浄化の魔法陣
次の日、宿を引き払って簡単な手荷物と一緒にシュネルさんは来た。
使用人部屋の一つに住み込みの弟子入りである。
朝、朝食を皆でとった後、シュネルさんに説明が始まった。
アージット様の簡単な説明、隣国から迎え入れた妃が恋に狂って国布守様を害したこと、国の守りである国布守様を治すため、呪いと切り離す必要があること私のことやアリアドネさんのこと。
······簡単な説明と言いながらほとんど全部あったことを話したアージット様に、シュネルさんは何度か「それ他国出身の一般人が知っちゃダメな話!」と悲鳴を上げた。
そして話が終わると、ぐったりしながら感想を述べた。
「いや、何で後妻貰っちゃったの? この国にメリットある?」
「メリットと言うか、隣国に飢饉があって潰れられると迷惑だったんだ。隣国の難民を受け入れきれるキャパもないし、国民性がこの国の民と合わない。大量に来られると国が荒れる······」
アージット様は何を思い出したのか、かなり疲れた顔になった。
「迷惑だから支援を受けて欲しかったのに、何か裏があるのだろうと隣国は納得しない。国民性なのか? 何か思い込むと人の意見を聞かない」
「あ······ああ、分かるぅ、カランコヤにもいっぱいいた。あのアホ王子筆頭に。」
「時間をかけられなかったし、分かりやすいのが婚姻だったんだ。ちょうど良く魔眼の持ち主の姫がいたし」
「本当、国とか権威とか、面倒。」
私としては、お疲れ様としか言いようがない。
話が終わったので、私はシュネルさんを呼んだ。
ぐったりしつつ、振り返ったシュネルさんに笑いかける。
「とりあえず、一着作ってみますか? ドレス。シュネルさんの腕前、見たい、です」
私の言葉に、シュネルさんは背筋を震わせた。
シュネルは久しぶりにドレスが縫えることに歓喜したし、師となったユイに自分の腕前を見られる緊張もあった。
が、作業部屋に通され、たくさんの布や糸を前にして理性は飛んだ。
「淡い色、濃くて紫? 春を司る樹木精霊系、銀髪だから月、金色は刺繍アクセントくらい」
ユイのサイズのトルソーを前に、ザカザカ紙を掴んでデザインを描きだす。
「あ、あれ? 私の、ドレス?」
「ですね、ユイ様がアージット様の夜会服を作っていた時と、そっくりです」
「あ~、うん」
出会い頭に制作意欲にとりつかれた様子を思い出して、私も成長痛から回復して初めて鏡を見た時のことを思い出した。
あの時、好きに制作して良いよとたくさんの布を前にしていたら、シュネルさんと同じ状態になったと思う。
「あいつ、紹介されてないユイの守護精霊が、分かったようだったな?」
アージット様が首をかしげて言った。
「シュネルさんも、魔眼ですよね?」
「かなり目を凝らしていたから、見る力は弱そうだったな。産まれつきではなく、風の精霊王が守護となって見えるようになったのだろう」
ひらりと足元に紙が一枚落ちてきた。
拾えばそれは金刺繍がされたドレスだった。
無難に蔓草だったけど······浄化の魔法陣の方が良さそう?
いつの間にか握っていた筆記具で、国布守様のタペストリー上部にあった浄化の魔法陣を描く。
最近は暇さえあれば作っていた手袋に編み込んだ魔法陣だけど、あれ? 描くと合っているか自信が······
蜘蛛が糸を出してくれたので、魔法陣を一つだけ編んでみる。
あ、うん。 合ってた。
顔を上げたらシュネルさんが私の手元を凝視していて、驚いた。
「美しい、初めて見る意匠です。 これ、ドレスの金刺繍に使ってもよろしいのですか?」
「はい、あ、でも」
絵と、編み込んだ魔法陣を並べて、同じだけど違うと感じる。
「これ、この編み込みと同じ糸構造で刺繍しないと、同じに感じない、かも」
シュネルさんも、絵と編み込んだ物を見比べて、目を輝かせた。
「凄い! 本当だ!」
叫んで手近な布と針、糸を手にして、シュネルさんは刺繍をし出した。
「ここが、こうで、こっちがこう? いや、こっち?」
シュネルさんの奮闘は、隣で見本の刺繍をして見せても、二時間ほどかかった。
「多分、形もかなり厳密な比率があった。と、言うか、何これ、ヤバい」
二時間後、できた! と叫んでからそう言って、シュネルさんは目を回して昏倒した。
「え? シュネルさん?」
ルゥルゥーゥさんがさっとシュネルさんをお姫様抱っこして、長椅子に寝かせ、脈をとり目を見て、不思議な旋律を喉奥で響かせた。
「守護精霊王が楽しそうだから、問題ないと思うが、シュネルはどうした?」
アージット様の言葉に、楽しそうにシュネルさんの頭を撫でる風の精霊王を見た。
「浄化の魔法陣、取り込んだ?」
ドレスの胸元に刺繍が存在していた。あと、風の精霊王だから透明なのに存在感が増してた。
これ、私の作った服を着て、アージット様の魔力や精霊がパワーアップした時と同じ?
「レベルアップ酔いですねぇ」
ルゥルゥーゥさんが、口をひきつらせて言った。
「レベル、アップ酔い?」
「自分のレベルでは、なし得ない高度なことをやり遂げてしまった者が、一気にレベルが上がり過ぎて体と意識が落ち着くまで昏倒する状態、だ、そうです」
何かを読むかのように言ったルゥルゥーゥさんに、アージット様は感心して言った。
「凄いな、ルゥルゥーゥは診察スキル持ちか」
「鑑定スキルの亜種ですし、海では使い所がなくて、小さい頃は鑑定スキルが良かったと思ってましたねぇ」
······この世界、スキルあってちゃんと皆もあるって知ってたんだ?




