黒鐘局
■ 帝国監視機関:黒鐘局
【名称と由来】
「黒鐘局」――それは、帝国の情報と監視を司る最深部の機関であり、その存在すら一部の貴族と軍上層部にしか知られていない、いわば“帝国の影”の中枢である。
名称の由来は、「沈黙の鐘」と呼ばれる古代王国時代の逸話に因む。鐘は本来、時を知らせるために鳴るものだが、「黒鐘」は“鳴らないことで災いを防ぐ”とされた。その寓話にならい、黒鐘局は“何も起きないこと”こそを目的とする。災厄の兆し、内部の裏切り、魔導災害、情報流出……すべてが“起こる前に摘み取られる”べきなのだ。
そのため、局の存在自体が機密であり、局員は「帝国官吏」や「魔導研究補佐官」として各所に分散配置される形をとる。局本部の所在は公式には帝都行政棟の地下“記録管理室”とされているが、真の中枢はさらにその下層――「第零階」と呼ばれる空間に存在する。
【機能と目的】
黒鐘局は以下の四部門に分かれ、帝国内外の“情報と秩序”を保持している。
1. 【観測課】──動向監視・情報収集
・帝国内に潜む“潜在的危険因子”の監視を担当する部門。対象は反帝国思想者、強大な魔導使い、元S級冒険者、王族の非公式行動まで多岐にわたる。
・魔導観測球や使い魔、さらには結界越しの波動解析など、直接接触せずに行う「非接触型監視」を主とする。
・対象が危険度A以上と判断された場合、「記録改竄」と「接触抑止」による対処が検討される。
2. 【鎮静課】──潜在脅威への対処・中和
・実行部隊。情報漏洩、反乱兆候、魔導災害など、具体的な“事象”が発生した際に出動。
・局員は原則として、帝国直属の“無位階”として認可されており、通常の法律の枠を超えた裁量が認められている。
・特殊装備として、「記憶抑制紋章」「対象同調結界」「魂縛封印札」などが配備されている。
3. 【記録課】──情報の管理・編集・封印
・帝国全域の“非公開情報”を保管・再編する部門。禁書指定された研究記録、封印された過去事件、魔導災害の原因と結果などが主な対象。
・外部には「歴史管理室」として機能しており、帝都図書院の地下層にアクセス可能な者のみが一部情報に触れる。
・データの一部は“改竄可能性を含む真実”として再構築され、必要に応じて国民向けの“編集済み情報”として発表される。
4. 【灰域課】──不確定領域と境界事象の調査
・魔獣領、異界境界、魔導暴走地域など、帝国の“外縁”に位置する危険地帯の調査・管理を担当。
・この課のみ、特殊権限を持った研究者や元冒険者が出向・協力する場合があり、帝国技術局・生物科学局と連携するケースもある。
・リシェル・ヴァーレンが一時所属していたのも、この課の前身である“監視補佐第八室”。
【組織の特徴と文化】
・黒鐘局では、本名・階級・経歴といった“個人情報”は一切不要とされる。代わりに、局内では「記号コード」や「機能名」で呼び合うのが通例(例:第七分析官〈R-07〉、外部連絡員〈黒の枝〉など)。
・掟の一つに「沈黙の誓い」があり、局の任務内容を外部に語ることは“存在抹消処分”の対象となる。
・物理的な武力よりも、“信用の分断”や“事実の変容”といった“情報そのものを制御する”ことに重点が置かれている。
【リシェル・ヴァーレンと黒鐘局】
・リシェルは、かつて黒鐘局の「鎮静課」から「灰域課」へと異動した特例存在であり、記録上は“特例第二等協力者”という扱いだった。
・現在は「外交局」内に籍を置いているものの、黒鐘局とは依然として情報連携を維持しており、“自由行動が許された監視官”とも揶揄される。
・帝都帰還の際にゼン・アルヴァリードと接触する可能性も、局の一部では“必要な動向確認”として認識されている。
【現在の動向】
――帝国監視機関・黒鐘局 極秘案件報告(封印指定・第一群より抜粋)
