ツヅミ屋
《ツヅミ屋》― 帝都南区・旧工匠通り裏手に佇む庶民食堂
■ 店舗基本情報
・店名:ツヅミ屋
・業種:食堂(軽食中心)
・所在地:帝都セレスティア南区、旧工匠通り裏手三叉路角
・創業年:不詳(推定50年以上)
・営業形態:昼~夕方のみ/不定休(ばあさんの体調次第)
・看板:木製/「食」の一文字を墨書きした古びた板
・予約:不可(完全先着順)
■ 店舗外観
・建材:帝都様式の古木造建築、外壁は燻した灰木材
・屋根:瓦葺き、補修跡多数あり
・玄関:引き戸式の木戸(軋む音あり)
・暖簾:年季の入った生成り布、「ツヅミ屋」の文字はほぼ判読不能
・立地特徴:三叉路角地のため、南側からの光が店内に柔らかく差し込む
・周辺施設:中央市場徒歩圏/鍛冶屋、修理工房、下町診療所、薬草商店などが密集
■ 店内構造
● 客席構成
・全体収容数:最大16席(4人掛け卓×2、2人卓×2、カウンター席×4)
・座敷エリア:奥に小上がりの畳席あり(現在は荷物置き場)
・家具:すべて手作りか修繕された再利用品(角の取れた卓、油染みの座布団)
・照明:魔導灯2基と自然光併用、やや暗めの落ち着いた照度
● 厨房
・構造:間口狭く奥に長い/L字型の作業台
・設備:石炉コンロ(魔導式)、湯釜、出汁壺、蒸篭棚
・調理器具:大小鍋×5、包丁×3(うち1本は初代店主の形見)
・衛生:常に清潔を保ちつつも「年季」を感じさせる風情あり
■ 店舗の雰囲気
・空気感:温かく、常連と一見が自然と馴染む“下町の居場所”
・客層:
地元職人(鍛冶屋・修理工・魔導工)
親子連れ、薬屋の見習い、警備兵など
まれに冒険者や学者も来店(食通が噂を聞きつける)
・会話:店主と客の距離が近く、軽口と小言が飛び交う和やかな空間
・行列:昼どきには外に数人並ぶことも。帝都では珍しく“並んでも食いたい店”
■ 主な料理
● 定番看板メニュー
・特製根菜雑炊
白出汁仕立て/大根・人参・里芋・干し椎茸・鶏肉・柚子皮・油揚げ
塩味ではなく“出汁の旨味”で食わせる仕様
素焼きの器に盛られ、匙と箸のどちらでも食べられる
湯気と香りが記憶に残る一品
・味噌焼きおにぎり
店奥で焼かれる炭火焼/表面カリカリ、中はふっくら
自家製赤味噌ベースの甘辛塗り
・干し大根と油揚げの煮びたし
出汁をたっぷり含んだ副菜/日替わりの定番
・翠稜葱のぬた和え
南稜山系の高地でのみ育つ薄緑の長葱を、醸し蜜酢と刻み焦塩果で和えた小鉢。香り高く、食前の箸休めとして人気。
・金竜豆のとろとろ煮
金竜湖の浮島村で育つ大粒豆「金竜豆」を使った甘塩煮。口の中でとろける食感が特徴。ほのかな豆本来の甘さが引き立つ。
・焦苞茸の柚香蒸し
地下洞窟に生える暗茶色の茸を、柚子皮と共に魔導蒸篭で蒸した逸品。ほろ苦さと爽やかさが同居した大人の味。
・白波菜の香油炒め
海風が強い沿岸地帯で育つ塩気を帯びた葉菜を、蒼香油で軽く炒めた一品。シャキシャキ感が酒の肴にも好まれる。
・夜露鶏の塩焼き串
夜明け前に狩られることで有名な「夜露鶏」の胸肉を、焙燻黒塩で炙った串焼き。旨味が強く、冷めても絶品。
・星紅芋の白味噌椀
帝都西方の丘陵地にのみ育つ紅色の芋を使った汁物。甘さの中に土の香りが残り、白味噌と相まってやさしい味わい。
・黒茴香の卵焼き
南方の霧林地帯で採れる黒茴香を混ぜ込んだ出汁巻き卵。香り高く、ほのかな甘さとスパイス感がクセになる。
・雷豆腐のあんかけ
空雷峰の伏流水で作る「雷豆腐」は、食べるとほのかに舌がピリつく感覚がある。とろみあんとの相性抜群。
・真珠麦と蒼根菜の炊き込み
粒が大きく艶やかな「真珠麦」を使い、蒼根菜(青味
