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第122話 七極均衡条約



王宮最深部――〈光泉の間〉。

帝都で最も静謐なこの場所は、千年前から“聖皇の祈りの間”として使われてきた。

大理石の床には光脈が網のように流れ、中央の泉からは絶えず温かな光が湧き立つ。

しかし今、この光泉はどこか冷たく沈み見えた。


聖皇セント・ルクレティア七世は玉座ではなく、泉の傍らに座していた。

老いの影を帯びた横顔は柔らかいが、その瞳には深い悩みが沈殿している。


侍従が膝を折り、静かに報告した。


「陛下……フェルミナ様の行き先ですが、

帝国街道を南へ向かった痕跡が確認されました。

彼女が信頼していた使用人の姿も今朝から見当たらず……おそらく、お二人で」


一瞬、光泉がわずかに揺らいだ。

聖皇はそれを眺めながら、淡く息を吐く。


「……そうか」


短い言葉が、水面に落ちる雫のように響く。


侍従も官僚たちも、当然続くはずの命令を待った。

“追え。連れ戻せ。王女を守れ”

そのいずれかの言葉が。


だが老王の口から出たのは、予想と反するものだった。


「しばし……見守ってやろう」


広間の空気が凍りつく。


「陛下……!? 捜索を縮小なさるおつもりで……?」


「フェルは、光の中ばかりに閉じ込めてきた娘だ」

聖皇は静かに目を閉じる。

「たまには、影の道も歩かせてみよ」


その声音は柔らかいが、揺るぎない父の決断だった。


官僚たちは顔を見合わせた。

王族の失踪――通常なら帝国規模の危機だ。

だが、聖皇だけは“危機”として扱おうとしない。


理由は一つ。

七世は、フェルミナの心を最も理解していた父だったからだ。


──娘がどれほど息苦しさを覚えていたか。

──“光の象徴”という役割が、どれほど彼女の自由を奪っていたか。

──婚約という檻が、彼女をどれほど追いつめていたか。


七世はすべて知っていた。


王族会議で婚約が決定した後、フェルミナが言葉少なになったのも。

夜遅く、王女区画の庭で小さな震える背中を抱えて泣いていたことも。

誰にも言えぬまま、ただ“普通の娘でありたかった”だけだったことも。


本当は、あの強硬すぎる婚約案を退けたかった。

だが――それを許さない“政治”があった。



帝国の父としての顔を捨て、

“聖皇”として世界と対峙しなければならない現実――

それこそが、七世がもっとも苦悩している部分だった。


光泉を見つめながら、七世は静かに呟く。


「……この国は今、どちらへ傾けば滅ぶかわからぬ」


侍従は言葉を飲み込む。

その意味が、あまりに重すぎたからだ。


――ルミナス聖皇国は、現在“均衡”という細い綱の上に立っている。


それは 七極均衡条約(Septima Equilibrium Pact) による

世界の辛うじて続く平和のことだ。


この条約こそが、フェルミナが自由に旅に出られなくなった最大の要因であり、

彼女の婚約が実質的に「国の安全保障政策」に組み込まれた理由でもあった。


だが、その真実を知る者は王宮の極少数しかいない。



────────────────────────



◆ 七極均衡条約――世界秩序を縛り続ける“沈黙の絆”


(The Septem-Balance Accord / SBA)


