3.どこにも売ってないオリーブオイル
「あなたのお店、僕が流行らせてみせます!」
そう力強く宣言する幸助。
それを聞いたルティアの顔がほころぶ。
しかし、目は笑っていない。
「ふふっ。面白いこと言うのね」
「僕は本気ですよ」
「あら、何で赤の他人のお店を手伝ってくれるのかしら」
自分の仕事のことをどうやって説明しようか思案する幸助。
この世界ではコンサルティング業というカテゴリは存在しない。
だから一言で説明ができないのだ。
「えっと、ルティアさん。この道を住宅街の方へ行ったところにある『アロルドのパスタ亭』ってご存知ですか?」
まずはアロルドの店でやったことを紹介することに決める。
この仕事は実績が大切である。
もちろん、アロルドの許可はもらっている。
「ああ、知ってるよ。最近噂のパスタレストランね。一回だけ行ったことあるよ。ただ、あたしの店がこんなだし、一回しか行ってないけどね」
巷でアロルドの店は噂になっているようだ。
幸助は店の認知がどのように変化したか知りたくなり、ルティアへ質問する。
「ちなみにいつ頃そのお店が開店したか知ってますか?」
「うん? ここ最近のことじゃないのか? それまで全然耳にしたことなかったよ」
「実は、一年以上前なんです」
「へぇ、そうだったのね」
やはり店の存在自体、当初は知られていなかったようだ。
「それでそのパスタレストランがどうかしたのかい? ご馳走だったら遠慮なく受けてあげるけど」
「あ、ご馳走はまたいずれ」
「なんだぁ。残念ね」
ふふっと笑いながら紫色の髪をかきあげる仕草をする。
チラッと見えるうなじがセクシーである。
「実は『アロルドのパスタ亭』も三か月前まではルティアさんみたいに困っていたんです」
「うそ。あれだけ流行ってるのに?」
「本当です。それまでは閑古鳥が鳴いていたんですよ。たまたま匂いにつられて店に入ったら困っているということでしたので、僕が少しだけ手伝ったんです」
「へぇ。何を手伝ったの?」
少し興味を持ってもらえたようである。
「立て看板を設置したりメニューを変えたり……、といったところですね」
「ふぅん、それだけで繁盛店になるなんて、ホントかしら」
やはり俄かには信じられないようである。
いろいろ試行錯誤したのにも関わらず、言葉にするととても軽く感じる。
しかし幸助は今回も報酬は後払いプランを提案する予定であった。
そのあたりの説明をすれば試してもらうことはできるだろうと踏む。
そう言おうとすると、それより早くルティアが口を開く。
「じゃぁコースケ。あたしの店ではどんなことできるのかしら」
思いがけず、ルティアの方から願ってもない質問をしてくれた。
「そうですね……」
幸助は悩む。
アロルドの店の場合、要となるパスタの味は一級品であった。
そのため「店に来てもらう」というハードルさえクリアーすればよかったのだ。
調子に乗ってカルボナーラを開発してもらったりもしたが。
しかしルティアの店の取扱商品は本当にどこにでもある商品ばかりである。
ライバル店と同じと卸売商から仕入れているため、品質で勝負することもできない。
そもそも小麦の販売は免許制のため仕入先を変えることもできないのだ。
しかも、原価は絶賛上昇中。
小麦以外の取扱商品も豆や雑穀ばかりである。
これらもどこにでもある商品である。
サラが考えたセットメニューを応用することも適わない。
(これは困ったなぁ)
ルティアの店には「店」としての特徴がない。
どこにでもある商品しかなく、他の店でも代替がきくのである。
ルティア自身も若く、店を継いで間もないためノウハウも少ない。
「あなたの店から小麦を買う理由はなに?」という質問に答えることができないのだ。
アロルドの店ならば「ここでしか食べられないトマトバジルパスタが食べられる」と答えることができるのに。
勇み足で店を流行らせるなんて宣言をして少し後悔する幸助。
「ルティアさん、穀物や豆類以外に取り扱ってる商品は無いですか」
「ああ、無いねぇ」
想像通りの答えが返ってきた。