現在、黒鐘局の内部では、次の十数件に及ぶ極秘案件が“要優先監視対象”として進行中である。いずれも表向きには一切公表されず、局内でも扱いは“封印指定”に準ずるものとされている。以下に記す内容は、その一部に過ぎない。
■【案件01】「ノル・アヴァルド条約」履行監視計画
旧アヴァルド王国との間で締結された不可侵条約に関し、複数の周辺国による秘密軍備と魔導兵器再配備の兆候あり。
黒鐘局では、条約履行の正当性と、帝国側に対する潜在的な“破棄前提行動”の監視を強化中。
■【案件02】「魔導連盟パクト」内の非公開交渉
魔導連盟の構成国の一部が、帝国との魔導資源共有協定に背き、他国勢力(南方同盟・海上共同体など)との裏取引を進行中との報告あり。
情報漏洩の出所特定が最優先案件に指定され、灰域課と観測課の連携調査が実施されている。
■【案件03】〈大渦記録〉への霊位干渉
大陸南西部で観測された巨大な魔力渦の動向に、不自然な霊位波動の混入が確認された。
黒鐘局では、当該現象が“古代存在の覚醒兆候”である可能性を排除しておらず、帝国技術局と連携中。
■【案件04】“蒼雷同盟”再興計画
帝国旧敵国の残党勢力による反帝国連携が、地下組織を通じて進行中とされる。
特に“蒼雷の傭兵団”残党の動向と、帝都内潜伏者の洗い出しが優先調査課題。
■【案件05】「無名境界帯」への渡航頻度増加
西方の“無名境界帯”へ渡航した学者・旅団の生還率が過去10年で急上昇しており、情報封鎖が崩れつつある。
既に外部国家が該当地域の“魔導資源”に関心を示している形跡があり、帝国の独占権確保のための先制工作が進行中。
■【案件06】“代行者”出現記録の再確認
神格存在の干渉を受けた可能性のある“代行者”の記録が、複数地域で散発的に発見された。
ゼン・アルヴァリードに関連する記録も含まれており、黒鐘局内では「再封印の可否」について議論が始まっている。
■【案件07】帝国統一暦の修正案抹消
一部の歴史学者が、現在の帝国暦が“ある歴史的事件を隠蔽する目的で設定された”可能性を示唆。
この研究は記録課により“理論的瑕疵あり”として封印処理が行われたが、再度民間層で同様の研究が進行中との報告あり。
■【案件08】「双月」現象に伴う暦異常
天文課より提出された報告において、“第二の月”と呼ばれる天体の周期変動が観測された。
黒鐘局では“魔神族封印との共鳴現象”の一種として分類し、定点観測を継続している。
■【案件09】外縁都市連合の自治傾向
帝国辺境における“自治都市”の増加が確認されており、独立言論や自警軍の組織が進行中。
黒鐘局は「思想浸透による回帰政策」または「象徴的粛清」のどちらかを提案中。
■【案件10】〈風鏡山群〉第九渓谷の異常封印反応
ゼンたちが訪れた第七渓谷とは別に、隣接する第九渓谷において“未確認霊素の活動”が確認された。
過去に放棄された実験場跡にて“自律起動炉”の反応が断続的に発生しており、灰域課の特別調査班が派遣予定。
■【案件11】〈海底の残響〉と呼ばれる音響干渉記録
帝国東岸の調査船が回収した記録の中に、既知の魔導周波数と一致しない“低周波構造体”の痕跡が確認された。
記録課では、古代技術あるいは“未知種族の通信”の可能性を検討中。封印格納指定の可能性あり。
これらすべての案件は、帝国の根幹を揺るがす危険性を持ち合わせており、黒鐘局ではこれを「沈黙の盾」と呼ばれる情報遮断体制の中で扱っている。局員の誰もがこの情報を完全に知ることはなく、担当課をまたいでの共有は禁止されている。
黒鐘局が“声を上げない”限り、帝国は平穏を装い続ける――そのために、彼らは静かに、しかし確実に動き続けている。
【備考】
・黒鐘局は「何かを守る」ためではなく、「何も起きないようにする」ために存在している。
・その性質上、“功績”や“名声”を得ることはあり得ず、局員の最期はほとんどが「記録に残らない存在」となる。
・ゆえにこそ、彼らの在り方は“帝国という幻想の影を維持する者たち”と呼ばれている。




