じゃあ賭けでもするか
ソラの家での勉強会の翌日、約束通り銀次の家で勉強会が始められた。銀次の部屋に入り二人がノートを広げると銀次の弟である哲也がお茶を持ってくる。
「ソラ先輩、麦茶です。兄貴もどうぞ」
「あっ、お構いなく。ごめんねお邪魔して」
「サンキュなテツ」
「別に……じゃあ居間にいるよ、何かあったら呼んでくれたらいいから」
「テツも勉強するなら、ここですりゃいいんじゃね?」
銀次が何の気なしに提案するが、哲也は首を振る。
「いいや、邪魔したくないし。じゃ……ソラ先輩」
「うん?」
小首をかしげるソラは部屋に入って眼鏡を外している。
「……頑張ってください」
無表情のままに応援し、哲也は部屋を出て行った。
「俺への応援はないのかよ」
「あはは、本当にできた弟さんだよね」
「おうよ。俺とは違って中学じゃあ、かなりモテてるらしいしな」
自慢げに胸を張る銀次の発言を興味深そうにする。
「へぇモテるんだ。イケメンさんだもんね」
「あぁ、だけど本人が女子が苦手でな、彼女ができないんだよ」
「……」
唇に指を当てて、考え込むソラを銀次は不思議そうに見る。
「どうした?」
「うーん……まさかね。さっ、勉強しようよ。今日はこのプリントね」
ドサリとまとめられたプリントが置かれ、銀次がゲンナリとする。
「日に日に増えていくんだが……」
「例題が増えているだけで、問題数は増えてないよ? 例題を見てから30分で5枚ね」
ニコニコと笑顔でスマフォのタイマー機能を起動させるソラに銀次は深くため息をついたのだった。
勉強会後、本日も狭いキッチンで二人で晩御飯を作る。今日のメニューは麻婆豆腐だ、テンポ良く鍋を振る銀次のフォローをソラがこなす。完成した花椒を効かせた辛めの麻婆豆腐を哲也も交え三人で食べる。
「……うま」
無表情のままに感動している哲也を見て、銀次は嬉しそうに麦茶を淹れたコップを渡す。
「そうか、熱いからゆっくり食え」
「兄貴、これ店レベル。いつもより旨い」
「ソラが手伝ってくれるからな」
「別に大したことしてないよ。ボクは力が無いから鍋を振れないし」
そう言ってレンゲで麻婆豆腐を一口に入れたソラは、目を見開き口を押えてもだえ苦しむ。
「あひゅい……」
「熱いって言っただろ。ほら、茶だ」
「ゴクゴク……ちゃんと冷ましたと思ったのに」
そんな様子で三人は騒がしく麻婆豆腐を平らげ、哲也が洗い物をしようと器をまるめるとソラがそれを止める。
「洗い物はボクがするよ。ご飯をお世話になってるし」
「いえ、時間も時間ですし、ソラ先輩は兄貴に送ってもらってください。兄貴、いいよな」
流しで食後の歯磨きをしていた銀次が顔をあげる。
「ん? まぁ、もうちょいのんびりしてもいいと思うが」
「暗いと危ないだろ」
「ハッ、男子二人で夜道を進んだってなんもねぇよ」
銀次の言葉にポカーンと口を開けて、ソラと交互に銀次を見る哲也。
「兄貴……マジか」
「なんだよ? 変な事言ったか?」
「てっきり気づいているのかと……いいから、送ってあげろよ」
弟から有無を言わさぬ口調でそう言われると銀次も返す言葉が無い。
「わかったけどよ。変な奴だな……歯磨き終わったら行くよ」
歯磨きを再開した銀次を置いて、哲也はソラに近づき、銀次に聞こえない程度の声で話しかけた。
「なんか理由があるんすよね。兄貴は昔から思い込みが激しくて……」
今度はソラが凍り付く番だった。そのままブリキ人形のようなぎこちない動きで哲也を居間から廊下に連れ出す。
「やっぱりわかってたんだ。ぎ、銀次には秘密にして欲しいんだ」
「わかってます。でも、いくら兄貴が鈍感でもバレると思いますよ」
「その前にちゃんと言うつもりだけど……自分でも気づいて欲しいのか、怖いのかわからなくて……」
「……了解です。俺、応援してますから」
何事もなかったように居間に戻る哲也とギクシャクとしているソラ。それをみて、銀次は首を捻るのだった。
二人乗りでの帰り道、温い風を感じながらソラは銀次に話しかける。
「哲也君がモテる理由がわかったような気がするよ」
「だろ、昔から気の利く奴でな。どっちが兄貴かわからねぇよな」
「……ほんとにね」
銀次の肩を少し強く握るソラ。秘密をしったら銀次は変わらずに背中に乗せてくれるのだろうか? それがたまらなく不安になる。この場所があまりに心地よく、心の支えになっていると感じる。いつか、この距離で満足できなくなったら……。
「そこはフォロー入れてくれよ。話は変わるけど、月末テストの方は大丈夫なんだろうな? 今日も俺の勉強ばっかだった気がするんだが」
そんなソラの気持ちに気づかない銀次はテストが気になるようだ。
「大丈夫だよ」
「お前なぁ……そうだ、賭けでもするか」
妙案を思いついたとでも言うように明るい調子でそう言った。
「賭け?」
「お前が月末テストで一位になったら、俺のできることならなんでもしてやんよ」
「なんでもっ……いま、なんでもって言った?」
底冷えするようなソラの真剣な声色に銀次は言ったことをやや後悔する。
「できることだからな。無理なことは無理だからな」
「約束だよ、一位だね」
「お、おう」
自転車をこぐ銀次にソラの表情は見えない。だが、背中から凄まじい熱気を感じたのだった。
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ジャンル違いではありますが、ハイファンタジーでも連載しております。
作者自身は面白いものを書いていると本気で信じています。下記にリンクを張っていますので、もしよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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