七極均衡条約が締結されたのは、帝国暦1379年。

終焉戦役が世界規模で収束し、神々の沈黙が確定した翌年であった。


アルザリオス世界はこの時、七大陸すべてが壊滅的消耗状態にあった。

軍事力は疲弊し、魔導技術は暴走し、宗教権威は崩壊しつつあった。

さらに魔神族の残滓による「属性断層」の拡大により、大陸間の交流すら危険視されていた。


加えて――最も深刻だったのは、

“ルミナス聖皇国が引き起こした大陸横断戦争” の爪痕である。




【Ⅰ】条約成立の歴史的背景


――「聖王の正義」によって引き裂かれた七大陸


“聖王”セント=ルクレティア六世の治世において、

ルミナス聖皇国は「光の普遍正義」を掲げ、他大陸への大規模軍事介入を始めた。


六世の基本理念はこうだ。


「神の名のもと、人々を等しく光へ導く。

それは征服ではなく救済である。」


しかし現実は理想とは程遠かった。

大陸横断戦争(帝国暦1350–1362)は以下の特徴を持つ。



● ① 各地への“宗教使徒軍”派遣


「治安回復」「信仰調停」の名目で騎士団と魔導兵を送り込み、

実質的には属州化を進めた。


● ② 属性技術の軍事独占


光属性魔導器の供給停止、雷・火の技術者の強制徴用など、

他大陸の技術発展を抑圧。


● ③ 文化的同化政策


各地の宗教や風習を「光に反する」と断罪し、帝国式教義へ改宗を促した。


その結果――

七大陸の反ルミナス感情は最大値まで高まり、

「帝国が世界の敵」 と見なされる国際構造が誕生した。


終焉戦役で魔神族の侵攻が始まると、

各国は皮肉にも「共通の敵」を得る形で団結し、

ゼン・アルヴァリードなどの英雄たちの働きで辛くも勝利した。


しかし戦後も世界は脆く、

再びルミナスが暴走する危険は十分に想定された。


ゆえに――

世界は“対ルミナス封じ込め”と“新時代の秩序構築”のため、条約締結を急いだ。




【Ⅱ】七極均衡条約の三本柱


――建前と現実が完全に乖離した「国際法の皮膜」



【1】《軍事行動の国際制限》


――最重要条項:聖皇国の再侵攻を防ぐための枠組み


条項の正式名称は、

「多大陸間武力行使制限条項(MAAC)」


内容はシンプルだ。



■ 大陸を越えて軍を移動させる場合、


七極評議会(各大陸代表)の全会一致承認が必要。


特に禁止される行為:


・神の名を用いた軍事行動

・宗教的教義を理由とした他大陸への派兵

・属性兵器の大規模運用

・国家宗教の外征利用


これは聖王六世の侵略を「国際規範」として否定し、

ルミナス聖皇国の軍事権を封じ込めるための枷 であった。


だが現実には、

帝国は国家正規軍を縮小する代わりに、

以下の手段で条約を迂回していた。


● ① 神殿系私兵(影兵)の増強


「宗教施設の保護」という名目で海外に展開可能。


● ② 冒険者ギルドの準軍事化


傭兵団として他大陸へ派遣しても条約違反にならない。


● ③ 技術顧問の派遣


武器を送らず、技術者だけを送る方式。

実質的には軍事介入だが“非兵力”として扱われる。


国際社会はこれを把握していたが、

終焉戦役を戦い抜いた帝国の力を無視できず、

黙認せざるを得なかった。



【2】《属性魔導技術の独占禁止》


――もっとも形骸化した条項


条約上、

火・水・雷・闇・光・風・岩に関連する

高位属性魔導技術の軍事研究は禁止された。


これは、

魔神族技術を取り込んだ“対魔神兵器”が

再び暴走する危険を防ぐ目的だった。


しかし、世界はすぐに実感することになる。


「魔神族との戦争は終わっていない。

いずれ霊素災害は再発する。」


ゆえに各国は密かに研究を継続した。


とりわけルミナス聖皇国は、

表向きは厳格に条約を遵守しながら、

国内三機関が裏で研究を分担する構造 を作り上げていた。


● ■ 行政院


→ 属性魔導炉・対霊素中和装置の研究

(防衛技術扱いのため“軍事ではない”と主張)


● ■ 白影兵団(神聖魔導兵団)


→ 人工天使計画・魔神族細胞の解析

(宗教儀礼の延長として扱われ、軍事扱いされない)


● ■ 枢機院の親帝国派


→ 零位核研究・高次魔導回路の解析

(“学術研究”として非武装扱い)