「○○ならルティアの店に」という何かを探したかったのだが、初っ端から頓挫してしまいそうである。
再び考え込む幸助。ふと正面を見ると、ルティアが何か言いたそうにしているのに気づく。
「……」
「どうしました?」
「ああ、あのね」
そう言いながら店の奥から小さな瓶を取り出すルティア。
「ウチは小麦店だからおかしな話なんだけどね。こんなのがあるんだ」
瓶をテーブルの上に置く。
ふたを開けると中には液体が入っていた。
ふわっと香りが幸助へ届く。
幸助にとっては懐かしい、日本でよく行っていた店の香りだ。
「これってオリーブオイルですか?」
「ああ、そうだよ」
「味見してみても?」
そういうとルティアは瓶から少量のオリーブオイルをすくい、幸助の手のひらにたらす。
幸助は手を顔に近づけ香りをかぐ。
透き通った黄色いオイルから芳醇な香りが溢れている。
十分に香りを味わった後、それをなめる。
「美味しいです。こんなにいいオリーブオイル、この街で初めてです」
一般的な小売店にもオリーブオイルは売っている。
パスタを扱っているアロルドの店にも当然置いてあった。
しかし、味も香りもかなり悪い。
だからアロルドにペペロンチーノを作ってもらうことができなかったという経緯もある。
「でしょ。このオリーブオイルは他とちょっと違うんだ」
「ですね。でも何で目立つところに置いてないんですか? これは売れそうですよ」
「何でってコースケ。小麦屋がオリーブオイルを売るなんておかしな話じゃないか?」
「えっ? 全然おかしくないと思いますが」
「いや、おかしいよ」
どうやらルティアの中では、小麦屋はオリーブオイルを売ってはいけないことになっているらしい。
「小麦が中心ですが豆類は置いてあるじゃないですか」
「それはいいんだよ」
「何でですか? 豆だって小麦じゃありませんよ」
「…………」
「……」
「そう言われるとそうだな。何でだろ?」
凝り固まった思い込みに気付いたようである。
「法律でダメと決まってないならば、何だって品揃えしてもいいんですよ」
一貫性やコンセプトも無くやみくもに増やすのはダメですがね、と言い幸助は続ける。
「でも何でこんなに質のいいオリーブオイルがあるんですか?」
「ウチのいとこがオリーブ農家でね、一番いいところを卸してもらってるんだ。と言うか、向こうも持て余してるみたいでね。趣味でやっているようなものだからかなり安く買わせてもらってるの。ただ、いくらでも売ってくれって言われてるんだけど、本当に仲のいいお客さんにしか出してないんだ」
その後幸助はルティアにこの世界のオリーブオイル事情を聞く。
その話によると、国内でオリーブオイルはほとんど生産されていないようである。
ほとんど隣のそのまた隣のローマリアン帝国から輸入しているそうだ。
流通経路が長かったり保管の方法に問題があり、マドリー王国に到着するころにはかなり劣化している。
それでも上質な原料を使ったものは貴族や富裕層へ流通する。
一般市民に流通するものは、もとから品質の低いオリーブの搾りかすなどから無理やり搾り取ったものである。
これではオリーブの香りは期待できない。
この話を聞き、そういえば日本でもオリーブオイルの質で名前に違いがあったなと思い出す幸助。
スーパーマーケットでは主に「エクストラバージン」と「ピュア」というものが並んでいる。
「エクストラバージン」はルティアが扱っているものと同じである。
「ピュア」は、名前を聞くと何だか良い品質に感じるが、結局は搾りかすから溶剤を使って科学的に抽出(溶出)した精製オリーブオイルに少量のバージンオイルを混ぜたオイルのことである。
味も香りもほとんど無い。
「最高品質のものが安く入る。これですよ! ルティアさん。まさにブルーオーシャンです」
「ブルーオーシャン? なあに、それは」
「ええと、競合相手のいない領域のことです」
幸助の勤めていた会社では、誰も競合相手のいない市場や業種のことを「ブルーオーシャン」と表現していた。
その対義語は血みどろの競争が繰り広げられる「レッドオーシャン」である。
