8 ヴァレリア
ヴァレリアたち三人は宿を出て町を散策した。町の人に話を聞きながらいろんな店を探した。町の人たちは少しだけ引きつったような顔をしていたのが気になった。
最初はパン屋だった。
パン屋に到着し、三人は思い思いのパンをオボンに乗せていた。おそらく一食分よりもずっと多く、店主は目を丸くしていた。それでも三人は気にすることなくパンを買って外に出た。自分たちが食べる分もそうだが、映司が起きた時に腹をすかせていたら困るだろうという配慮もあった。
「それにしても、エイジはやたらと身体が弱いよわね」
外にでてすぐにエレノアがそう言った。キャロルは「そうなの?」と首をかしげていた。
「そうなの。すぐ頭痛いっていうしすぐ熱出すの」
「エイジのこと、ちゃんと話したことなかったわね。少しだけ話しましょうか」
「ちょっと待って。ここで話すの? もっとちゃんとしたところで聞きたいんだけど」
「こういう時じゃないと話なんてできないでしょ。いつもエイジがいるんだから」
「それは、そうだけど……」
パンが入った紙袋を持ち直し、深く息を吐いた。
「あの子は私が異世界から召喚したのよ」
「イセカイってなに?」
「私たちがいる世界とは異なる場所にある世界よ。こことは違う文明、こことは違う言語、こことは違う生活を送っていた人間を私がこの世界に引き入れた」
「そんなことどうやって? 本当にできるの?」
「私を誰だと思ってるの? 稀代の大魔女ヴァレリアよ? それくらいわけないわ」
酒の勢いと男への執念がそうさせたなど口が裂けても言えなかった。
それもそのはずで、魔女というのはこの世界においてその地域を守る象徴でもあり、畏怖の象徴にもなりうる。叡智の結晶、生ける遺産、様々な呼ばれ方をする。それほどまでに、人々にとっては近づきがたい存在であった。
「魔女がすごいっていうのは知ってるけど、どんなことができるかまでは知らないわ」
だが魔女を恐れているのは一部の人間で、魔女を崇拝するのもまた一部の人間である。エレノアのように奴隷として扱われ続け、外からの情報に疎い者にはあまり関係がない。
「ま、まあいいわ。それでエイジを召喚したのだけれど、どうやら記憶に障害があるみたいなのよ」
「それが頭痛の原因ってこと?」
「時々記憶が戻るみたいでね。記憶っていうのはすごく大きな情報なの。その時の風景であったり、音であったり、心情であったり、人や物質との距離感であったり、その出来事の前後の記憶を結びつける記憶を呼び覚まそうとしたり。そのせいで頭痛が起きるんだと思う」
「体調が悪くなるのもそれが原因?」
「そっちは免疫の問題だと思うわ。別の世界から来たんだもの、すぐにこの世界に順応できるわけがない」
「なるほど、ね」
薬屋に到着し、ヴァレリアだけがカゴを持った。他の二人は薬の知識がないからだ。
「とりあえず解熱剤と、抗生物質かな。あとは鎮静剤と――」
ポイポイと様々な薬をカゴへと入れていく。調合用の薬草数点やガンバンコウモリの素揚げをカゴに入れてからカウンターへと歩いていった。
エレノアは興味深そうに商品を見て回っていたが、キャロルはつまらなそうに店内のソファーに腰掛けていた。
買い物が終わり、エレノアがキャロルの手を取っていた。
途中でお茶を飲み、服を見て、アクセサリーをキャロルに買ってあげた。キャロルは身体が大きかったため、今までアクセサリーの類を身に着けたことがなかっただろう、というのがヴァレリアの考えだった。
すでに二時間程度経過していたが、三人はマイペースで買い物をし続けた。
次は酒屋に向かうことになった。もちろんヴァレリアが飲むための酒だ。
「ヴァルはさ、エージを召喚して後悔してない?」
「なにいきなり言い出すのよ。別に後悔なんてしてないわよ。ごめん嘘、ちょっと後悔してるわ」
「その後悔はエージに対して申し訳ないと思ってるから? それとも奴隷にさせられているから? それとも――」
「あーもういいからその続きは。全部よ。全部でいいわよ。いろんなこと後悔してるから」
「贖罪するつもりは?」
「そんな機会、これからいくらでもあるわよ。アンタらが死んでも私は生き続けるわけだし」
「普通の人間に戻ろうとは思わない?」
「今は特に思わないわね。長く生きてると時間の流れがどんどんと早くなっていくものなのよ。だから慣れるし苦にもならない」
「ホントに?」
「ホントよ」
目と目が合うと思わず笑ってしまった。
「なに? 私にそんなに興味があるの? 以外ね」
「そうかな。私はいろんなことに興味があるだけよ」
「好奇心はサラマンダーよも殺すっていう言葉があること知らないの?」
「知ってるけど私はサラマンダーじゃないから」
「好奇心の話をしてるんだけど……」
酒屋に到着し、エレノアとキャロルを表に残してヴァレリアだけが中に入った。
飲んだことがない酒の瓶を二本ほど買って出口に向かった。あまり悩んでも二人に申し訳ないと考えたのだ。