これは実質的に

国際法の灰色地帯グレーゾーンを制度化した状態 であり、

七大陸の中でもルミナスがもっとも巧妙に抜け道を構築していた。


他大陸は当然反発したが、

魔神族との戦争終結時に中心的役割を果たした帝国へ

強硬姿勢を取れないまま現在に至る。



【3】《均衡婚姻制度》


――もっとも“人道的に問題のある”外交制度


七極均衡を保つため、

各王族間の婚姻を推奨し、

「血統的同盟関係」の構築を義務付ける制度。


目的は明確だ。


● ■ 大陸同士の戦争を“親族の関係”で抑止する


● ■ 王族を外交カードとして活用し、戦略的結びつきを作る


● ■ 一国が突出することを防ぐ


これは中世ヨーロッパの婚姻外交と似ているが、

条約によって正式な“国際制度化”が行われている点が特徴である。


しかし、ここに重大な問題があった。


末姫フェルミナこそ、制度の最大の犠牲者だった。


王家内の序列構造・政治的駆け引きから、

ルミナスは「最も扱いやすいカード」として末姫を選んだ。


その相手が――

海洋国家ネプタリア王国の王太子。


帝国はこの婚姻により、


・海路の独占

・物資流通の掌握

・他六大陸への圧倒的な政治的優位


を得られる算段だった。


国際社会はこれを警戒し、

「帝国が再び世界支配を狙っている」と非難した。


つまり、フェルミナの婚約とは、


帝国が国際条約を逆手に取り、

大陸支配力を高めるために仕組んだ“合法的侵略”の一環


であり、

七極均衡の理念と矛盾する“危険な圧力点”だった。




【Ⅲ】条約の本質


――理想と現実が乖離した「静かな冷戦構造」


七極均衡条約は、建前上――

「神なき世界での戦争防止」

「新しい平和の枠組み」

「大陸相互の抑止バランス」


を掲げている。


だが実際には、以下の三点が本質である。



① 世界は今もルミナス聖皇国を恐れている


帝国は軍事も宗教も技術も頂点であり、

終焉戦役の英雄たち(ゼン含む)を多数輩出した。


帝国が暴走すれば、再び世界は崩壊する。


② 他大陸も“反帝国連帯”を維持している


雷大陸・火大陸・闇大陸は特に強い敵愾心を抱き、

条約を盾に帝国の力を縛ろうとしている。


③ しかし帝国の力なしには、世界は魔神族に勝てなかった


ゆえに、ルミナスを完全に抑え込むこともできない。


この矛盾こそが――

七極均衡の最大の脆弱点 である。




■ 総括


七極均衡条約とは、

平和の象徴であると同時に、

“帝国を縛るために世界が作り上げた首輪” であり、

同時に

“帝国が世界へ伸ばす見えない支配網” でもある。


フェルミナの婚約問題は、

この条約の矛盾が最も鮮烈に噴き出した事例であり、

ゼンの平穏が破られようとしている背景には、

世界規模の圧力構造が密接に絡んでいた。



────────────────────────



◆ 七極均衡条約(SBA)・第二部


―― “均衡”の名の下に続く静かな冷戦構造

(現代=帝国暦1385年時点の分析)


七極均衡条約の締結から六年。

世界は「平和」という語を口にしつつ、

その実態は 極めて不安定な国際秩序 上に成り立っている。


条約は形式上成立し、

七大陸はそれぞれ軍事行動・技術研究・婚姻外交に制限を受けている。

だが、安全保障の構造を精査すると、

そこには条約の理念を内部から掘り崩す“見えない圧力”が複数存在する。


以下は、帝国歴1385年現在の情勢分析である。




【Ⅰ】条約の機能不全――五年で露呈した限界


条約は、理念としては「七大陸の均衡維持」、

つまり“再び世界規模の戦争を起こさないための枠組み”である。


しかし、以下の三つの問題が顕著になり、もはや破綻寸前にある。



● ① ルミナス聖皇国の“構造的優位”は揺らいでいない


条約は帝国の軍事力を制限したものの、

帝国は別の手段で国際影響力を保持している。


帝国の優位要素


1. 人口・経済規模が圧倒的(七大陸最大人口5700万)

2. 属性技術の90%を管理する教育・研究機関

3. 宗教的権威の中心であること

4. 終焉戦役の勝利者としての“歴史的正当性”


つまり、条約は軍事力こそ抑制したが、

帝国の「文明的覇権」までは制御できなかった。


結果として――

条約は世界から見ると、


「帝国の暴走を止めるためのもの」

であると同時に、

「帝国が主導権を維持するための枠組み」


にもなっている。


この二面性が、他六大陸の不満を強める原因となっている。



● ② “均衡婚姻制度”の過剰活用


本来は平和的抑止力であるはずの婚姻制度だが、

現実には外交カードとして過度に利用され、

王族たちは政治の道具として酷使されている。


特にルミナス聖皇国は、

同盟形成のために婚姻カードを最も強力に運用しており、

下記のような「国際的危惧」が生まれている。


■ 懸念:


