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この瞬間の君を描きたい

 哲也が出て行った桃井邸では銀次とソラがのんびりと過ごしていた。


「どっか出かけてもいいんだぞ?」


 食器を二人で片づけた後に銀次がそう言うと、ソラは顎の先に指を当てて考えた後に首を横に振った。


「ボクはこのまま銀次と一緒にのんびりしたいな」


「のんびりか……ゲームでもするか?」


「それもいいけど……」


「あん?」


 にんまりと笑みを浮かべたソラが立ち上がって銀次に近づいた。


「銀次の部屋に入りたい!」


 ……数分後、銀次のスマホが鳴る。それを確認して銀次大きくため息をついた。


「どう?」


「……テツも問題ないって」


「やった、じゃあ行こうよ銀次の部屋っ!」


 何度も桃井宅を訪れていたソラだったが銀次の部屋にはあまり行っていない。

 朝、起こした時はすぐに出たのでじっくりと見たかったようだ。なお、年頃の男子の部屋に女子が行くことについてのエトセトラについては一切考えていないソラである。銀次としてもそれを指摘してしまうと藪から蛇が出かねないので強く言えない様子だ。


「ったく、何にもないのは朝見ただろ」


「それでもいいんだ。だって、銀次がずっと過ごしてきた場所でしょ。それに、銀次は前にボクが風邪ひいた時にボクの部屋入ったもん。これでおあいこだよ」


 ブツブツ言いながら銀次が自室のドアを開ける。哲也と共有で使っている桃井宅の子供部屋はそれなりに広く、銀次と哲也それぞれの本棚と勉強机があり、中心にはちゃぶ台が置かれている。元々二部屋になる予定だったのか敷居と鴨居の溝はあるが特に部屋は区切られてはおらず、二段ベッドが隅に置かれていた。


「おぉ……朝も見たけど片付いてるね。ボクの部屋より綺麗……」


 脱いだら脱ぎっぱなしになっていることが多い自室を思い返してちょっと気まずいソラである。


「テツがしっかりしているからな。ちなみに本棚も勉強机もベッドも親父が作ったんだぜ」


「え、すごっ? 木材もちゃんとしているし、加工もばっちり……流石銀次のお父さん」


「だろ? 机が傷ついてもパテで埋めてマルチルーターでぴかぴかにするからな」


「おぉ、マルチルーターさん。流石だね」


 喋りながら、銀次は押し入れから客用の座布団を取り出してちゃぶ台の前に置く。


「男子の部屋というより、どこかの作業部屋みたい。でも、銀次の匂いがするし落ち着く」


「匂い……まぁ、ソラの部屋もいい匂いがしたか」


 自室を観察されるのが恥ずかしい銀次であるがソラは目をキラキラさせて勉強机やベッドを見て回っている。


「アルバムとかみたいなぁ」


「アルバムは母さんが管理しているからこの部屋にないし、俺もどこにあるかわからん」


「えぇー絶対見たいのに。……こっちが銀次の本棚でしょ? ラノベが一杯並んでいるし」

 

 トテトテと本棚の前に立ってラインナップを記憶する。しっかりとしたつくりの本棚には追加で仕切りが付けられておりラノベのようなこA6サイズの本を多く収納できるようになっていた。上から視線を下ろしていくと教科書や参考書が並び、さらにその下にはリハビリについての本何冊も置かれ、おそらくはその本を読むための漢和辞典もそこにあった。リハビリ用の本にはびっしりと付箋が張られており、背表紙は擦り切れている。


「……」


「どうした?」


 屈んだまま動かなくなったソラを後ろから覗き込む銀次。するとソラは振り返って銀次を抱きしめた。


「エライね銀次。本当に本当に頑張ったんだね」


 肘を壊した相棒の為、中学時代の全てを捧げてリハビリについて勉強した努力の軌跡だった。

 右も左もわからない所から、友の為に立ち上がり戦った。どれほど心細かったことだろう。どれほど己を責め続けたのだろう。その道のりを想うとソラは涙が止められない。銀次のことになるとすぐに心が溢れてしまう。


「おいおい、泣いてんのか。……ありがとな」


 本棚の下段を見てソラがなぜ急に泣き始めたのか察した銀次はソラを抱き返す。


「悔しいよ。もっと、もっと、早く出会えていたら。その時の銀次と一緒に頑張れたのに。なんでボクは君の苦しい時に一緒にいられなかったんだろう……わっ!?」


 強く抱きしめるソラを銀次は横抱きに持ち上げて、ちゃぶ台の前の座布団に座らせる。

 降ろされた後もギュッと銀次を抱きしめるソラの頭を銀次はあやすように撫でる。

 

「俺だって、そうだろ。ソラの辛い時に傍にいてやれなかった。入学してからも随分、待たせちまった」


「……ちがうよ。銀次がちゃんとボクと愛華ちゃんとのことについて間違いがないように調べていたのわかるもん」


「それでもだ。それでも、お前が過去のどこかで傷ついていたことが俺も悔しいんだぜ」


 すっぽりと銀次の腕の中に納まったソラはそのままグシグシと顔を銀次の服にこすりつけて顔を上げる。


「ゔぅ、銀次を甘やかしたい……お世話したい……離したくない」


 感情がオーバーフローして本音が駄々洩れているソラである。


「いや、もう今日は大分『尽くしたがり』受けているからな。ったく、変わったようで泣き虫な所はかわらないな」


「銀次が悪い˝~」


「はいはい、俺が悪いよ」


「悪くない˝~」


「どっちだよ。中学の時の俺がこの部屋にいたとしてもきっとソラの言葉は嬉しかったと思うぜ」


「うん……ねぇ銀次。お願いあるんだ」


「なんだ?」


「えっとね……銀次を描きたいんだ」


 涙に濡れた瞳に見上げられた銀次はもう一度ソラを撫でて頷いた。


「これでいいのか?」


「自由にしていいよ。移動しないなら姿勢を変えてもいい」


 居間からスケッチブックと鉛筆を持って来たソラが、勉強机の前に座った銀次をモデルにスケッチする。


「……なんか照れるぜ。なぁ、もうちょいちゃんとした格好がいいんじゃないか? バリバリ部屋着だぞ?」


「その格好でいいの。この瞬間の銀次を描きたいんだ」


 一度見れば記憶できるはずなのに。君を見る時は何度だって新しい気持ちになれるから。

 その気持ちを紙面に刻むように、ソラは何度も銀次を見直しながら絵を描き続けたのだった。

次回は月曜日更新です! 余裕があれば追加で更新するかもしれません。


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― 新着の感想 ―
不意に見せる青春の影•••と言うべきなのか この作品は基本が激甘•甘酸っぱ系なのに 時折ほろ苦系が出て来ますね。 まぁその味変があるから普段の甘さが 引き立つ訳ですが••• たまに来る純文学風回堪能し…
ほー いいじゃないか こういうのでいいんだよ こういうので 二人を眺める時はね 誰にも邪魔されず壁になって なんというか 救われてなきゃあダメなんだ 尊くて静かで豊かで…… にしても二人部屋なのに銀…
なんというか、甘いのに甘くないな。 今までのがブラックコーヒーにガムシロだとしたら 今回は高級茶葉の紅茶に質のいい精錬した砂糖というか どろどろの甘さが品のいい甘さになったというか。
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