一方その頃…と、えらい人って
ガンッ、ガシャンッと、物の壊れる音が響く。
「まったく忌々しい若造めっ!」
ヌィール家は技術貴族と呼ばれる一派だ。
精霊と親和の強いこの国では、加護縫いという精霊の力を宿す縫物の出来る一族は特別だった。
初代王妃の傍系で
国と精霊を守護する国守布、一定以上の魔が国内に存在することを禁じる結界の核を作ったのもヌィール家の始祖だ。
「本来なら、一等級貴族である我々を馬鹿にしてっ」
貴族は地位の高さの順に、等級で分けられる。
七級まであって、先々代までは一等級だったヌィール家だが、現在では三等級まで落ちている。
先代で事業に失敗して領地を大半手放すこととなってしまい、二等級に落ち、現在では技術貴族であるというのに腕の悪さで三等級になったのだが……その自覚も反省も薄い。
才能の無い長女を、それなりの値で手放した先が、内心腹立たしく思っている成り上がり者だ。
気のすむまで怒鳴り、家具や壊れ物に八つ当たりをして……それからニマニマと口元を歪めた。
等級を先代から落としたヌィール家とは逆に、その溢れる才能と人望で四等級貴族から二等級へと等級を上げたのが、ロダンである。
一等級に上がれていないのは、その血筋に王家の者がいないだけではないかと囁かれていた。
才能の無い、貧相な長女だったが、アレでも一応紛れもなくヌィール家の血筋……才能さえあれば跡取りであったはずの娘だ。
「ふふん、針子の腕が欲しいとか言っておったが、分かっておるぞ。どうせ家を取り込んで、更に成り上がるつもりだろうが」
懐から皮用紙を取り出す。
彼はそれを見るだけで、苛立ちや嫉妬がすぅっと消えるような気がした。
それはヌィール家に伝わる呪法だ。
当主は外に嫁ぐ者の、蜘蛛との契約を書き換えなければならない家約がある。
しかし現当主は、ソレをしていなかったし、警告もしなかった。
蜘蛛は元々は、精霊をむさぼり食う魔物だった。
始祖が契約を結び、そのあり方を変えたモノだ。
「くくく、名を変えたとたん、この契約は切れ、あの若造やその周辺は」
一転して楽しげに高笑いする部屋の片隅で、人ほどの大きさの蜘蛛が隷属の首輪をつけられた女の背で、ギチギチギチと当主と呼応するかのように鳴いていた。
どんなに高価な布だろうと、私のすることに変りはありません。
ただ布面積が無駄に多かったので、余裕で前世でのおっさん専用安物ゴルフウェアより粗末なシャツ…を、普通のワイシャツ風に直すことができました。。
「早い」
思わずという風に呟く前王様
ここまでは普通の糸で縫いました。
や、だって、精霊さんの剣でバラッバラになったのは、蜘蛛の糸だったし。
もしまた同じことがあったら、いや~んなことになってしまうではないか……いや、彼が無差別にそんなことするはずもないが、知ってしまったからには、対策しなければプロではないだろう。
「いちど、着て、みてくださ」
たぶん大丈夫だろうと思うけど、着る人の意見が欲しい。
前王様は真剣な表情で、私の縫ったシャツを受け取り、羽織った。
「……これは、凄いな。普通の服とは…こんなに着心地の良いものなのか……」
「いえ、ユイの服は普通じゃありませんから、加護縫いがなくても、一等級針子の腕です。加護縫い出来ても、等級外の腕の服と比べられては、一般の針子が泣きます」
「きつい、とこ、ありますか?動き、にくいとこ、ありますか?」
前王様は私の質問に、なんだか泣きそうな顔になった。
「すまぬ、これまできつかったり苦しかったり、窮屈で動きにくい服しか来たことがないので……うまく要望が見つからん。と、いうか……シャツが気持ち良すぎて、肌着が不快になってきた………」
「…………」
「…………」
哀れっ!!
前王様っ、可哀想っ!!
えらい人なのにっ、えらい人なのにっ!!
思わず涙ぐんでしまう私と、ロダン様も「うっ」と呻いて目元を押さえていた。
「ユイ、早く仕上げて差し上げてくれ」
「はいっ!」