がかった根菜)と共に炊き上げた雑穀飯。香りともちもち感が特徴。
・影草の酢浸し
地下湖の岸辺にだけ自生する影草は、真っ黒な見た目に反してほのかな柑橘風味がある。甘酢との相性でクセになる一品。
・赤皮魚の焼き干し
ルミナ海域で獲れる細身の赤皮魚を、一晩焚火で干してから炙る。香ばしさと骨の旨味がたまらない。
・蒼翅蛾の翅天ぷら
巨大蛾の羽を油で揚げた珍味。薄い翅には天然のうま味と香ばしさがあり、ツヅミ屋では特製の薬味塩で提供。
・緋樹の実の蜜煮
南林の「緋樹」から採れる甘酸っぱい実を蜜で煮た甘味。後味に軽い苦みが残り、大人向け。
・蒼石茸の燻し和え
石のように硬いが火を通すととろける「蒼石茸」を、燻製にしてから細切りに。食感と香りが魅力。
・火斑茄子の辛味焼き
小ぶりで赤黒い斑点がある珍しい茄子を、辛味香草と共に焼き上げたもの。味は濃厚で、香ばしさが鼻に抜ける。
・月影蕎麦
夜露草と山芋の粉を混ぜて練った“黒蕎麦”を、冷やし出汁で提供。ツヅミ屋夏季限定の一品。
・銀燈根のまる焼き
地下光苔の近くに生える根菜「銀燈根」は、加熱するとほんのり光る。丸焼きにして塩を振るだけで絶品。
・木樹魚の煮浸し
半植物・半魚類という特殊な魔獣素材。淡い味で、煮物にすることで繊維がほどけて口の中でとろける。
・影月花の冷茶漬け
影月花の乾燥花弁を粉末にして出汁に溶かし、ご飯にかける“茶漬け”風メニュー。深夜の締めに最適。
・霊耳茸の白湯スープ
霊気の強い高地に生える茸を煮出して作る白湯スープ。滋養強壮に効くとされ、常連からの信頼が厚い。
◆ 備考
・魔導冷蔵や保存魔石は未使用:すべて当日仕入れと調理
・日替わりで数品が入れ替わる:固定メニューはほぼなし。全て“ばあさんの気分次第”
・客の体調・天候に応じて献立調整:暑ければ塩分多め、疲れ顔には香味強めと“心で出す料理”が信条
● 季節限定・仕入れ変動メニュー
・高山茶葉の冷煎茶(夏)
・焦香芋の蒸し団子(秋)
・霜雪ヒレ茸の温椀(冬)
・初春三つ葉の酢和え(春)
■ 店主:ツヅミ婆(本名不詳)
・年齢:推定80代(正確な記録なし)
・出自:元帝国宮廷厨房の副料理長の妻/戦時中、夫の退役を機に開業
・性格:気風がよく、遠慮を許さないが面倒見がいい
・信条:
「うちの飯は、腹を膨らませるためにあるんじゃない。
心の底まで沁みるものを出す、それが料理人の矜持」
・厨房の鬼神:同時に三つの鍋を操り、客の表情を見ながら味を変える技巧派
・記憶力:常連の名前・癖・好み・過去の会話まで覚えている(ただし名乗ってない者には一貫して「アンタ」)
・人脈:帝国中央市場の老舗と古くから取引/農家や薬草商との直結ルートを持つ
・現在:少し腰を曲げているものの、調理と接客を現役でこなす
■ 歴史と背景
・開業経緯:
初代店主(ツヅミ婆の夫)が戦傷で帝国宮廷を退役後、「生涯を人の胃袋に尽くす」として下町に店を構える。
戦後復興期の混乱の中でも一度も営業を止めず、地元住民の命を支えた“台所の灯”として語られる。
・戦時中の逸話:
「配給が止まっても、ツヅミ屋だけは味が変わらなかった」
騎士団、工兵隊、学徒兵、孤児までが列をなしたという記録が残る
・ゼン・アルヴァリードとの関係:
騎士団時代、カイに連れられ初来店。以降、戦地帰還や任務前後の精神的な“避難所”として通い詰める。
ツヅミ婆はゼンの英雄的立場を知りつつも、終始“ただの青年”として接し続けた。
ゼンにとっては「剣ではなく箸を持てる唯一の時間」を過ごせた店。
■ 店の象徴としての意味
《ツヅミ屋》は、帝都の中でも数少ない「変わらぬ場所」である。
