蜘蛛の契約
使用人用でない食堂に、連れていかれた。
六人用のテーブル(椅子六脚あったからね)は、品良く豪華で、ロダン様と少数のお客様用の食堂なのだろう。
でもなぜ、私まで?
首を傾げる私に、ロダン様は説明してくれた。
「アージット様の婚約者となったからだな、身分的には私より上位になるのだ。ユイ様と呼ぼうか?」
思いっきり頭を左右に振り続けた。
そういえばヌイール家も一応貴族だったけど、幼少期は最低限のマナーや読み書きを通いの教師に習ったっけ・・・・あの教師以外、礼節ある態度で子供に接するような使用人もいなかったしなぁ。更にあの先生が、あの家の子供の扱いを・・使用人の態度を、注意した途端に辞めさせられたからね。
まともな親だったら、使用人を辞めさせたんだろうけど、あの両親だ。まともな先生が疎ましくなったのだろう。
前世の記憶もあって、自分が一応貴族だって自覚も薄い。
あの冷遇奴隷扱いの五年期間もあって、すっかり平民お針子のつもりだった。
ちょっとクラッとするくらい振って、クスクスロダン様と、前王・・アージット様に笑われてるのに、気がついた。
「大丈夫だ。この場合ロダンはユイの後見人、保護者、父・・では若過ぎるな、兄のような立場となる」
「私はユイを雇い入れた訳だが、ヌイール家は君にたいする責任を、契約の際に放棄しているからな」
放棄
正直、ほっとした。
「問題は、蜘蛛との契約だ」
アージット様の真面目な声に、肩で私の髪にじゃれついている蜘蛛を見た。
成長した私の、手のひらサイズ・・うん、蜘蛛も成長しているね。
ヌイール家ではあまり動かなかったけど、成長が一段落した頃から、私と一緒に首を傾げたり今みたいに髪にじゃれついてたりする。
「まぁ、あのヌイール家当主だからな・・・・私もだが、ユイも聞いてないだろ」
「ヌイール家の蜘蛛は、元々魔物だった。魔物は精霊に害を与え、世界を蝕むものということは習ったな?」
頷いた。寝込んでいた間に、国の成り立ち的な絵本をメイド姉様方に読んで貰ってたし。
ある所に、心清らかな精霊を見る眼を持った娘がいた。
ある日彼女は、不思議な魔物を見つける。
本来は精霊を食らう、邪悪な蜘蛛の魔物が、沢山の精霊に懐かれてるのを。
そしてその魔物が、冒険者の剣に伐たれようとしているのを。
彼女が冒険者を止めようと、声を上げたのと同時に、彼女と同じく精霊を見る眼を持った青年が、冒険者の剣を防ぎ蜘蛛を助けた。
これが後の建国王ロメストメトロと、彼の妃となる乙女との出会いであった。
ざっくりとした絵本の最初は、こんな内容だ。
「初代の蜘蛛は聖獣だったのだろう。魔物が聖獣化するのは珍しいが、無いことではない。魔物の産む子供は、基本親の分身だと言われている。だからこそ、聖獣化した蜘蛛以前の親の性質が暴走しない用、下手に増やしたりしない用、当主が責任持って契約の管理をするのだ」
まぁ当然だろうね、あの当主がと考えると、一気に不安になるけれど。
聖獣ってのは、精霊を害すること無く魔力を扱い、知性を身に付ける獣達を指す。普通は一代限りだが、子孫も聖獣化し易いので大切に育てる。
「つまり、婚姻の際・・ヌイール家で無くなる場合、契約の書き換えをしなければならない。ユイの身柄を蜘蛛付きで、放棄してはならない筈なんだ」
頭痛そうにロダン様は言い、アージット様は苦笑した。




