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目が覚めると、そこには暗闇だけが居座っていた。ヴァルもノアもキャロルも眠っている。
もうこんな時間かと思いつつ、頭を掻きながら部屋を出た。
一階に降りていくが深夜なのか人がいない。宿泊客に無料で提供される水をコップに注いで一気に飲み干す。そして、そのまま宿を出た。
月が綺麗だった。
「そういや、この世界にも月があんのか」
ちゃんと太陽もあるし、思った以上に元々暮らしていた場所に近いみたいだ。
そのとき、気配がした。
咄嗟に身をかがめると「ヒュン」という音が頭上を抜けていく。
これでよくわかった。たとえば暗殺者がいたとして、その暗殺者が狙っているのはノアではない、俺なのだ。
急いで物陰に隠れるが、銃弾が地面に当たる音が何度も聞こえてきた。
民家の陰から陰へと移動を続けるが、銃弾の音はどんどんと迫ってくる。まるで俺の居場所を完全に把握しているみたいに。
たしかに俺がいた世界には暗視スコープみたいなのもあったけど、さすがにこの世界にそれがあるとは思えない。
どれくらいそんな追いかけっこを続けていただろうか。いつの間にか銃弾の音は止んでいた。
「諦めたか……?」
物陰から顔を出した。人の気配は感じられないし、これだけ逃げ続ければ諦めても――。
「お前、何者だ」
後頭部に硬い物が押し付けられた。今のセリフといいこの感触といい、俺を狙っていたやつが銃を突きつけているんだろうという想像はできる。
「逆にお前が何者だよ」
「こっちの質問に答えろ」
声は中性的だがおそらくは女だと思う。俺は逃げてたんじゃなくて、コイツに逃げる方向を決められていたみたいだ。でなければこうやって先回りのような真似はできない。
「ただの旅人だ」
「ただの旅人が魔女を使役してビーストやギガントを引き連れているとは到底考えられないんだが」
「もしかして全部見てたのか……?」
「全部ではないがだいたい見てきた」
「なんのために見てたんだよ。ホントに暗殺者だったりすんのか?」
「よくわかったな。まあそんなところだ」
「当たっちまった……」
こんな状況で当たるもクソもないと言えばない。
「で、俺を殺すのか?」
「そのつもりだ。いや、そのつもりだった」
「なんで過去形なんだよ」
「こちらにも事情というものがある。だからここでお前を殺すことはしない。代わりに私の言うことを利いてもらいたい」
さっきまではいやに高圧的だったのに、今はなんだかしおらしい感じがする。「利いてもらいたい」っていうのがコイツの心情をそのまま表現してるみたいだ。たぶんなんかヤバい状況にあるんだろうってのはひしひしと伝わってくる。
「なんかイヤな予感がするんだが」
「お前にとっては悪い取引じゃない」
「内容を聞かないとなんとも言えないな。とりあえず俺はなにをすればいいんだ?」
「私も仲間に入れろ」
まさかそんな内容だと誰が予想しただろうか。
「仲間って、どういう意味だよ」
「そのままの意味だ。お前たちと一緒に行動したい」
「俺を殺すつもりだったやつと一緒に行動するって? どうかしてるだろ……」
「もしもお前にそのつもりがなければ、ころ、すぞ」
後頭部に押し付けられていたものがなくなり、代わりに柔らかくて重いものが押し付けられる形になった。
重いってレベルじゃない。人の体重くらいあるぞ。
いやこれは人だ。
その重圧から解放されるのと同時に、俺の横に女が倒れ込んだ。身長はそこそこあるが線が細い。顔の印象はややキツめだ。女は息を荒くして腹を押さえていた。手には銃。コイツが暗殺者だってのか。
「おい大丈夫かよ」
肩を掴んでそっと揺らす。女の目蓋が開いた。だがなにも言うことなく目を閉じ、そのまま意識を失った。
「どうなってんだ……」
地面と体の間に腕を差し込んで胴体を浮かせる。ぬめりとしたなにかが女の体を覆っていた。それがなにかわからないほど俺もバカではない。
女を抱きかかえた。思ったよりも軽い。これなら刻印の力を使えば抱えたままでも走れるだろう。
ノアの刻印を使って町の中を駆け抜けた。




