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幕間:靴屋その後・サラの悩み

「ここ最近調子良さそうじゃない?」

「分かる? 新調した靴がね、思いのほか調子よくって」


 ここはアヴィーラ伯爵領のとある倉庫。

 せっせと何かを木箱に詰めつつも会話しているのは、ここに勤める女性二人だ。


 茶髪の女性の足元は、決してお洒落ではないが真新しい綺麗な靴が輝いている。

 同僚が興味深げにその足元を覗いている。


「へぇ、よかったじゃない! かなり悩んでたもんね」

「そうね。本当に転職も考えてたくらいだったから……」


 茶髪の女性は、以前は立ち仕事の無い部署を担当していた。

 しかし数ヶ月前に倉庫勤務へ異動。理由は人手不足だ。

 もともと足に悩みを抱えていた女性は、一気に足の負担が増えてしまった。

 元いた部署への異動も叶わず、長く務めたこの職場を退職することまで仄めかしていたのだ。


 それがここ最近、足をかばうような動きが見えなくなった。

 だから不思議に思い、同僚が声をかけたのだ。


「ちなみにどこで買ったの?」

「靴屋通りの店なんだけどね。店主はええっと……、アラノさんって言ったかしら」

「聞いたことのない名前だね」

「そうなの。その靴屋の案内が書かれた紙をもらわなかったら気づかなかったわよ。ほら、私の足にあう靴が無いってずっと言ってたでしょ。その店はね、足に合わせて調整してくれるの」

「ってことはオーダーメイドで買ったの!? リッチだねぇ」


 やはりアラノの店は、まだ広くは認識されていないようである。

 靴屋といえば例の安売り店二店舗が強いという状況は今でも変わっていない。

 目を真ん丸にして驚いている同僚も、安売り店以外の店はオーダーメイドと思い込んでいたようだ。

 茶髪の女性は苦笑しながら答える。


「私の稼ぎなんて想像つくでしょ。同じ仕事してるんだから」

「まあ確かにそうだね。だけど……」


 そう言うと同僚は作業している手を止め、再び相手の足元に視線を落とす。

 見た目にもしっかりした作りである。

 決して安物には見えない。


「この靴ね、オーダーメイドではないんだけど、私の足に合わせて調整してもらえたの」

「でも安くはないよね?」


 やはり同僚は金額が気になるようだ。

 小さくため息をつくと、茶髪の女性はその質問に答える。


「まあ、ね。大銀貨六枚だから、かなり思い切って買ったわ」

「うわぁ、やっぱり結構するんだ。それだけあったら贅沢三昧だよ!」


 確かに大銀貨六枚といえば一ヵ月の生活費の三分の一くらいである。

 同じ靴同士で比較しても、安売り店の十倍近い価格だ。

 高級料理店で腹いっぱい食べてもお釣りがくる。

 だが、オーダーメイドの靴は更に高い。


「それでもオーダーメイドと比べたら雲泥の差なの……」

「でも何だかもったいない気がするなぁ」

「私にとっては大きなことなの。悩みが無い人が羨ましいわ。私なんてもう、あの靴屋さんが無くなったら困っちゃうくらいだよ」


 少し語気が強くなる女性。

 同じ悩みを抱えていない相手にはなかなか伝わらない話である。


「……そっか。ごめんね、言いすぎちゃった」

「ううん、いいの」

「それにしても靴でそんなに変わるとはね……。治療院でも解決できなかったのに」

「治療院はね、受けたその時は良くなるんだけど、すぐにまた痛くなっちゃうの。痛くなる原因は合わない靴だったから。それを解決しない限りは通い続けないといけなかったのよ」