激動の時代の中、政治も戦争も技術も目まぐるしく変わっていくが、この食堂だけは変わらない。
・何も言わずとも席を用意してくれるばあさん
・変わらぬ味と湯気
・日々を生きる人々の声と笑い
そのすべてが、「ただ、生きていていい」と背中を押してくれる。
■ 間取り図(簡略イメージ)
+---------------------------+
| カウンター席(4) |
| [厨房] |
| [火炉] [湯釜] |
+------------+-------------+
| 2人卓 ×2 | 4人卓 ×2 |
|(窓際) |(中央) |
+------------+-------------+
| 入口(引き戸) |
+---------------------------+
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『帝都味巡帖』
発行元:帝国文化振興出版社(通称:〈クルトリア社〉)
創刊:帝国暦1256年
現行版:第129号(帝国暦1385年現在)
編集長:オルガ・ファルゼン(第12代)
【本の概要】
『帝都味巡帖』は、帝都セレスティアを中心とした大陸全域の食文化・料理人・店舗を網羅的に紹介する年刊のグルメ書籍である。
元々は帝国図書院の補助事業としてスタートし、現在は完全民間出版として独立。掲載には編集部の「覆面訪問調査」による審査があり、「掲載を断る自由」もあるため、情報の信頼性と中立性が極めて高いと評価されている。
料理の味、空間の雰囲気、地域文化への貢献度、接客、価格帯、持続可能性(地産地消・食材調達法)など、あらゆる観点から“食”を文化的資源として分析する点で、単なる飲食店ガイドの枠を超えた存在となっている。
【掲載ランク】
1. 五灯印:帝都文化の至宝
2. 四灯印:地方文化を超える価値を持つ店舗
3. 三灯印:地域の看板店
4. 二灯印:優良食堂・安定した味と空間
5. 一灯印:今後に期待のある新進店舗
※灯印は、店頭掲示も可能だが、強制はされない。
▼ 掲載記事:『帝都味巡帖』第129号(帝国暦1385年版)より抜粋
【店舗情報】
店舗番号:C-614
店名:ツヅミ屋(TUDZUMIYA)
地域分類:帝都南区・旧工匠通り裏手
掲載灯印:三灯印(地域の看板店)
― 温かさは、豪華さでは測れない ―
帝都の最南、かつて鋳造職人たちが暮らした工匠通り。その裏手、今も石畳が残る三叉路にて、ひっそりと営まれる庶民食堂《ツヅミ屋》。
外観は地味で、看板には「食」の一文字が刻まれているのみ。地元の者でも「紹介されなければ気づかない」ような佇まいだが、この店には“本物の食文化”が宿っている。
記者が訪れたのは昼どき直前。暖簾をくぐった瞬間、鼻をくすぐるのは白出汁と焼き味噌の香り。中は8卓ほどの小規模空間。客は皆、常連と見られ、無言のうちに湯呑が差し出され、注文も「いつもの一つ」で済む。これは、“常連になる価値がある店”の証明である。
【食文化への貢献】
《ツヅミ屋》の最大の特徴は、戦時下・戦後期を通じて一度も休業せず、地域住民に“食の火”を絶やさなかったことにある。
インタビューによれば、店主ツヅミ婆(年齢非公開/帝国宮廷元料理補助)は「人が生きるには、安心して食べられる場所が必要なんだよ」と笑った。決して名誉を求めず、ただ地元に根ざし、黙々と鍋を振るう姿は、まさに“文化の礎”と呼ぶにふさわしい。
【看板料理:特製根菜雑炊】
看板メニューは、白出汁仕立ての「根菜雑炊」。
鶏の胸肉をほぐしたものをベースに、帝都近郊の農家と直契約した根菜(人参、大根、里芋、牛蒡)を惜しみなく投入。仕上げに刻み柚子と炙り油揚げを浮かべる。
