6.ランディの活躍
ホルガー渾身の作品である初心者向けの槍が完成した数日後の夜。
幸助はいつものように宿の一階で一人寂しくジョッキを傾けていた。
今夜のつまみは塩味のきいた豆だ。
この宿屋は、つまみのレパートリーはそれほど多くない。
幸助は、肴は炙ったイカでいい派なのだが、生憎まだこの世界でイカとは出会っていない。
仕方ないのでシンプルで素材の味が楽しめるつまみを選んでいる。
ホルガーから槍を預かった後、すぐにランディへ持っていこうとした幸助。
しかし、なかなかその姿を見かけることができなかった。
仕方ないので毎日こうしてアイディアを脳内で練っているのだ。
「あーあ。何度考えても武器ってイメージ湧かないなぁ。食べ物だったらいろいろ思いつくのに……」
様々な業界を見てきた幸助であったが、やはり武器屋はあまりにも環境が違いすぎた。
この世界で請けたアロルドとルティアの店は、いずれも食品関係だ。
環境が違えども、イメージはしやすかった。
もっとも、イメージするというよりは食べたいという欲求が強かっただけかもしれないが。
緑色の豆を手で二個つまむと、ぽいっと口へ放り込む。
そして大して咀嚼しないうちに、それをエールと共に胃へ流し込む。
「はぁ」
ため息をつく幸助。
二杯目のジョッキが空になった。
エールのお代わりをしようとして店員を探すと、入口から一人の大男が入ってくるのが目に入る。ランディだ。
幸助は声を張る。
「ランディさん!」
店内はいつもの喧騒に包まれていたが、幸助の声はランディへ届いたようだ。
幸助の姿を認めると、カウンターへやって来る。
「おう、コースケ。今日も一人で寂しそうだな」
「そ、それは言わない約束で……」
「仕方ない、俺がつき合ってやるよ」
手にしていた大きめの荷物を足元にボスッと投げ置き、そのまま隣の席に腰掛けるランディ。
ちょうどカウンター内に戻って来た店員へ声をかける。
「エールを一杯くれ」
「あ、僕もお代わりを一杯ください」
ゴトリ。
ほとんど待たずして木製のジョッキになみなみに注がれたエールが二人の前へ置かれる。
「乾杯!」
ランディは喉を鳴らしながら豪快にエールを飲む。
それとは対照的にちびちびと啜る幸助。
「プハァ! 仕事の後の一杯はたまらんな!」
ランディが落ち着いたのを確認すると、幸助は話し始める。
「ランディさん、ここ二・三日見かけませんでしたね」
「ああ。野営の必要な場所まで討伐に行ってたからな。ちょうど帰って来たとこだ」
「そうなんですね。お疲れ様でした」
幸助は自分の前に置いてあるつまみの皿をランディとの間へ移動させる。
「これ、つまみますか?」
「おう、悪いな」
ランディはその大きな手で豆を掴むと口へと放り込む。
一気に皿の中の残りが少なくなる。
「パーティーメンバーの方は?」
「今回はちと難易度が高めでな。あいつらは置いてったんだ」
「そうなんですね」
最近魔物の数が増えてきてな、と続けるランディ。
幸助も何度か耳にしたことのある情報である。
もっとも、戦闘力皆無の幸助にとってはどこか別世界の話に聞こえているのだが。
「それよりも、前話してた武器はどうなった?」
「あ、はい。僕もその話がしたかったんです。完成したものが部屋にありますので、取ってきますね」
そう言い残すと幸助は自分の泊まっている部屋へ槍を取りに行く。
残されたランディは店員を捕まえ、追加注文をする。
「エールをもう一杯と、何か肉を焼いたものをくれ」
「あいよ! ちょっと待っててね」
店には団体客がやって来たようで、店員はてんてこ舞いだ。
待つこと約二分。
エールが運ばれたタイミングで、槍を手にした幸助が戻って来た。
「ランディさん、お待たせしました。これがその槍です」
「ほう」
幸助から槍を受け取ると鞘を取り、検める。
正面から、斜めから、拳で叩き、手のひらで撫で、その品質を確認する。
その顔は真剣そのものだ。
その姿を緊張の面持ちで窺う幸助。
「どうですか?」
「…………」
「……」
「いいじゃないか! こりゃ一級品だぞ」
一気に破顔するランディ。
そしてほっとする幸助。
ホルガーの腕を疑っていたわけではなかったが、実際に使う立場である冒険者の口から品質が裏付けられると安心できる。