「帝国が王家血統を通じて各大陸の政治中枢に浸透するのではないか」


フェルミナ王女の婚約問題は、

この不信感の象徴的事例である。



● ③ “暗黙の軍拡”が進行している


条約は軍事行動を制限しているが、

各大陸は裏で以下を進めている。


・魔導兵器の局地的配備

・属性兵器の小規模研究

・国境付近の私兵組織の増強

・冒険者ギルドを軍事利用する動き


特に雷大陸エレトゥス、火大陸イグニス、闇大陸テネブルは、

帝国を仮想敵とした再軍備を密かに行っている。


均衡どころか――

世界は再び武力による勢力均衡へと回帰しつつある。




【Ⅱ】各大陸が抱える条約への本音と戦略


条約は“七大陸の合意”という形を取るが、

各大陸はそれぞれ異なる思惑を抱いている。



■ 1. 光の大陸〈ルミナス聖皇国〉


➤ 表向き:平和の守護者


➤ 本音:最小限のコストで覇権を維持したい


帝国は条約の発案者であり、

平和の象徴を自称している。


しかし現実は明確である。


帝国の基本戦略


1. 軍事は抑えつつ、文明力(教育・宗教・経済)で支配する。

2. 婚姻外交で他大陸の王家血統へ影響力を浸透させる。

3. 属性研究の“灰色研究”を継続して軍事的優位を保つ。


帝国は今も世界最大の脅威であり、

同時に最も不可欠な存在という矛盾した立場にある。


ゆえに、世界の視線は常に帝国へ向いている。



■ 2. 水の大陸〈ネプタリア〉


フェルミナ婚約問題の相手国。


➤ 表向き:帝国との同盟で海洋支配を安定化


➤ 本音:帝国の庇護を受けつつ、自国の物流覇権を強めたい


ネプタリアは海路の支配者だが、

軍事面では帝国に劣る。


ゆえに婚姻により帝国との関係を固めれば、

他大陸に対し「経済での完全優位」を得られる。


しかし、

内部では「帝国による属国化」を危惧する声も強く、

婚姻は国家内でも賛否が分かれる。



■ 3. 雷の大陸〈エレトゥス〉


➤ 本音:帝国への復讐心を隠していない


帝国との戦争で最も被害を受けた大陸。


条約に署名したのは、

戦後の疲弊で帝国との対立が不可能だったためにすぎない。


今も地下で――

“対ルミナス包囲網”の構築 を進めている。



■ 4. 火の大陸〈イグニス〉


➤ 本音:経済的利益を最優先


帝国の技術投資を受けることで自国の工業を発展させ、

条約を“商売の道具”として最大限活用している。


だが、帝国への依存強化を危惧する派閥も存在。



■ 5. 風の大陸〈エーリア〉


➤ 本音:調停者の立場を守りたい


中立を装うが、条約のおかげで独立が保障されているだけで

実力は最弱。


風大陸こそ、条約破綻を最も恐れている勢力である。



■ 6. 岩の大陸〈グラシア〉


➤ 本音:帝国の軍事抑制を歓迎


帝国の侵攻に最も抵抗した歴史を持ち、

条約によって帝国の外征が止まったことを歓迎している。


しかし、帝国の研究技術が進みすぎれば、

将来の侵攻を防げないことを理解している。



■ 7. 闇の大陸〈テネブル〉


➤ 本音:帝国の思想支配そのものに反対


帝国の宗教的“光の価値観”を最も嫌悪する大陸。


表向きは条約加盟国だが、

実質的には抵抗勢力に近い。


魔導知識の蓄積を武器に、

対帝国の思想防衛戦 を続けている。




【Ⅲ】条約破綻の予兆


――危機の中心は「フェルミナ婚約」


世界の秩序は、一つの問題によって大きく揺れている。


すなわち――


■ フェルミナ王女の“均衡婚姻制度”からの離脱。


これは単なる一王女の逃避行ではなく、

国際政治のバランスを根底から揺らす危険性を秘めている。


なぜか?



