十年戦争の記録
【終焉戦役神話資料:〈灰の時代〉と呼ばれた十年戦争の記録】
■ 前史 ― 星の理と、神々の契約
かつてこの世界には、時の流れすら定まらぬ原初の混沌が広がっていた。
そこに“最初の星の囁き”が生まれ、万象の理が芽吹き始めた。
この囁きを聴き取った存在たち――のちに「古の神々」と称される高次生命体群――は、世界に秩序と限界を設けることで、生命の誕生を導いた。
しかし、彼らの理が成立する以前、この星にはすでにひとつの“先住者”が存在していた。
それが、《ヴァル・ゼルグ》――あらゆる可能性の結節点であり、混沌の中心核たる原初存在である。
神々は彼を知り、敬い、そして恐れた。
なぜなら、彼こそが「可能性」の母体であり、あらゆる霊素の源泉でありながら、“秩序の否定”を内包する存在だったからだ。
神々はついに決断する。
彼を封じ、代わりに自らの手で構築した秩序世界を育てることを。
そのとき、世界は初めて夜を持ち、昼を知り、心を得た。
しかし、神々が去った後も、封印されたヴァル・ゼルグの霊素は静かに、確かに世界の“深層”を侵し続けていた――。
■ 戦端 ― 星を蝕む霊素の胎動
終焉戦役が始まる100年前、世界各地で異常な魔力震や霊素汚染が観測され始めた。
大陸中央部に広がる〈白聖域〉では、高位精霊たちが突如として暴走。
天空に浮かぶ神殿ミルザアでは、魔導炉の霊素暴走が連鎖し、大気そのものが「消える」という現象が発生した。
やがて判明する。
それは「霊素汚染」ではなく、“世界の構造そのもの”が書き換えられている徴候だった。
覚醒の兆しは、すべて《ヴァル・ゼルグ》の再出現に端を発していた。
神々が封じた霊素は、世界に満ちる秩序の“飽和”によって限界を迎え、ついに封印が綻びを見せたのである。
彼が現れた瞬間、時間が止まり、空が割れた。
世界の理は“否定され”、
あらゆる「当然」が、「幻想」に還された。
■ 七柱の魔神 ― 理を喰らう断片たち
ヴァル・ゼルグの完全覚醒に先立ち、霊素の“吹き溢れ”が世界各地に災厄を生んだ。
それが、《七柱の魔神》と呼ばれる存在たちである。
彼らは神話において“破局の代弁者”とされ、それぞれが特定の理(食・知・死・音・戦・時・歴)を侵食する力を持っていた。
都市国家ネウルンは、飢餓魔神《トゥルグ=ザハル》によって農土を枯れ果て、百万人が餓死した。
南大陸の記憶都市クォルムは、幻影魔神《レナス=ヴェルナ》の干渉により、歴史と人々の存在そのものが「なかったこと」にされ、地図から消えた。
不死軍団を操る《ネブラ=カドス》は、屍を砦とし、敗北した軍を取り込んで増殖した。
戦意を吸う《カダル=ミルヴァス》は、交渉の途中に戦争を再燃させた。
《エル=ユマ》は時間を断裂し、同じ戦場が五度繰り返される因果地獄を生んだ。
これらの魔神が揃い踏みした時、大地は叫び、空は逃げ、神々の末裔すら力を失った。
■ 英雄の時代 ― 抗いし者たちの記録
その混乱の中、なおも剣をとった者たちがいた。
歴史の語り部は彼らを「灰の騎士団」と呼ぶ。
戦線指揮官ゼン・アルヴァリードを中心としたこの部隊は、人間、精霊、異種族の枠を超えた連合軍を束ね、数年にわたって世界の終焉に抗い続けた。
彼らは幾多の戦地で魔神に相対し、敗れ、立ち上がり、最終的に《ヴァル・ゼルグ》の本体と接触する。
そして、そのとき。
ゼンは、自らを“器”とすることで、ヴァル・ゼルグの霊素を封じ込めるという、狂気と救済の選択をした。
彼は神にも等しい災厄を、「人間という限界の器」で封印したのである。
その代償として、ゼンの肉体には「死の呪い」が刻まれ、霊素は今もなお、彼の内側で静かに蠢いている。
■ 神話的終結 ― 理の隙間に宿る静寂
終焉戦役ののち、神々は再び現れたという。
ある者は言う、「英雄を讃えるために」
ある者は言う、「恐るべき封印を監視するために」
だが、英雄は彼らの前から姿を消した。
この世界は今、静かに保たれている。
だがそれは、限界の器に封じられた“災厄の心音”の上に築かれた、偽りの均衡かもしれない。
終焉戦役は終わったのではない。
ただ、「一人の男が、終わらせてくれているだけ」なのだ――。
この資料は神話史編纂局・記録室にて精査・保存された記録に基づく文献である。
記述内容は伝承と史実の交差に基づくため、細部の事実性には複数の異説が存在することを併記しておく。




