文化祭実行委員
朝の野球部の騒ぎの後もソラへ対する注目は衰えることを知らなかった。靴箱から教室までの間にも視線が集まり、声をかけられる。銀次が常に横にいることと、水面下でのオールブラックス達の働きもあって直接的に接触をしている輩はいなかったものの、休み時間ごとに廊下に集まる集団に順調にソラの正気度は削れていく。
結果。
「にゃああああああ!!」
ネコソラ爆誕。といっても前回のように我を忘れて視線から逃げたわけでなく。昼休みと同時にお重と銀次を掴んで部室棟まで走って旧漫画部の部室までダッシュした後にきっちり鍵をかけ直して叫んでいるあたり、若干の理性は残っているようだ。二人を追いかけようとした連中はきっちりオールブラックスが防いでいるのでかろうじて二人の時間が作れている。
「久しぶりにこうなったな……よしよし」
ガバリと銀次に抱き着き服を握りしめて縋りつくソラを撫でる銀次は、むしろよくもったと手放しでソラを慰める。しばらく、撫でられることで正気が戻って来たソラが顔を上げる。
「無視しても、邪魔って言っても、睨んでもずっと喜んでいるんだもん。何あの人達!」
銀次や慣れている相手以外には男女問わずとことん塩対応を貫くソラだったが、それが一部の層の悪い部分にヒットしてしまったらしい。元々学校を代表する二大美少女に興味を持っていた層を取り込んだソラの人気は今や愛華にも匹敵するほどに膨れ上がっているようだ。
「今日は四季がいない分、変に注目されたんだろ。クラスの男子達が牽制していたし、俺も睨みを効かせていたから明日は落ち着くだろ」
朝から愛華の姿は無く、家の用事で休みだという噂が教室には流れていた。
「銀次も人気なんだよ……今日来た面子の中には銀次へ視線を向ける女子いたもん」
プクーと頬を含ませたソラは銀次から離れてお重を机に並べていく。本日は焼きじゃけ、に筑前煮と和食っぽいメニューのようだ。
「気のせいじゃねぇか? それよりも見たか、クラスの女子の顔。四季がいないからどこを向けばいいのかわからないって感じだったぞ。……変なことをしないように注意しないとな」
追い詰められた人間は何をするのかわからない。新学期からの様子を見るに何かされることは無いとは思うが、先日も掃除時間を見計らって
「どーでもいいよそんなこと。はい、あーん。味どう?」
「ん……オクラか。珍しいけど旨いな」
「夏野菜メインだから筑前煮『風』だよ。美沙さんの方は大丈夫なの?」
最初の一口を食べさせてもらってから、箸を受け取った銀次がスマホを取り出す。確認するとHPは復旧できたようだ。
「ページは死ぬ気で復旧したそうだぞ。想定以上の反響だってよ」
「それは良かったけど。この騒ぎは何とかして欲しいよ……」
ゲンナリした表情で焼きじゃけを口に入れるソラ。
「まっ、ちょっとした祭りだろ。すぐに落ち着くさ……祭りといえばもうそろそろ文化祭まで一ヵ月切るな。哲也が来たいって言っててな」
「それなら、今日のホームルームでお知らせがあるって先週先生が言ってた。ちなみに、ボクが生徒会の雑用していた時に資料を読んだけど、ここの文化祭ってかなり規模が大きいよ。愛華ちゃんが新しいこと始めようとしていたし」
「……そうか」
それはソラがいたからできていたことだ。今の愛華に入学当初の働きはできないだろう。
その限界が来た時。逆恨みをしてきそうなのがあのお嬢様の厄介な所だ。と最近、直接的にソラを敵視するようになった愛華への警戒を銀次は高めることにした。
昼食を終えて、人の視線をかきわけて教室へ戻ると銀髪が視界の端で靡いていた。
午後から登校した愛華は教室へ入って来た二人を一瞥した後、澪を始め取り巻きと談笑を再開する。
「愛華ちゃんを見てる……」
ズゴゴゴと黒いオーラを出したソラが銀次の腕を掴む。人前であるというのにこのままでは抱き寄せてきそうだ。
「落ち着けって、別になんにもねぇよ」
昼に警戒心を強めたばかりだから睨んだだけだという銀次だったが、ソラは予鈴がなってもギリギリまで銀次の傍を離れようとしなかった。
授業が終わり、ホームルームが始まると先生に促されて愛華が前に出る。
「来月に行われる文化祭にむけて各クラスから文化祭実行委員を決めます。本来は二名だけど、生徒会のメンバーがいるこのクラスは一名でいいそうよ。『大変な仕事』だけど、だれか立候補してくれないかしら?」
銀髪を耳にかけながら、愛華がクラス全体に問いかけるが手は上がらない。愛華からの声掛けならば男子の一人くらいは手を挙げそうだが、『大変な仕事』とわざわざ釘を刺されたことで手を挙げづらい雰囲気ができてしまっているようだ。
さらに一年と言うこともあって要領がわからない状況で実行委員にはなりたくないというのが本音だろう。部活動をしている者も拘束されるのを嫌っているようだ。愛華は穏やかに笑いながら、口を開く。
「本来ならば自薦が望ましいのだけど。他薦でもいいわ」
もっとないだろ。と銀次が心の中でぼやくが一人手が挙がった。葉月 澪だ。
「葉月さん。やってくれるのかしら?」
まるで澪が手を上げることを知っていたかのように愛華が挙手に応える。
「いいえ、推薦です。私は……髙城さんが実行委員に相応しいと思います」
「ふぇっ!」
「チッ!」
不意を突かれたソラは飛び上がり、愛華の狙いを察した銀次は舌打ちをした。
「そうね。ソラ……髙城さんは学年一位の成績だし、美術部もほとんど活動していないものね。やってくれるかしら髙城さん?」
「い、いや……」
ソラが嫌がっている気配を察したクラスの女子達の動きは早かった。
「じゃあ、決まりじゃん」「けってーい」「私も髙城さんを推薦しまーす」「四季さんがそう言うならそれでいいんじゃない?」「どうせ、暇でしょ?」
声を被せてソラの発言をかき消していく。
「っ……」
周囲の雰囲気と愛華からの視線。これまでなら折れていた圧力に対し、ソラは歯を食いしばって懸命に耐えて顔を上げて愛華を睨む。
愛華がさらに何かを言おうとした時、机が叩かれクラスの視線が音の元に集まる。
片手で机を叩き、もう片方の手を銀次が挙げていた。
「俺がやる。自薦の方が望ましいんだろ?」
愛華は狐のように笑みを深めた。
「もちろんよ。よろしくね桃井君」
「ちょ、待ってよ。じゃあボクもやる!」
ソラを見ることなく愛華はクラスに視線を向ける。
「もう決定したわ。委員は一人でいいと説明したはずよ。忘れてないわよね。私からはこれで以上です。……あぁ、そうだ。桃井君、連絡することが増えるだろうから後で私の連絡を渡すわ」
「「「うぉおおおおおお!!」」」
あえてクラス中に聞こえるように言い放ったその発言に愛華に悪印象を持っていないクラスの男子は驚きの声あげ、羨ましいと銀次を揶揄ったり、自分が手を挙げれば良かったと後悔するが当の本人は眉間に皺を寄せて鼻を鳴らす。そしてソラは……。
「……ボクの銀次になにしてるの?」
表情の消えた顔で静かにそう呟いたのだった。
来週は月曜日更新予定です。余裕があれば追加で更新するかもしれません。
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