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千江皇后陛下と美子中宮陛下の最期の会話

 話中でスパルタのレオニダス王のギリシャ悲劇が出てきますが。


 以前(と言っても、20世紀の頃)、そういった雑誌コラムを読んだ覚えから、描いています。

 そうしたことからすれば、完全な記憶違いの可能性が高いですが、緩く見て下さい。

 そんなことを美子中宮陛下が考えているとは、千江皇后陛下は思いも寄らないことだった。

 だが、薨去した実姉の九条完子同様に、千江皇后陛下なりに、美子中宮陛下に寄り添っていた。


「ねえ。私が崩御して、夫(今上(後水尾天皇)陛下)が崩御したら、共に寄り添って葬られるのよね。美子中宮陛下も、共に寄り添って葬られたいの」

「夫次第ですが。私としては、最初の夫の鷹司信尚と寄り添って葬られたい、と考えています」

「そう、私もそうして欲しいな。お姉様が嫌い、という訳では無いのよ。でも、三途の川を渡って、極楽に赴く際には、夫と二人で赴きたいの」

「それは当然でしょう」

 お互いに、それ以上の言葉は出なかった。


 お互いに考えざるを得なかった。

 千江皇后陛下は、改めて想った。

 美子中宮陛下にとって、夫、今上(後水尾天皇)陛下との結婚は、あくまでも皇統をつなぐための政略的結婚だったのだ。

 美子中宮陛下にとって、最愛の人は、最初の夫の鷹司信尚だったのだ。

 それこそ愛妾で良いから傍に居たい人だったのに、結果的にこうなるとは。


 美子中宮陛下も、改めて想った。

 私が夫の今上(後水尾天皇)陛下に先立っては、どうにもならないだろうが。

 もし、私が夫の今上(後水尾天皇)陛下よりも長命したら、夫と千江皇后陛下を寄り添わせて、自分は最初の夫の鷹司信尚に寄り添って、葬られたいものだ。


 本来ならば、それが正しい姿だったのだから。

 でも、夫、今上(後水尾天皇)陛下のことだ。

 私に先立ったら、必ず私も共に葬るように、と遺言を残しそうだ。

 そして、私の子ども達を始めとする周囲の面々は、どちらの想いを重んじてくれるだろうか。

 本当に酷い混乱が起きそうな気さえ、自分はしてならない。


 でも。


 私は、スパルタのレオニダス王の故事を思い起こした。

 以前に観たギリシャ悲劇の中で、予言者のメギスティアスとレオニダス王は会話を交わす。

「私は望んでもいないのに、スパルタ王になり、素晴らしい姪を娶ることにもなった」

「仰られる通りです」

「今、又、同じことが起き、望んでもいないものを得ると言うのか」

「はい」

「望んでもいない何が得られると言うのだ」

「御身が死を。そして、素晴らしい名声を」


 その会話が交わされた後、レオニダス王はテルモピュライに赴き、圧倒的寡兵を率いてペルシャ軍と戦い、壮絶な戦死を遂げて、後世に名声を遺すのだ。


 私も同じだ。

 望んでもいないものが手に入ってしまった。


 それこそ唯の愛妾で良かったのだ。

 愛する人、鷹司信尚の傍にいられるのなら。

 だが、今の私は、九条家の養女になり、中宮陛下になり、皇太子殿下の生母等になった。

 

 皇統は、私の子孫が受け継ぐことになるだろう。

 摂家の殆ども、女系も介してのことになるが、私の子孫が受け継いでいくだろう。

 更に、私の子孫の血は世界の帝室、王室に広まっていくだろう。


 私が産んだ五つ子の一人、和子はローマ皇帝の下に、東方正教に改宗した上で、皇后として嫁いだ。

 そして、多くの子女を産み、その娘はフランス王家やドイツ帝室、スペイン王家や英国王室に嫁いでいったのだ。

 英国国教会が、東西両教会とフルコミュニオン関係を結んだことから、そのようなことになった。

 欧州の王家の血の紐帯を、結果的に和子は強めることになったのだ。

 そして、和子の子孫は、更に欧州の王室の間に広まっていくだろう。


 本当に私はこんなものを全く望んでいなかったのに、私の子孫は日本どころか、世界に広まった。


 美子中宮陛下はそこまで考えて、千江皇后陛下は黙って寄り添った末。


「先立ちますが、あの世では共に穏やかに」

「ええ、後を追いますが、あの世では共に穏やかに」 

 二人は共にそれ以上の言葉が出なかった。

 これで、完結します。


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