銭湯
暖簾は加護縫いではなかった。
赤い布に触れてみると、変な感じがする。
どう見ても、触っても、布なのに布の感じがしない。
ここから先は女湯である。男性と邪な意思のある者、この先足を進めること禁じる。
と、いう『性能』は分かった。
いや、性能?
これ、製作者の意識じゃない?
製作者の意識が、そのまま効力を持って具現化した、みたい、な。
その時世界が揺れた。
地震?
ううん、違う? 私だけ?
平衡感覚が、変? ヌィール家で、初めて三日間ご飯抜きにされた、とき、みたい、な?
「ユイ? どうした?」
そっと肩をアージット様に支えられて、私は自分が目眩をおこしかけていることを自覚した。
水の柱周りに座れるような石の仕切り? が、囲ってあるので、私はそのままそこに座らされた。
円形の石のベンチだろうか。座ると、体が重いことが分かる。
これ、布のこと、考えちゃ、だめ、だ。
「大丈夫か?」
「ユイ様、失礼しますねぇ~」
ルゥルゥーゥさんに脈を計られ、額に手を当てられて、なぜかほっとする。
「熱は出てないですね」
「ユイ様、あの赤い布に触れて、何か分かりましたか?」
エンデリアさんが、暖簾の方を振り返って聞いてきた。
分かった、こと?
「加護縫いじゃ、ない。布、だけど、布、じゃない」
あぁ、これ以上、考えちゃ、だめ、なのに、頭がぐるぐるするぅ。
暖簾の方を見ると、女湯と男湯の間に、入り口からは水の柱が邪魔で見えなかったプレートに、気がついた。
私、暖簾の布まっしぐらだったわ。
プレートには、日本語が書かれていた。
[ここを無料銭湯とする。
銭湯への、入場料金設定を禁じる。
中の備品持ち出し、転売を禁じる。
軽食、飲料品の持ち込みは可。
基本的に銭湯フロアでの戦闘を禁じる。
他者への危害、悪意ある者の、
温泉迷宮広場への侵入を禁じる。
迷宮入場料金はガイドの設定に任せる。
毎月一の日に、
料金の半数は備品補充機の魔石補充、
残りは人件費に当てること。
神岡 道長・理桜]
あ、これ、神様の力で創ったモノだ。
「幻想宝具?」
カチンと何かのスイッチが切れた。
いくら布でも、『私には解らないモノだ』と、分かったのだ。
それ以前に、暖簾の字、漢字! 日本語!
転生者じゃなかったら、神様関連物だって、すぐに察しろ、私!
すると体の不調は、すっきり収まった。
目眩、もしかしてキャパオーバーおこしかけてた?
なるほどと納得していたが、周りはそうもいかなかったらしい。
運が良かったことに、私の声が小さかったから、アージット様達にしか聞こえなかったようだったが。
アージット様達は息を飲んで、暖簾を見た。
「あの布が、か?」
え? あ、あぁ~!
私、そういえば布に関して聞かれていたね?
「違っ、」
厳密には、違ってないけれど。
「このフロア? 全部が、たぶん、幻想宝具?」




