込みやソテーにすると絶品。酒の肴にしたら、下戸でも杯を進めるという代物だ。


で、今狙っている《黒爪グラウベルク》。こいつもまた数少ない「高レベルかつ食用価値の高い魔獣」として知られている。


その中でも特筆すべきは、前脚の内側にある“二重筋束”だ。

通常のヒスカ熊には存在しない構造で、グラウベルクに変異して以降形成された魔素応答組織だと考えられている。これが、焼いたときの“旨味の爆発力”に直結する。


特製の塩と香草で一晩漬け込み、じっくり燻す。焦がさずに水分を飛ばし、表面にほのかな黄金色が浮き出たら完成だ。


噛めば噛むほど味が広がり、しかも“疲労回復効果”まである。


「まったく、そんなマニアックな部位を語り出すなんてな……相変わらず飯の話だけは饒舌だな、ゼン」


横で聞いていたカイが呆れ顔で言った。


「うるさい。命のやり取りよりも、飯の話のほうが大事だ」


「そっちのがヤバくね?」


「……昔は戦いの最中でも、食材のことばかり考えていたよ。ほら、あの時の塹壕戦、覚えてるか? 俺、干し芋をスープに溶かしたら旨くなるかとか真面目に悩んでたからな」


「悩んでたな! 隣で部下が呻いてんのに、“塩分バランスが”とか言ってた!」


カイが思い出し笑いを浮かべた。

あの頃は毎日が地獄みたいなものだったが、そんな中でも食べることだけは、俺たちを人間に引き戻してくれた。


飯が旨ければ、今日も生きている。それだけで十分だった。


「……さて。そろそろこの先、足跡が残ってるはずだ。あいつの行動パターンなら、風下の斜面に留まりやすい。枯骨の谷は音が反響するが、その一帯だけ、妙に“静かすぎる”場所がある。そこが巣だ」


「へぇ……見て覚えたのか?」


「いや、何度か痕跡を見た。ついでに、この前“残り香”もな。あれは干し肉にするには上物のサインだ」


「嗅覚まで猟犬かよ。あーあ、もうちょっと普通の隠居してればモテたのにな」


「普通に隠居してるぞ。客さえ来なければ」


「なんだよ、その言い方は。儲かるのはいいことじゃねーか」


「金稼ぎのために食堂を始めたわけじゃない。営業を始めたのもほとんど気まぐれだ」


「そのわりにはずいぶん気合い入ってるじゃねーか?」


「やむを得なしだ。元々こんなつもりじゃなかったんだが、いつ間にか客足が絶えなくなってな。お前も見ただろう?あの行列を」


「じゃあなんだよ、アイツらは全員"いつの間にか"来るようになったって言いてーのか…?」


「……事実だ」


カイの言葉に返す言葉もなく、苦笑しながら前を向く。


それでも、俺はこの山での暮らしが気に入っている。

誰かに認められたいわけじゃない。ただ、うまいもんを作って、それを食べて静かに寝る。

それだけのことで、もう十分だと思えるからだ。


「……それにしても、魔獣ってのは不思議な存在だよな」


「どういう意味だ」


「普通は“魔獣"なんてただの害獣だ。けど、今の話を聞いてたら、まんざらそーでもねーなって思えるよ。お前みたいなやつにとっては、特にそうなんだろうけどさ?」


「そうだな。食える相手には敬意を払う。それが俺の主義だ」


「ちょっとカッコいいこと言ったつもりだろ? でもそれ単に“美味い干し肉が食いたい”って言葉にしか聞こえねーからな?」


「事実だ」


魔獣――それは脅威であり、素材であり、時に食文化の一部でもある。

討伐レベルの高さと味の良さは必ずしも比例しない。だが、相応の手間をかけるに値する素材は、やはりレベルの高い個体に多い。


そうだ――これは狩りじゃない。料理の下準備なんだ。


さて。そろそろ“本命”が姿を見せる頃合いだ。

準備はできてるか?

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