ちなみに、ただの小麦屋は競合だらけの「レッドオーシャン」である。
「なるほどね。でも、オリーブオイルだけで店が何とかなるのかしら?」
「それはやってみなきゃ分かりませんよ。でも何もやらなかったら先は見えてるんですよね?」
「まあ、それもそうね」
「当たり前に揃えなければいけない商品はちゃんと揃える。ルティアさんの場合小麦や豆類のことですね。でも、それだけでは利益が期待できない場合、利益を稼げる商品を探し、それに力を入れて売り込むといいんです」
なければならない商品をちゃんと揃える。
これは普通の店である。
普通の店に「無くてもいいけれど、あると幸せになれる商品」が加わることで特徴のある店になる。
しかもそのような商品は競争相手が少ないため安売りしなくてもよい。
ちゃんと適正利益を稼ぐことができるのである。
「コースケは色々知ってるのね」
「ええ。別の国でも色んなお店の改善を手伝ってきましたからね」
「そうなんだ」
そう言うとルティアは少し間を置く。
その表情からは少しだけ寂しさが漂っている。
「でも、やっぱりお願いはできないかな」
「それはどうしてですか?」
「だって、あたしコースケにお給料支払えないもの」
「それなら心配いりませんよ」
ここにきてようやく幸助の想定していた話題になった。
もちろんアロルドの店と同じく後払いにするつもりである。
基本的に商品やサービスを購入してもらうためには二つの壁がある。
一つ目は商品やサービスが「欲しいか欲しくないか」という壁である。
必要か必要でないかと言い換えることもできる。
もう一つの壁は、一つ目の壁を越えた後に訪れる。
それは「買えるか買えないか」ということだ。金額的に。
だから高額な自動車や住宅にはローンというサービスがある。
それを知っているから幸助も儲かった後の支払いとしている。幸助の場合、お金に困ってないからというのも大きいのだが。
これが当てはまるのは高額な商品だけではない。
オリーブオイルのような食品でも同様である。
たとえば次のような具合に。
いつもより高品質なオリーブオイルを見つけた。
これを使えばいつもの料理が貴族の食卓のようになる。
欲しい。とても欲しい。
でも買えるかな。
毎月食材の予算は決まってる。
オリーブオイルはいつもの三倍の価格である。
ちょっと厳しいかも。
でも待てよ。
主人のお酒を一本減らせば買えるかも。
それでいいや。
買ってしまおう。
お酒を減らされた旦那様はご愁傷様である。
あくまで一例であるが、このような心のやり取りが行われた後、購入に至るのだ。
幸助とルティアの会話へ戻る。
「心配いらないっていうのは?」
「はい。僕の給料はルティアさんが儲かってからでいいですから」
「そんなのダメよ。ずっと払えないかもしれないじゃないの」
「いいんですって。それを払えるようにするのが僕の仕事ですし、別の収入もあるから心配しないでください」
別の収入とはもちろんアロルドの店から入る収入のことである。
「本当に? 甘えちゃっていいのかしら」
「はい。大丈夫です」
「ならお願い……してみようかしら」
「ありがとうございます」
その後の話し合いの結果、幸助の報酬は、オリーブオイルからもたらされた利益の一割ということになり、契約が成立した。
「では販売するための作戦を練るのは明日ってことでいいですか?」
「いいよ。今日はもう遅くなってきたからね」
まだ暗くはないが、太陽はだいぶ傾いている。
「ではルティアさん明日の朝また来ます。それまでに何でもいいですからオリーブオイルを売るための計画を考えておいてください」
「計画?」
「はい。商品の形態とか価格、販売方法などです」
「分かったわ。分かってないかもしれないけど」
ではまた明日と言い残し、幸助は店を後にする。
一人残されたルティアは幸助の背中を目で追う。
「面白い子と出会えたじゃないの。このお店、もう少しだけ頑張ってみようかな」
そうつぶやくとせっせと店じまいの準備を始めるのであった。
その後、閉店後の店舗の二階からは夜遅くまで明りが漏れていた。




