ドレス
「ねぇ、あなた。何を考えている?」
会場入りしようとした通路近くで、修羅場に遭遇してしまった。
夜会会場は普通の建物じゃなくて、壁がほぼ無い。王座の用意された上段部分にだけ壁がある。
壁と言っても、別の建物の壁でもある。
王様は王座の背後の扉から、会場入りするようだ。
開け過ぎていて、不審者が隠れる場所もない。
それでも人目を避けてか、王座近くではないが離れ過ぎてもいない人の少ない通路側で、強張った声が、話を切り出していた。
女性二人に男性一人
目は、その声の女性に引き付けられた。
美人!金の髪に緑の目、うねるくせっ毛が肩や背中を覆い、真紅のドレスと互いを引き立てあっている。
金と言うより黄金と表現した方がいい髪も見事だが、怖いほどに整った顔は無表情に目の前の女子を映していた。笑顔になったら、凄く綺麗だろうな。
対する赤毛の女子は、ちょっと厚化粧でケバい。
それなりに可愛らしい顔立ちなのだろうけど、化粧がベースの良さを殺して美人系を目指して失敗しているのだ。あと表情がなんだか醜い。
そして二人のドレスは、同じ色にほとんど同じデザインだった。
「何をって、何のことかしら?」
不穏な空気に足を止めた私達の元へ、声は響く。
「あ」
声、ちょっと耳障りな印象の、声・・・・
そして、あの髪色
今世の母親に似た系統の、顔立ち?と、言うか化粧のケバさ方向
「どうしました?ユイ様」
「あぁ、アレ、ヌィール家の娘ですよ~、似てないですねぇ」
ストールさんにミマチさんが、しみじみと言う。
「エ?」
ストールさんは私と妹を、交互に見直す。
「ユイ様、明らかに先祖返りですもんねぇ~」
此方は通路と言うか庭の歩道だ、会場に壁はないからどこからでも入れそうだが、入口はちゃんと決まっているらしい。何本もの大きな柱が、天井から下がる布をゆったりと纏って境界を示している。
あ、これも加護縫いされている。
たぶん昔のヌィール家の作品だろう。見事な作品だもの。あ~、結界的な効果がありそう。
「あっちの美人さんは、ハーニァ様ですね!フルク・ハーニァ様、染め付けの技術貴族」
「フルク家か!そういえば男女の違いはあっても、跡取りとそっくりだ」
よだれを垂らしそうなミマチさんの頭を掴み圧迫しつつ、ストールさんは朗らかな声を出した。
彼女のお兄さん?は、印象の良い人らしい。
「あなた、職人としてのプライドもないのか?」
「きゃっ、こわぁい。何のこと?私、貴族よ?職人だなんて、失礼な方」
連れらしい騎士?に、グラス片手にすがりついて言う妹に呆れた。
ヌィール家だって、技術貴族
貴族よりも一流の腕を持つ職人であると、誇らなければならない立場
それなのに、職人を下に見た発言に呆れた。
「んん、私の連れに言いがかりはやめてもらえないかね?お嬢さん」
ハーニァさんの美貌に見とれていた妹の連れの騎士が、無駄にカッコつけて話に入ろうとする。
あ、顔立ちはそれなりなのに、残念な人っぽい。
ハーニァさんは彼を歯牙にもかけない。
それに彼はムッとしたようだ。なんだろう?自分は尊重されて当然みたいな、傲慢さが顔に出ている。整っているはずの顔立ちが、それなりか惨めにしか見えないのは、そのせいだろう。
妹とはお似合いだが。
ロダン様はもういいのか?妹よ
ロダン様の代わりにしても、しょぼいぞ?
まぁ、ストールさんがいるから、どう足掻いても相手にされないだろうけど。
「そのドレスは、家が加護縫い依頼を出した物の筈」
・・・・・・・・オイ、着服かよ妹
呆れと恥と怒りで目眩がする。
妹は・・・・五年で本当にあの両親側の人間に、なったのだ。
微かに残っていた妹への情が、プツンと切れた。
妹がなんと言おうと、ハーニァさんの言葉の方が正しい。取り繕っているけど、ドレスのサイズがハーニァさんのものだ。
「そのドレスは、家の者達が今日この日の私のために、用意してくれた色。今からでも別のドレスに着替えてくれ」
「何様のつもり?私はヌィール家の跡取りなのよ!今後あんたの家からの服に、加護縫いしないわよ!着替えるなら、そっちが着替えれば!」
妹は持っていたグラスの中味を、彼女にぶちまけた。
「なっ!」
「フンッ、下級貴族がこんなドレスを着るなんて、身の程知らずなことをするからよ」
「入口、早く、行きましょう」
「ユイ様!彼女に加護縫いされるつもりですか?」
咎めるようにストールさんに言われ、首を傾げる。
「ダメ?」
中味がかかったのは、ドレスの裾だ。
乾かすのは、精霊さんに魔力をあげてやってもらい、染みがついていたら加護縫い刺繍しようと考えた。
何より、時間がなかったのだろう。妹のドレスの方が、丁寧な造りなのだ。
まさか腐ってもヌィール家が、依頼されていたドレスを自分の物として着てくるなど、想像もしてなかっただろう。
本来のドレスの持ち主が、盗人より型落ちの物を着て、更に汚されるなんて・・・・絶対に許せない!
「あの色、を、引き立てる刺繍を、したい、です!」
「アージット様と王の衣装で、ユイ様は加護縫い手として御披露目される予定なんですよ?」
でも
「でも、許せない、です」
じわりと涙が浮かんだ。
「ストールちゃん、彼女なら加護縫いしても大丈夫。」
「ミマチ?」
「彼女、次期王妃」
こそっと囁かれ、次の瞬間私はストールさんの腕に腰掛けるように、抱き上げられていた。
「ミマチ、伝達は任せたぞ」
「了解」
そして私は、美しい伝説の女鎧騎士に運ばれ、注目を浴びながら会場入りした。
ミマチさん、情報通?