「そっか。それを考えたらすぐに元は取れそうだね」

「そうそう、そうなの」


 そう言うと女性は作業台に乗っている仕事へ目を向ける。

 いつの間にか作業していた手は止まっていた。

 仕事はまだまだ山のようにある。

 残業代などという制度は無い。

 早く片付けるに越したことはない。


「さて、口だけじゃなくてそろそろ手も動かそうか」

「うん。そうだね」




 一世代前であればオーダーメイドが当たり前だった靴業界。

 今ではその面影はほとんど残っていない。


 しかしこの女性のように、足に悩みを抱えている人は多くいる。

 だからこそその悩みが相談でき、さらには改善までしてもらえるアラノの店はこれからどんどん固定客が増えていくことであろう。


 安売り店は、今のところ追従していない。

 それにかけるコストが見合わないと判断しているようだ。

 今のところ、うまく棲み分けができている。


 ただし、まだまだ安心はできない。

 王都の工房から仕入れられなくなったら、競合店がフィッティングに参入してきたら……などリスクが尽きることはない。

 他店に浮気されないくらいの信頼関係をこれから構築していけるか、アラノの腕にかかっている。



   ◇



 時と場所は変わって、とある日曜日のこと。

 とあるカフェではプチ女子会が開かれていた。


「はぁ……」

「どうしたのサラちゃん。元気無いじゃないの」


 テーブルを挟みお茶を飲んでいるのは、サラとルティアだ。

 オリーブオイルという仕事上の繋がりがあり、定期的に顔を合わせていた二人。

 一時は恋敵としてルティアを意識していたサラだが、思い過ごしだと知ると一気に仲良くなる。


 今ではこうして時おり女子会を開くくらいの仲だ。

 しかし今日のサラからは、いつもの元気さが窺えない。

 何かに悩んでいる様子だ。


「うーん、ちょっとね……」

「ちょっとじゃ分かんないよ?」

「…………」

「もったいぶってないで話しちゃお。話したって減るものは無いんだし」

「そうなんだけど……」


 煮え切らない態度のサラ。

 なかなか切り出しにくい話題のようだ。

 お茶を飲むわけでもなく、手元のカップを手に取ったり揺らしたりする。


「ほら、解決できるかは分からないけど、話したらスッキリすることもあるよ」


 その言葉でサラは伏せていた顔を上げ、ルティアと視線を合わせる。

 トレードマークの真っ赤なポニーテールが軽く揺れる。


「あのね、ルティアさん」

「なあに?」

「コースケさんってどんな人だと思う?」

「どんな人って、変な質問するのね。サラちゃんの方が一緒にいる時間が長いんだから、あたしより詳しいでしょ」


 期待した答えが得られなかったサラは言葉を続ける。


「それはそうなんだけど、イマイチよく分からないことが多くて……」

「仕事はかなり優秀だしお金は持ってそうだし、顔はまあ……それなりだし。何が分からないの?」

「えっ、あ、その……」


 ここで言葉に詰まるサラ。

 慣れない話題を相談しようとしているため、うまく悩みが表現できていない。

 どうやって答えようか悩んでいると、ルティアが先に口を開く。


「うふふっ、その様子だとコースケがサラちゃんのことどう思ってるのか気になってるんでしょ」

「うっ……」


 図星だったようだ。

 ルティアは紅茶を一口飲むと、真面目な顔になり身を乗り出す。

 大きい何かがテーブルに乗り強調される。

 隣席の男性客がチラチラと視線を送るがルティアは気にも留めない。


「まだ進展してないの?」

「そう……なんです」

「こんな可愛いサラちゃんを放ったままなんて、コースケは罪な男ね」


 ルティアは姿勢を戻すと紫色の長い髪をかきあげ、言葉を続ける。


「ちゃんとアピールしてる?」

「もちろん! 手料理も食べてもらったしお洒落だってしたし……」

「お、努力してるね。えらいえらい」

「でも全然振り向いてくれないの。この前なんか久しぶりにコースケさんとお出かけだから精一杯お洒落したのに、開口一番『汚れてもいい服に着替えて』だよ!」


 サラが言っているのはアラノの店の大掃除をした日のことだ。

 事前に知っていれば別な日を楽しみにすることができたのに、当日いきなりである。