あとは実戦で試してもらうのみである。
「ちなみに値段はどうなった?」
「金貨一枚です」
「そうか。初めて買うには高いかもしれんが、これだったら長く使える。トータルでは安くつきそうだな」
「はい。僕もそう思います。それでですね、この槍、ランディさんのパーティーメンバーに使ってもらいたいんです」
パーティーメンバーとは、以前ここで食事を一緒にした若い槍使いのことである。
他のメンバーからは武器壊しとも言われていた。
「アイツは金がないぞ?」
「いえ、モニターということでお金はいりません」
「モニター? なんだそれは」
この世界ではなじみの無い言葉であったようだ。
「期間限定の無料貸し出しみたいなものです。一ヶ月くらい使ってもらえないですか?」
「それなら喜んで受けてやるよ」
「ありがとうございます」
では、と言いながら幸助はランディへ槍の鞘を預ける。
それを受け取ったランディは鞘を装着すると自分の剣と並べて槍を置く。
「はい、鶏のステーキね。お待たせ」
話の切りがついたところで、ちょうどランディが注文した肉が届く。
人の顔ほどもある鶏の骨付きモモ肉がジュージューと音を立てている。
幸助の喉がゴクリと鳴る。
「よし、コースケ。お前も食え」
「はい。いただきます」
こうして一歩ずつ牛歩のごとくではあるが、ホルガーの店の改善は進んでいく。
◇
数日後の午後。
ホルガーの店での用事を済ませた幸助は、街の南北を貫くメインストリートを歩いていた。
(それにしても進捗がゆっくりだよなぁ。
勤めてた会社だったら毎日朝礼で追及されるとこだったよ。
ケータイもメールもないから連絡も大雑把だし。
最初は落ち着かなかったけど今はこっちの方が性に合うのかもしれないな)
当初はすぐに連絡が取れないことがストレスに感じていた幸助。
しかし、今はもう慣れた。
逆に縛られない生活もなかなかいいのではと思うことすらある。
社畜時代には、便利すぎることによる弊害も感じていたからだ。
電話とメールの処理で多くの時間を費やし、企画を考えるのが夜になることも多かった。
それに激務に耐えかね漫画喫茶で息抜きをしたところ、会社支給のGPS内蔵スマホでバレたという苦い経験もある。
「おう、コースケ!」
「コースケさん!」
冒険者ギルドの前に差し掛かった時のこと。
幸助を呼ぶ声が耳に届く。
声のした方を向くと、ちょうどランディとパーティーメンバーが冒険者ギルドから出て来るとこであった。
「あっ、ランディさん」
今日は四人とも揃っている。
皆、機嫌がよさそうである。
「コースケ。例の槍。ありゃすげーぞ」
「初めて僕の攻撃がレッドボアに通じたんです!」
しかも大型のやつを、と槍使いは続ける。
まだ余韻が残っているのか興奮気味だ。
その手にはホルガーが打った槍が握られている。
「もちろんパーティーメンバー全員で力を合わせて討伐したんだが、まさかレッドボア相手にコイツが役立つとは思わなかったぞ」
「前に対峙した時は歯が立たなくて、穂先を折っちゃったんです」
「そうなんですね。武器が役立ってよかったです」
「これで僕も初心者卒業ですね。あいてっ!!」
槍使いの頭にランディのげんこつが落ちた。
「ま、槍はいいんだが唯一の欠点はこいつが腕が上がったって勘違いしたことかな」
「あははははは、間違いない」他のメンバーが笑う。
これで武器の性能は証明された。
初心者向けの武器は脆く弱いという常識を覆したのだ。
あとは初心者が手に入れられる仕組みを作るだけである。
そこで、幸助はランディへ告げる。
これから考えていることはランディの協力なしでは考えられないことだ。
「ランディさん、今少しだけ時間いいですか?」
「ああ、今日の仕事はもう終わったからいいぞ」
立ち話もなんだからと、ギルド内の飲食スペースへ腰かける幸助とランディ、そしてパーティーメンバー。
時刻はまだ夕方には早い。
従ってギルド内はそれほど混雑していない。
飲食スペースでは所々酒を呷っている冒険者がいる。
ランディがメンバーの一人に銀貨を握らせると、小走りに飲食カウンターへ向かう。
ここはセルフサービス方式である。
飲み物を買いに行ったようだ。