出汁は昆布・干し椎茸・鶏骨を三段階で煮出したもの。日を跨いだ寝かしと再抽出により、澄んでいながら奥深い旨味を持つ。
味は一見“地味”だが、一口食せばその意味が変わる。胃に優しく、心に沁みる。かつて戦場から戻った兵士がここで癒されたという逸話も頷ける、“心の食事”である。
【接客と空気】
接客は店主ツヅミ婆ひとりによるもの。強気で小言混じりの口調だが、客の顔と嗜好を即座に記憶し、場に応じて手を抜かぬもてなしを提供する。
特筆すべきは、初来訪でも“拒まれている”と感じさせない空気。椅子の向き、茶の出し方、会話の切り出し方に、長年の経験と観察眼がにじむ。
【編集部注目点】
◼︎地産地消の手本的店舗
・ほぼすべての食材を帝都周辺または中央市場内で調達。
・輸入品に頼らず、季節の旬を活かした構成。
◼︎厨房技術と構成力
・同時に複数の鍋を扱いながら、火加減と配膳を乱さない動き。
・若手料理人の視察が後を絶たない“生ける教科書”。
◼︎文化的保存価値
・店内構造、器、調理台、献立表すら存在しない“記憶の中の店”という位置づけは、帝都の無形文化財的な価値すら感じさせる。
【総評(審査官コメント)】
「帝都の料理文化は、豪華さや革新だけで築かれてきたのではない。
ツヅミ屋は、そうした“支える味”の象徴だ。
見栄えより、にじみ出る真心を――そう訴えるかのような一椀が、ここにはある」
掲載:食文化部審査官 ラウレア・ヴィントレル(第13等級調査官)
【食の背景と精神性】
ツヅミ屋が提供するのは、「日常の中の非日常」だ。
素材は決して高価ではない。米も、根菜も、干物も、味噌も、すべてが市場の“地のもの”。だが、それらを炊く手、盛る手、見送る手が、どれも“誰かの心に寄り添っている”。
それは店主ツヅミ婆の信念に由来する。
曰く――
「人は腹だけでなく、心も満たさなきゃ、生きていけないからね」
現役時代は帝国宮廷の厨房にも縁があったというこの女性は、今や80を超えてなお厨房に立ち続けている。客に話しかけ、火を見て、常連の注文を覚え、初見の客の疲労の色すら読み取っているという逸話は多くの食通に知られている。
【空間の力】
店内は木造で油の香りが染み込んでおり、椅子も卓もすべて使い込まれている。だが不快ではなく、むしろ「馴染みすぎて違和感がない」空気が流れている。
この店でだけは、食の評価に“時間”という概念を加えるべきかもしれない。客の誰もが、食べる前と後でほんの少し顔つきが変わるのだ。
【評価まとめ】
《評価項目/点数(10点満点)》
□ 味の深度 / 9.5
□ 空間の居心地 / 10
□ 接客と温度 / 9.8
□ 独自性・記憶性 / 9.9
□ コストパフォーマンス / 10
総合評価:★★★+◎(特例高評価)
“この店は、帝都の胃袋ではない。帝都の心臓だ。”
【備考】
・本店舗は掲載を一度辞退した経歴あり(帝国暦1375年)
・編集部の再訪を快諾したのは、「たまには、褒めてもらっても悪くないと思ってね」との店主コメント
・掲載後も「常連しか来ないよ。観光客向けじゃないから」と本人は一切宣伝をせず
・ただし、掲載翌月から昼どきの客足が急増したという報告がある
・魔導通信による紹介不可(ツヅミ婆本人の意向)
・店主体調次第での臨時休業あり
・高評価ゆえに混雑必至/昼過ぎの訪問が理想
・取材協力:帝国食文化協会・市井食評人ギルド
ツヅミ屋は、“紹介されない方が良い”店である。
だが、紹介されなければ帝都文化の全体像は語れない。
そう確信して掲載した、編集部渾身の一ページ。