● ① 帝国—水大陸の軋轢が再燃する


王女不在=婚姻同盟の崩壊危機。

物流支配が崩れれば、世界経済は即座に混乱する。


● ② 他大陸が「帝国の弱点」を見つける


帝国は王族を政治カードとして利用してきた。

そのカードが自壊したことは、帝国の権威低下を意味する。


● ③ 革命派・反帝国勢力が活性化


「帝国の統治力はもう衰えている」

という認識が広がれば、世界は再び分裂へ向かう。


● ④ 条約そのものの信頼度が落ちる


婚姻制度は条約の基幹構造であるため、

破綻すれば七極均衡の“精神的柱”が失われる。


つまりフェルミナの行動は、

世界にとって外交・軍事・経済すべてに波紋を広げる。




【Ⅳ】もっとも危険視される未来


――条約崩壊 → 大陸連鎖戦争(連鎖衝突モデル)


軍事学上、現在の世界は次の状態に近い。


「平和」ではなく

 “臨界点が上下するだけの冷戦状態”。


条約が破綻すれば、以下の連鎖が予測されている。


1. 帝国—ネプタリアの外交危機

2. 雷・闇大陸による反帝国連合の動き強化

3. 火・岩の大陸がどちらに付くかで分裂

4. 七大陸規模の軍事ブロック形成

5. 局地戦 → 属州戦争 → 大陸間戦争へ発展


つまり、

七極均衡条約は世界を守る鎖であると同時に、

一本切れただけで全てが崩壊する“危険な吊橋” に等しい。


フェルミナ王女の行動は、

その吊橋の“最初の音”を鳴らしたに過ぎない。




■ 総括


七極均衡条約とは、

平和の象徴でありながら、

不信と恐怖に支えられた“消極的平和体制”である。


そして、この不安定な秩序の中心に、

ゼン・アルヴァリードの静かな暮らしが――

無自覚のまま巻き込まれつつある。



────────────────────────



◆ 現在のルミナス聖皇国の政治的危機


七極均衡条約が形骸化した今、

ルミナスは三つの脅威に晒されている。



(1)雷大陸エレトゥスとの軍拡競争


エレトゥスは雷導技術と兵器開発で頭角を現し、

実質的に条約を破って軍拡を続けている。


彼らは六世の侵攻の被害国であり、

帝国への警戒は極めて強い。


小さな摩擦でも、

大陸戦争に発展しかねない火薬庫だ。



(2)闇大陸テネブルの思想的台頭


“神々の沈黙”以降、

最も勢力を伸ばしたのは闇大陸。


闇は「記憶と真実の属性」を象徴し、

これを学問として再解釈した学派が世界中に広まっている。


ルミナスの光中心の思想と真っ向から対立し、

学生や若者たちに広がる“闇哲学”は

帝国の宗教秩序を脅かしている。


条約破りの“思想侵攻”とも言われていた。



(3)ルミナス内部の腐敗と派閥争い


行政院、神聖魔導兵団、枢機院――

内部腐敗は歴史上最悪レベルに達していた。


人工魔導兵計画を推進する者。

魔神族細胞を軍事利用しようとする者。

ゼンの過去の力を蘇らせようと企む者。


そして その中心に立つのが、第六王子カシアン。


彼は表向きは温厚な天才王子。

だが実際には帝国最大の諜報組織と軍事研究施設を掌握し、

「次の時代に必要なのは光ではなく“観測”だ」と断言している。


ゼンの零位特性の分析も、

その“観測思想”の延長にある。




◆ フェルミナの婚約が意味していたもの


フェルミナ王女の婚約は、

この危機のすべてを“表面的に安定化させるため”の政治カード。


・水大陸との経済連携

・雷大陸への牽制

・闇思想への対抗

・ルミナス内部の改革派と保守派の妥協点


彼女は、“世界の平和維持費”として扱われていた。



────────────────────────



父である七世はそれを理解しながらも、娘にだけその負担を背負わせたことを深く悔いている。


だからこそ――

彼女が山を越えて逃げ出したという知らせを聞いたとき、七世の胸に宿ったのは叱責ではなくただひとつの願いだった。


「……どうか、束の間でもよい。

あの子が“ただの少女”として息ができる時間を……」


光泉が静かに揺らぐ。


世界は綱渡りの均衡の上。

政治は腐敗し、条約は骨抜き。

陰では新たな戦争の火種が芽吹いている。


その渦中で、フェルミナはたった一人で山を越え、元英雄の元へと向かっている。


それは帝国にとっては“危険な事件”だ。


だが――父にとっては、

“娘が初めて自分の足で選んだ自由への一歩”だった。


七世は静かに目を開く。


「……ゼン。

お前なら、あの子を守ってくれるだろう」


その言葉は、


――祈りか、願いか。


光泉の水面に漂い、ゆらぎ、消えていった。


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