程なくして盆にお茶を五つ載せて帰って来た。
「実はあの後いろいろ考えたのですが……」
「良いアイディアでも思いついたか?」
「良いかどうかの判断をお願いしたいんです」
何だ、と言うランディに真剣な視線を向ける。
ひと呼吸置くと、幸助は自身の考えを伝える。
「『ギルド認定武器』という制度ができないかなと思いまして」
幸助は悩みに悩みぬいた末、冒険者ギルドを巻き込むことを考えた。
ホルガーの店は接客はダメ。接客はダメだが武器の性能はいい。武器の性能はいいが価格は高い。価格は高いが分割払いはダメである。
要するに店単独では売れる要素が全くなかったのだ。
だから『ギルド認定武器』という制度を設け、一定の便宜を図ってもらえないかと考えたのだ。
「それは具体的に?」
「はい。この槍のような優れた武器をギルド推奨の武器として認定してもらいます。その武器の購入ができない冒険者に対しては、ギルドが融資なり費用の一部負担をしてもらえないかなと」
「ギルドの負担が増えるぞ。何かメリットがあるのか?」
「討伐依頼の成功率が上がりますよね。今日のレッドボアのように」
そこまで言われてランディは気づいたようだ。
目を見開きテーブルをバンと叩く。
「そうか! 良い武器が俺らの手に行き渡ればギルドにも利益が出る。そういう事だな!」
「はい。相乗効果が期待できます」
「よし。善は急げだ。ついてこい。ギルドマスターに掛け合うぞ」
お前らはここで待ってろと言い残すと、受付カウンターへずんずん進む。
その後ろに幸助が続く。
受付嬢が営業スマイルでランディと幸助を迎える。
以前幸助がいくつかの質問をした受付嬢である。
「あら、ランディさん。先ほどはお疲れ様でした」
先ほどというのは、ついさっきレッドボア討伐達成報告をした時のことだ。
「隣の方は……、確かいつの日か来ていただいた方ですよね。いよいよ冒険者登録ですか?」
ニコりと幸助へ微笑む。
「い、いや、そうではなくてですね……」
幸助が返答に困っているとランディがストレートに用件を伝える。
「ギルドマスターに会いたい。いるだろ?」
「どのようなご用件でしょうか?」
「冒険者ギルド全体にかかわる大事なことだ」
「畏まりました。少々お待ちください」
通常であれば門前払いであろう面会理由であるが、受付嬢は取り合ってくれた。
ランディの信頼は相当厚いようである。
程なくして奥で何か確認していた受付嬢が戻ってきた。
「お待たせいたしました。二階の会議室にお越しください」
受付嬢に案内され、石でできた階段を上り二階へ向かう幸助とランディ。
二十人は座れるであろう大きな部屋へ通されると、身近な椅子へ腰かける。
事務員らしき人がお茶を三つテーブルへ置く。
三分ほど待つと入口から細身の男性が入って来た。
「ランディさん、こんにちは。そちらの方は……?」
「初めまして、幸助といいます」
「私はギルドマスターのカミュと申します。本日はどのようなご用件で?」
自己紹介が済むと二人はギルドマスターへ用件を伝える。
駆け出しの冒険者が起こす事故のこと。
武器が原因の一つであること。
よい武器ができたこと。
ギルド認定制度のこと。
双方にメリットがあること……などである。
「いかがでしょう?」
「……」
一通り伝えるとお茶で喉を潤す幸助。
コト、とカップを置くと静寂が会議室を支配する。
一分ほど考え込んでいただろうか。
両手で肘をつきながら目を閉じていたギルドマスターがゆっくりと目を開けると幸助へ視線を送る。
「お話は分かりました。しかし生憎我々も仕事を多く抱えておりましてね……」
「双方にとってメリットのあることではないでしょうか?」
「いやぁ、ですから……」
ダン!!!
ギルドマスターが言葉を濁していると、ランディの鋼のような拳が会議室のテーブルを叩く音が響く。
「今まで日和見してたから事故が増えてんだろ! いい加減行動しろよ! 冒険者の命を守るのもギルドの仕事だろ。職務怠慢と上に報告するぞ!」
語気を荒げるランディに、呆気にとられるギルドマスターと幸助。
「コースケ、行くぞ」
ランディにいざなわれ、幸助は会議室を後にする。
そこには未だに呆然としているギルドマスターだけが残されていた。