 そして幸助のフォローといえば「明日着れば」だ。

 気の利かない男と思われても仕方ない。

 その顛末をサラは勢いよく説明する。


「あはは、そりゃ大変だったね」

「でしょでしょ! それにいつも子ども扱いだし。私がたまにいいこと言うと頭ポンポンするんだよ」


 確かに幸助はよくサラの頭をポンポンしていた。

 サラはそれが嬉しかった半面、子ども扱いされているとも感じていたようだ。


「だから私思ったの」

「うん? 何を?」

「コースケさんが……」

「……?」


「男に興味があるんじゃないかなって!」


 男に興味がある。即ちアッー! なことである。

 もちろんこの世界にも性の多様性はあるが、それは少数派だ。

 想像の斜め上を行くサラの言葉にルティアは爆笑する。


「あははは、そんなことないよ。コースケが男好きなんて断じて……ぷぷっ、あははははは」

「ルティアさん、笑いすぎ」

「ごめんごめん。だってサラちゃんが面白いこと言うから」


 笑いすぎで目尻に溜まった涙をハンカチで拭くルティア。

 サラはというと不服そうに頬を膨らましている。


「もう、ルティアさんたら……。絶対にそうじゃないって断言はできないのに」

「断言できるよ」

「えっ? 本当に?」

「だってあたしの胸元よく見てるもん。それが何よりの証拠だよ」


 特に夏場はねと続けるルティア。

 そしてサラはというと、プンスカと怒り出す。


「もう! コースケさんったら失礼な!」

「男はみんなそうだよ。コースケだけじゃないからさ、そこは怒らないで、ね」

「それでも!」

「まあまあ、これでサラちゃんの疑念は解消されたわけだからさ」


 ルティアにたしなめられ、サラはようやく大人しくなる。

 しかしまだ根本的なところは解決していない。

 男好きではないとしたらサラ以外に意中の人がいるのか、はたまた故郷に許嫁いいなずけがいるのか。

 そういえば故郷の話は出会った時に少し聞いただけで、詳しく聞いたことがない。

 思考がグルグル巡り、混乱するサラ。


「うぅ、何だかよく分からなくなってきたよ」


 溶けるようにテーブルへ伏せる。

 その様子にルティアは困った表情を浮かべる。

 ルティア自身も幸助に聞いたわけではないので本当のところは分からない。

 人生の先輩として経験と予想で話すしかない。


「サラちゃん、なんだかんだ言ってるけど、コースケのこと好きなんでしょ?」


 サラはゆっくりと顔を上げ、口を開く。


「それはもちろんそうだけど……」

「絶対にサラちゃんのことは意識してると思うよ。でなきゃそんなにいつも一緒には居てくれないでしょ。でも……」

「でも?」

「何か無理して意識してないふりをしてるように見えるんだよね」

「どういうこと?」

「うーん、何て言ったらいいかな。何かコースケ自身にルールがあるとかかな。何か目標があって達成するまでは恋愛禁止とか」

「それならいいんだけど……」


 完全に想像の話ではあるが、少しは納得したようだ。

 手元にある紅茶を初めてすする。


「まだ焦らなくてもいい年だし。じっくりと待ってみればいいんじゃない?」

「そうだね。そうするよ。お母さんが「いつコースケさんと引っ付くの」って煩いからちょっと焦っちゃったよ」

「確かに優良物件だからね、コースケは」


 やっぱり私も猛アタックしてみよっかなとルティアは続けると、悪戯っぽい表情を浮かべる。


「えっ!!!」

「冗談だよ。うふふふ」

「もー、ルティアさんったら」

「ほら、これ食べてごらん。ここのクッキー、甘くて美味しいよ」


 解せない表情をしているサラの口に無理やりクッキーを入れるルティア。

 されるがままにクッキーを受け入れると、モグモグと口を動かす。

 その瞬間、サラの顔にパッと笑顔が咲く。


「うん! 美味しいねっ!」

「でしょ。新作なんだって」

「へぇ、そうなんだ!」


 今度は自分でクッキーをつまむと、パクリと口へ放り込むサラ。

 かなり気に入ったようだ。


「それでねサラちゃん、この前のことなんだけど」

「なになに?」


 そのまま話題は別のテーマに移る。

 二人の女子会は、しばらく続く。


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