ドクターストップ
シュネルさんは、無事翌日には目を覚ました。
「お腹空きすぎて、死にそう」
グルルルウオォウと、獣の遠吠えみたいなお腹の音を響かせながら。
それから一日のほとんどを、食事に費やしていた。
「むちゃなレベルアップに、必要なエネルギーが足りてないんですよねぇ」
事前にミマチさんに言われて、大量の食事を用意した料理人のミジットさんは、すごく不思議そうに「消化器官どうなっているんだ?」と首をかしげていた。
シュネルさんは食べながらも、ずっとお腹の音を鳴らしていた。
「すいません。食糧は必ず弁償、します」
「気にするな、予定と違って人数が減っていてな、備蓄の生物の保存量が多くてどうしようか? となっていたんだ。食べてもらって助かったくらいだ」
ハムハムと食べながらも、やっと会話できるような余裕が出てきたシュネルさんに、アージット様は苦笑して、スープのおかわりを差し出しながら言った。
ミマチさんも、どーんと焼きたてのステーキを置いて、シュネルさんに助言した。
「動けるようになったら、迷宮で魔物を狩ると落ち着くの早いですよ」
「あ、ありがとう。うん、ドレスの続きしたかったけど、なんか細かい動きができそうにないんだよね」
「レベルアップ酔いおこした陸人族も、だいたいそうなりましたよ~」
「あ、あの紋章の刺繍は、ドクターストップしますからねぇ~。」
「え」
「また倒れる危険がありますからねぇ~」
ルゥルゥーゥさんの言葉がショックだったのか、シュネルさんはずっと握っていたフォークを落とした。
「ダメですよぉ、今なら『分かる』でしょう?」
ミマチさんが、ささっとフォークを新しい物に入れかえて、シュネルさんの刺繍も彼の手の届かない場所に広げた。
「········ハリセンより、むずかしい?」
「えっと、ハリセンの方が、簡単に感じるのは、シュネルさんが所有者だから、かも」
私はシュネルさんに言った。
どうも私は、他の人の適性レベルの把握は苦手みたい。シュネルさんが、今はハリセンの改造は無理って分かったのも、私は分からなかった。
ただ、ハリセンの素材レベルが高くても、彼が持ち主だから改造できるのだ。
私にとってのアリアドネさんの糸、みたいなものかな?
「私達もうっかりしてました。ユイ様が作る手袋に編み込まれた国布守様の呪いを浄化する魔法陣が、簡単に真似できるものではないと」
「ドレス、刺繍したいところ、私がします、ね」
シュネルさんは少しだけ残念そうな顔になったが、ドレスに縫い込む刺繍に他の模様やモチーフも浮かばなかったのだろう。「よろしくお願いします」と頭を下げた。
ドレス製作の続きは、シュネルさんのレベルアップが落ち着いてからということになったけれど。
それからシュネルさんとアージット様と、ミマチさんは、数日間迷宮に通いつめた。




